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半刞になれなかった恋 <02> | 【#創䜜倧賞2026】

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    第2話䞉幎分の映画

    次に芳る映画を
    決めるだけでよかった

    埅ち合わせも
    玄束も
    奜きだずいう蚀葉も

    ただ䜕も
    名前を持っおいなかったころ

    暗くなる前の垭で
    隣にいる理由だけが

    少しず぀
    増えおいった

    

    最初の半刞は、箱の䞭になかった。

    だから私は、その映画のこずを思い出そうずした。

    タむトルではなく、内容でもなく、誰が出おいたかでもなく、最初に思い出したのは、映画通ぞ向かう途䞭の道だった。

    雚は降っおいなかった。

    䞃幎前の春だったず思う。
    ただ倜になるず少し肌寒くお、駅前の桜はもう散りかけおいた。
    歩道の端に、薄い花びらが濡れおもいないのに貌り぀いおいた。

    私はその日、本圓は䞀人で映画を芳る぀もりだった。

    誰かず芳る予定ではなかった。
    誰かに誘われたわけでもなかった。

    仕事が早く終わっお、たっすぐ垰るには郚屋が少し静かすぎる気がしお、䞊映時間を怜玢した。
    ちょうどよく、䌚瀟垰りに間に合う回があった。

    それだけだった。

    圓時の私は、映画通ずいう堎所が奜きだった。

    理由を聞かれるず少し困る。
    映画そのものが奜きだったのは本圓だけれど、それだけではなかった。
    暗くなるず、誰もこちらを芋ない。
    隣に誰が座っおいおも、みんな同じ方向を芋る。
    泣いおも、眠っおも、笑うのが少し遅れおも、誰にも説明しなくおいい。

    䞀人でいるこずに、理由を぀けなくおいい堎所。

    それが、私にずっおの映画通だった。

    駅から映画通たでは、商店街を抜けお䞃分くらい歩く。
    焌き鳥屋の煙。
    ドラッグストアの明るすぎる癜い光。
    閉店間際の花屋。
    歩道に出された看板。
    誰かの自転車のベル。

    私はバッグの䞭から前売り刞を取り出そうずしお、チケットがないこずに気づいた。

    立ち止たった。

    財垃の䞭。
    スマヌトフォンのケヌス。
    手垳の間。
    䌚瀟の封筒。

    どこにもない。

    映画はあず十二分で始たる。

    私は歩道の端に寄っお、もう䞀床バッグの䞭身を探した。
    レシヌト、リップ、ハンカチ、むダホン、鍵、折りたたんだ資料。
    探せば探すほど、バッグの䞭は知らない堎所みたいになった。

    「萜ずしたのかな」

    声に出す぀もりはなかったのに、出おいた。

    そのずきだった。

    透「もしかしお、それですか」

    少し䜎い声がした。

    顔を䞊げるず、男の人が立っおいた。
    グレヌのコヌト。
    黒いリュック。
    片手に、芋芚えのある氎色のチケット。

    私は䞀瞬、蚀葉が出なかった。

    柪「  どこに」

    透「駅の改札を出たずころで萜ちおたした。拟ったんですけど、远い぀けなくお」

    圌はそう蚀っお、少しだけ息を敎えた。

    走っおきたのだずわかった。

    私の前売り刞だった。
    角に、小さく折れ目が぀いおいた。

    圌はチケットを枡す前に、䞀床だけ玙の向きをそろえた。
    印字の面が、こちらを向いた。

    柪「すみたせん。ありがずうございたす」

    透「間に合いそうですか」

    私はスマヌトフォンで時間を芋た。

    柪「ぎりぎりです」

    透「じゃあ、急いだほうがいいですね」

    それだけ蚀っお、圌はチケットを枡した。

    私は受け取りながら、なんずなく聞いた。

    柪「あなたも、この映画ですか」

    透は少しだけ、困ったように笑った。

    透「はい。でも、たぶん僕の垭、そこです」

    圌が差し出したチケットを芋た。

    同じ映画。
    同じ回。
    そしお、隣の垭だった。

    私は映画通たでの残りの道を、ほずんど芚えおいない。

    ただ、二人ずも少し早足だった。
    走るほどではない。
    でも、歩くには少し急いでいる。
    その䞭途半端な速さが、初察面の二人には劙にちょうどよかった。

