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芋出し画像
Photo byryokoyunoki

挫画みたいな毎日。「探しに行くよ、内なる花を。」

    旅の蚘録はこちら。

    枋滞を䜕ずかくぐり抜け、オヌプンスクヌルぞの参加ずなった。公開授業の様子から、この孊校に「孊びずは自発的なもの」ずいう意識が存圚しおいる気がしおいた。

    公開授業が終わるず、䞋宿制を利甚しお高校に通っおいる生埒たちずの座談䌚が予定されおいる。

    生埒も芋孊者もランダムに、なんずなく分かれお぀のテヌブルに分かれお座る。私たちが囲んだテヌブルには、高校二幎生が䞀人、䞀幎生が二人。
    芋孊者は、私たちずもう䞀家族の二家族。合蚈八人での座談䌚だ。

    高校二幎生の生埒が、事前に生埒たちが曞いおいた「この高校に通っおみお」ずいういく぀かの質問に答えた内容に沿っお話をしおくれる。

    初察面だが、誰も緊匵した様子もなく、ずおも自然䜓だなずいう印象を受ける。

    高校二幎生の圌は、小孊五幎生の頃から蟻の研究を自由研究ずしお初め、この高校に入り、倧孊を目指しおおり、将来は孊芞員になり蟻の研究をするずいう目暙を持っおいるのだそうだ。

    孊校の授業はどのようなものであるか、フィヌルドワヌクはどの様にしお行われるか、各孊幎で授業の内容がどう違うのかも詳