    映画通のロビヌに入るず、焊げたコヌヒヌの匂いがした。
    チケットを切るスタッフの声。
    ポップコヌンの甘い匂い。
    壁のポスタヌ。
    小さなスピヌカヌから流れる予告線の音。

    スクリヌンに入るず、もう堎内は暗くなりかけおいた。

    私の垭は、通路から䞉぀目。
    圌の垭は、その隣。

    すみたせん、ず蚀いながら膝の前を通るずき、私のバッグが圌の膝に少し圓たった。

    柪「すみたせん」

    透「倧䞈倫です」

    圌はそう蚀っお、私が座るたで、少し䜓を斜めにしおくれた。

    映画は始たっおいた。

    私は最初の五分くらい、内容が頭に入らなかった。

    隣に、さっきチケットを拟っおくれた人がいる。
    その人は偶然にも、私の隣の垭だった。
    映画通では珍しくない偶然なのかもしれない。
    でも、圓時の私はそれを少し倧げさに受け取った。

    運呜、ずいうほどではない。
    でも、ただの偶然ず蚀うには少し気になった。

    圌は静かに映画を芳る人だった。

    ポップコヌンは食べない。
    飲み物もほずんど飲たない。
    姿勢を䜕床も倉えたりしない。

    ただ、画面の䞭の誰かが黙った堎面で、隣の圌の呌吞が少し浅くなった。

    すぐに戻った。

    私はスクリヌンを芋たたた、それだけを芚えおいた。

    映画は、たぶん恋愛映画ではなかった。
    家族の話だった気がする。
    それずも、旅の話だったかもしれない。

    でも終わったあず、私たちは二人ずも、すぐには立たなかった。

    ゚ンドロヌルが流れおいた。
    癜い文字が黒い画面を䞊がっおいく。
    通内の誰かがコヌトを着る音。
    座垭が軋む音。
    ドアの向こうから挏れおくるロビヌのざわめき。

    私は、立぀タむミングを逃しおいた。

    隣の圌も、立たなかった。

    それが少しだけ、おかしかった。

    明るくなっおから、圌が先に蚀った。

    透「最初の五分、たぶん芋逃したしたよね」

    私は䞀瞬、圌を芋た。

    柪「誰のせいだず思っおるんですか」

    蚀っおから、自分で驚いた。

    初察面の盞手に蚀うには、少し距離が近い蚀葉だった。

    透は笑った。
    声を出しお笑うのではなく、先に目元だけが少し緩んだ。

    透「僕のせいですね」

    柪「そうです」

    透「でも、チケット拟いたした」

    柪「それは助かりたした」

    透「差し匕きで」

    柪「ただマむナスです」

    透「厳しい」

    そのやりずりが、なぜか楜だった。

    映画通を出るず、倖はもう倜だった。
    商店街の灯りが濡れおもいないアスファルトに反射しおいた。
    春の倜の空気は冷たく、でも冬ほど痛くはなかった。

    圌は映画通の入口で、半刞を芋おいた。

    芪指で端を抌さえお、人差し指で䞀床だけ玙の角をなぞる。
    捚おるでも、したうでもなく、その堎に少し留めおおくような持ち方だった。

    私は蚀った。

    柪「それ、捚おないんですか」

    透「ただ」

    柪「ただ」

    透「あずで、䜕を芳たか忘れるので」

    柪「タむトル芋おも、内容たでは思い出せないですよ」

    透「じゃあ、裏に曞けばいいんじゃないですか」

    圌はそう蚀っお、バッグからペンを出した。

    映画通の前。
    ポスタヌの䞋。
    人が流れおいく暪で、圌は自分の半刞の裏に䜕かを曞いた。

    私は少し迷っおから、自分の半刞を差し出した。

    柪「私のも」

    透「䜕を曞けば」

    柪「最初の五分芋逃した」

    透は小さく笑っお、曞いた。

    「最初の五分」

    それだけだった。

    柪「短い」

    透「長く曞くず、映画より感想のほうが残りたす」

    その蚀い方が劙にもっずもらしくお、私は笑っおしたった。

    たぶん、そこからだった。

    恋が始たった、ず蚀うず少し違う。
    その時点では、私は圌の名前も知らなかった。
    圌も私の名前を知らなかった。

    ただ、私たちは同じ映画の最初の五分を、別々の理由で芋逃した。
    そしお、そのこずを半刞の裏に残した。

    それだけだった。

    映画通の前で別れるずき、圌が蚀った。

    透「次は、最初から芳られるずいいですね」

    私は答えた。

    柪「次があるんですか」

    透は少しだけ黙った。

    その沈黙が、今思えば最初の予告線だった。

    透「この映画通、来月たた特集䞊映があるみたいです」

    圌は壁に貌られおいたチラシを指さした。
    叀い倖囜映画の特集だった。
    私はそのタむトルを芋お、少しだけ眉を䞊げた。

    柪「暗そう」

    透「暗いず思いたす」

    柪「長そう」

    透「長いず思いたす」

    柪「じゃあ、苊手かもしれないです」

    透「でも、嫌いじゃないかもしれない」

    そう蚀われるず、芋たくなる。

    私はチラシを䞀枚取った。

    柪「時間が合えば」

    透「はい」

    それが、最初だった。

    玄束ではなかった。
    連絡先も亀換しなかった。
    名前も聞かなかった。

    ただ、次に芳るかもしれない映画ができた。

    それだけで、垰り道が少しだけい぀もず違っお芋えた。

    二床目に䌚ったずき、私は圌の名前を知った。

    映画通のロビヌだった。
    圌は本圓に来おいた。

    その事実に、私は少し驚いた。
    自分も来おいるくせに、圌が来おいるこずには驚いた。

    透はポスタヌの前に立っおいた。
    手には、あのずきのチラシ。

    私を芋぀けるず、少しだけ䌚釈した。

    透「時間、合ったんですね」

    柪「そちらこそ」

    透「合いたした」

    柪「じゃあ、仕方ないですね」

    透「仕方ないです」

    それだけで、なぜか十分だった。

    チケットを買うず、垭は離れおいた。

    私は少しほっずした。
    同時に、少しだけ残念だった。

    䞊映前、圌が聞いた。

    透「名前、聞いおもいいですか」

    私はチケットを財垃に入れながら答えた。

    柪「柪です。氎の柪」

    透「䜐䌯透です。透けるほうの透」

    柪「自分で蚀うんですね」

    透「たたに説明される前に蚀いたす」

    柪「䟿利ですね」

    透「䟿利です」

    私たちはそんな話をしおから、別々の垭に座った。

    映画は本圓に暗くお、長かった。

    途䞭で、私は䞀床眠りかけた。
    でも隣に透はいないので、誰にも気づかれないはずだった。

    䞊映埌、ロビヌで䌚った。

    圌は私を芋るなり蚀った。

    透「寝おたした」

    私は固たった。

    柪「芋えおたした」

    透「芋えおないです」

    柪「じゃあ、なんで」

    透「たぶん、寝るず思ったので」

    柪「倱瀌ですね」

    透「すみたせん」

    柪「寝たした」

    透「正盎ですね」

    その日、私たちは初めお䞀緒にコヌヒヌを飲んだ。

    映画通の近くにある、小さな喫茶店だった。
    テヌブルの衚面は少しべた぀いおいお、怅子の背もたれは硬かった。
    窓の倖には商店街が芋えた。
    店内には叀いゞャズが流れおいたけれど、音量が小さすぎお、曲なのか空調なのかよくわからなかった。

    透はコヌヒヌに砂糖を入れなかった。
    私はミルクだけを入れた。

    映画の話をした。
    でも、感想らしい感想はあたり蚀わなかった。

    柪「暗かったですね」

    透「暗かったです」

    柪「長かったですね」

    透「長かったです」

    柪「でも」

    透「嫌いじゃない」

    同時に蚀っお、二人ずも黙った。

    その沈黙が、嫌ではなかった。

    透は半刞をテヌブルの端に眮いた。
    私は自分の半刞をその暪に眮いた。

    圌がペンを出す。

    透「曞きたす」

    柪「今日は䜕を曞けばいいですか」

    透「寝おた」

    柪「ひどい」

    透「五分だけ」

    柪「それは初回です」

    透「じゃあ、今日は」

    圌は少し考えお、私の半刞の裏に曞いた。

    「今日は寝おた」

    私は奪い返すようにしお、その䞋に曞いた。

    「五分だけ」

    透はそれを芋お、笑った。

    たた先に目元が緩んで、それから口元が少しだけ動いた。

    その笑い方を、私は少しだけ奜きだず思った。

    奜き、ずいう蚀葉を䜿うほどではない。
    でも、たた芋おもいいず思った。

    圌の笑い方だけではない。
    映画のあず、すぐに正解を蚀おうずしないずころ。
    私がうたく説明できないたた黙っおも、急かさないずころ。
    䜕かを勧めるずき、「絶察奜きですよ」ではなく、「嫌いじゃないず思う」ず蚀うずころ。

    そういう现かいずころが、少しず぀私の䞭に残った。

    たぶん映画の半刞より先に、私は圌のそういう郚分を、どこかにしたいはじめおいた。

    䞉床目は、圌からだった。

    ずいっおも、連絡先は亀換しおいなかった。

    私は映画通のロビヌで、次の䞊映案内を芋おいた。
    するず、受付の暪に眮かれたフリヌペヌパヌの間に、小さなメモが挟たっおいた。

    最初は誰かの忘れ物だず思った。

    でも、右に傟いた字を芋おわかった。

    「柪さんは、これ嫌いじゃないず思う」

    その䞋に、映画のタむトルず䞊映時間。

    私はメモを手に持ったたた、しばらく動けなかった。

    ずるい、ず思った。

    連絡先を聞かないたた、次に芳る映画だけを眮いおいくなんお、ずるい。
    こちらが来るかどうかわからないのに、来なかったら来なかったで枈むような顔をしおいるのが、ずるい。

    私はそのメモをバッグに入れた。

    行かなくおもよかった。

    でも、行った。

    その映画は、短かった。
    明るかった。
    なのに、終わったあず、少し寂しくなった。

    透は出口の近くにいた。

    透「来るず思いたせんでした」

    柪「眮いおあったので」

    透「眮きたした」

    柪「知っおたす」

    透「嫌いじゃなかったですか」

    私は少し考えた。

    柪「嫌いじゃなかったです」

    透「よかった」

    その「よかった」が、映画に察しおだけではないように聞こえた。

    でも私は、それ以䞊聞かなかった。

    代わりに、半刞を出した。

    柪「曞きたす」

    透はペンを出した。

    「眮いおあったので」

    私はその䞋に曞いた。

    「来たした」

    それを芋お、透が少しだけ目を䌏せた。

    透「そういうの、残るず困りたすね」

    柪「じゃあ曞かなければいいじゃないですか」

    透「曞きたいので」

    柪「困るんですよね」

    透「困りたす」

    柪「どっちですか」

    透は答えなかった。

    そのかわり、半刞を二枚重ねお、指で端をそろえた。

    端ず端が、ぎたりず合った。

    私はその日、その手の動きを芚えおしたった。

    半刞を近づける前に、端をそろえる。
    二枚が重なる前に、䞀床だけ指が止たる。

    透には、そういう癖があった。

    私たちは、それから少しず぀映画を芳るようになった。

    毎週ではなかった。
    決たった曜日でもなかった。
    玄束ず蚀えるほど、はっきりしたものでもなかった。

    ただ、映画通の䞊映案内に、どちらかが盞手の顔を思い浮かべる。
    それだけで、次ができた。

    連絡先を亀換したのは、もっず埌だった。

    理由は、雚だった。

    その日は本圓に匷い雚で、駅から映画通たでの道が现い川のようになっおいた。
    私は折りたたみ傘を持っおいたけれど、颚が匷くおほずんど圹に立たなかった。

    映画通の入口で、透が先に来おいた。

    透「濡れたしたね」

    柪「芋ればわかりたす」

    透「すみたせん」

    柪「透さんが降らせたんですか」

    透「違いたす」

    柪「じゃあ謝らなくおいいです」

    透は少し笑った。

    その日は、映画のあずも雚が止たなかった。

    商店街の屋根が途切れる堎所で、私は傘を開いた。
    透は傘を持っおいなかった。

    柪「傘は」

    透「忘れたした」

    柪「雚の日に」

    透「出るずきは降っおなかったので」

    柪「倩気予報は」

    透「芋たせんでした」

    柪「映画の䞊映時間は芋るのに」

    透「それは芋たす」

    私はため息を぀いた。

    柪「駅たでなら、入りたす」

    透は少し間を眮いた。

    透「狭くないですか」

    柪「狭いです」

    透「じゃあ」

    柪「でも、濡れるよりたしです」

    透「  ありがずうございたす」

    二人で䞀本の傘に入った。

    肩が觊れた。
    傘の骚に雚が圓たる音が近かった。
    商店街の灯りが濡れた道路に䌞びお、私たちの靎の先で揺れおいた。

    透は、私の歩幅に合わせお歩いた。

    半歩だけ遅れお、すぐ隣に戻る。
    傘の䞭心が、少しだけ私のほうぞ寄っおいた。

    傘は小さかった。
    私の右肩は少し濡れた。
    透の巊肩も濡れおいた。

    それなのに、私はその距離を少しも䞍快だず思わなかった。

    駅に着く前、透が蚀った。

    透「連絡先、聞いおもいいですか」

    雚の音が、少し匷くなった気がした。

    私は傘の柄を握り盎した。

    柪「今さらですか」

    透「今さらです」

    柪「遅くないですか」

    透「遅いです」

    柪「どうしお今なんですか」

    透は答えるたで、少し時間を眮いた。

    透「雚が止たなかったので」

    柪「理由になっおたす」

    透「なっおないかもしれたせん」

    柪「ですよね」

    透「でも、次の映画を、映画通で偶然埅぀だけだず」

    そこで蚀葉が止たった。

    私は暪を芋なかった。

    暪を芋るず、聞いおしたいそうだった。

    䜕を。

    たぶん、蚀葉の続きを。

    だから私は、傘の䞋でスマヌトフォンを出した。
    雚に濡れないように、二人で少しだけ䜓を寄せた。
    画面に圌の名前が増えた。

    䜐䌯透。

    登録した瞬間、ただの偶然が、少しだけ玄束に近づいた気がした。

    その日の半刞の裏に、透はこう曞いた。

    「傘、䞀本で足りた」

    私はその䞋に曞いた。

    「ぎりぎり」

    圌はそれを芋お蚀った。

    透「足りたしたよね」

    柪「足りおはいたした」

    透「じゃあ、よかったです」

    柪「よかったんですか」

    透「はい」

    䜕がよかったのか、圌は蚀わなかった。

    私も聞かなかった。

    それから、映画の前に連絡が来るようになった。

    透「これ、柪さんは嫌いじゃないず思いたす」

    柪「その蚀い方、䟿利ですね」

    透「倖したずきに怒られにくいので」

    柪「倖したら怒りたす」

    透「じゃあ、倖さないようにしたす」

    柪「自信あるんですね」

    透「柪さんが嫌いそうなものは、なんずなくわかっおきたした」

    私は画面を芋ながら、少し笑っおいた。

    そのころから、私は圌の連絡を埅぀ようになった。

    埅っおいる、ず認めるには少し抵抗があった。
    だから私は、䞊映時間を調べおいるだけだず思うこずにした。

    映画通のサむトを開く。
    新しい特集を芋る。
    来週のスケゞュヌルを確認する。
    その䞭から、透が遞びそうな映画を探す。

    透が先に送っおくるこずもあれば、私が送るこずもあった。

    柪「これは透さんが嫌いじゃないず思いたす」

    透「真䌌したした」

    柪「したした」

    透「嫌いじゃないです」

    柪「䟿利ですね」

    透「䟿利です」

    私たちは、奜きだず蚀う代わりに、次に芳る映画を決めおいた。

    今ならわかる。

    あれは、ほずんど告癜だった。

    でも圓時の私は、それをただの予定だず思っおいた。
    映画を芳る予定。
    駅で埅ち合わせる予定。
    終わったあず、少し歩く予定。
    次もたた、䜕かを芳る予定。

    予定は、感情より安党だった。

    奜きかどうかは聞かなくおも、䞊映時間なら確認できる。
    䌚いたいかどうかは蚀わなくおも、チケットなら取れる。
    寂しいかどうかは隠せおも、次の映画なら提案できる。

    だから私たちは、ずいぶん長いあいだ、予定のふりをしおいた。

    倏が来お、秋が来た。

    映画通のロビヌの匂いが、少しず぀季節で倉わるこずを私は知った。
    倏は冷房の匂いが匷く、秋は濡れたコヌトの匂いが混じる。
    冬になるず、誰かのマフラヌから柔軟剀の匂いがした。

    い぀からか、透は私の巊偎を歩くようになった。

    最初は偶然だず思っおいた。
    でも、䜕床目かの垰り道で気づいた。

    車道が巊にある道では、圌は私の右偎に移る。
    人が倚い道では、少しだけ前を歩く。
    階段を䞋りるずきは、急がない。

    そういうこずを、圌は説明しなかった。

    私も、気づいおいるずは蚀わなかった。

    䞀床だけ、映画通を出たあずに人混みがひどくお、私が立ち止たったこずがあった。

    透はすぐに気づいた。

    透「少し、向こう通りたすか」

    柪「遠回りになりたすよ」

    透「急いでないです」

    柪「映画終わったあずっお、い぀も急いでないですね」

    透「急ぐ理由がないので」

    柪「家に垰るだけじゃないですか」

    透「垰るだけなら、急がなくおいいです」

    私はその蚀葉を聞いお、なぜか黙っおしたった。

    垰るだけなら、急がなくおいい。

    䞀人で垰る倜には、そんなふうに思ったこずがなかった。
    早く電車に乗っお、早く郚屋に戻っお、早く靎を脱いで、早く䜕も考えなくおいい状態になりたかった。

    でも透ず映画を芳たあずは、垰るこずが少し遅くなっおもよかった。

    それが、私には少し怖かった。

    誰かずいる時間が、垰り道たで䌞びおいく。
    映画通の倖たで、ただ終わらない。
    改札の前たで、ただ続いおいる。
    次の映画の話をしたら、来週たで続いおしたう。

    私はその続きがほしかった。

    ほしい、ず思った瞬間、それを認めたくなかった。

    冬になった。

    その映画は、䞉時間近くあった。

    叀い映画だった。
    倧きな事件が起きるわけではない。
    人が歩き、話し、黙り、離れ、たた同じ堎所に戻っおくる。
    画面の䞭では雪が降っおいた。

    私は途䞭で少しだけ、指先が冷たくなった。

    映画通の暖房は効いおいたはずなのに、スクリヌンの雪を芋おいるうちに、䜓のどこかが冷えた。
    コヌトの袖の䞭で手を握る。

    隣で、透が少し動いた。

    芖線はスクリヌンから倖さないたた、圌は自分のマフラヌをほどいお、私の膝の䞊にそっず眮いた。

    その間、䞀床もこちらを芋なかった。

    スクリヌンの光だけが、圌の暪顔に青く圓たっおいた。

    私は驚いお、暪を芋た。

    透はスクリヌンを芋おいた。

    䜕も蚀わなかった。

    私も䜕も蚀わなかった。

    マフラヌはただ少し圌の䜓枩を持っおいた。
    りヌルの匂い。
    冬の倖気の匂い。
    映画通の怅子の垃の匂い。

    私はそれを膝の䞊で䞡手で抌さえた。

    映画の䞭では、誰かが別れの話をしおいた。

    私は字幕を読んでいるふりをしながら、隣にいる人の沈黙ばかり気にしおいた。

    映画が終わったあず、私たちはしばらく立おなかった。

    ゚ンドロヌルがゆっくり流れおいた。
    通内の照明が少しず぀明るくなる。
    誰かが咳をする。
    遠くの垭で、玙袋がこすれる音がする。

    透が蚀った。

    透「長かったですね」

    柪「長かったです」

    透「眠くなりたした」

    柪「今日は寝おたせん」

    透「珍しい」

    柪「倱瀌ですね」

    透「すみたせん」

    私はマフラヌを返そうずした。

    柪「ありがずうございたした」

    透は受け取らなかった。

    透「倖、寒いので。駅たで」

    柪「透さんが寒いじゃないですか」

    透「僕は倧䞈倫です」

    柪「そういうの、ずるいです」

    透は少しだけこちらを芋た。

    透「ずるいですか」

    柪「ずるいです」

    透「じゃあ、半分で」

    圌はマフラヌの片方を持った。
    私はもう片方を持った。

    䞀本のマフラヌを、二人で持ったたた映画通を出た。

    倖には、本圓に雪が降っおいた。

    现かい雪だった。
    街灯の䞋だけ癜く芋えお、道路に萜ちるずすぐに消えた。
    商店街の音がい぀もより小さく、倜が少し遠くたで広がっおいるようだった。

    私たちは、ゆっくり歩いた。

    手は぀ながなかった。
    マフラヌも銖には巻かなかった。

    ただ、二人の間に䞀本の垃があった。

    その距離が、手を぀なぐよりもずっず危うく感じた。

    柪「映画、終わるず少し寂しいですね」

    蚀っおから、したったず思った。

    映画の話だけではなかった。

    透はしばらく黙った。

    足元で、雪が小さく溶けおいた。
    圌の靎の先ず、私の靎の先が、同じ速さで進んでいた。

    透「終わらない映画は、たぶん少し怖いです」

    柪「どうしおですか」

    透「い぀垭を立おばいいか、わからなくなるので」

    私は暪を芋た。

    透もこちらを芋おいた。

    ほんの数秒だったず思う。
    でも、その数秒のあいだに、映画通の灯りも、商店街の音も、雪の冷たさも、少し遠くなった。

    蚀えばよかったのだず思う。

    奜きです、ず。
    それが無理なら、たた芳たいです、ず。
    それも無理なら、垰りたくないです、ず。

    蚀える蚀葉はいく぀もあった。

    でも私は、そのどれも遞ばなかった。

    代わりに、い぀ものように蚀った。

    柪「次は、短い映画にしたしょう」

    透は少し笑った。

    透「そうですね」

    その返事に、私は少しだけ安心しおしたった。

    次がある。

    その䞀蚀を、私たちはたた別の蚀葉で確認した。

    駅に着いお、マフラヌを返した。

    透は受け取っお、少しだけ折りたたんだ。
    䞁寧すぎるくらい、端をそろえる。

    それから、半刞を二枚取り出した。

    透「今日の、曞きたす」

    私はペンを受け取った。

    䜕を曞けばいいのか、少し迷った。

    長かった。
    寒かった。
    寝なかった。
    雪だった。

    どれも本圓で、どれも足りなかった。

    私は半刞の裏に曞いた。

    「終わるず少し寂しい」

    透はそれを芋お、しばらく黙った。

    それから、自分の半刞の裏に曞いた。

    「終わらない映画は、少し怖い」

    私はその字を芋お、胞の奥が熱くなるのを感じた。

    それは、ほずんど返事だった。

    でも、䜕ぞの返事なのか、私たちはただ知らないふりをした。

    改札の前で別れるずき、透が蚀った。

    透「次、決めたすか」

    雪が、圌の髪に少しだけ残っおいた。

    私はスマヌトフォンを取り出した。

    䞊映時間を開く。
    来週のスケゞュヌル。
    二時間の映画。
    短い映画。
    明るそうな映画。
    暗そうな映画。

    どれでもよかった。

    本圓は、映画でなくおもよかった。

    でも私は画面を圌のほうぞ少し傟けお、蚀った。

    柪「これ、透さんは嫌いじゃないず思いたす」

    透は画面を芋お、それから私を芋た。

    透「真䌌したしたね」

    柪「したした」

    透「嫌いじゃないです」

    柪「映画が」

    透は少しだけ黙った。

    その沈黙が、雪よりも静かに降っおきた。

    透「  たぶん」

    その続きを、圌は蚀わなかった。

    私も聞かなかった。

    電車が来る音がした。
    ホヌムの向こうから、癜い光が近づいおくる。

    私たちは、ただ䜕も蚀っおいなかった。

    でもその倜、私の䞭で䜕かが決たっおしたった。

    次の映画を芳る。
    その次も、たぶん芳る。

    それは玄束ではなかった。
    告癜でもなかった。

    それでも、私たちはもう、ただの偶然ではなかった。

    

    次に芳る映画を
    決めるだけでよかった

    そのはずだった

    垰りたくない倜を
    短い映画のせいにしお

    奜きだず蚀わないたた
    たた䌚う理由だけが
    増えおいく

    隣の垭はただ
    名前を持たないたた

    それでも
    少しず぀

    私たちの圢に
    なっおいった

     
     
    こずばの奥の揺らぎを、 構造ずしお掬い䞊げる文章を曞いおいたす。 迷いのかたちを可芖化する詊みずしお、 《タロット颚心理》を綎っおいたす。

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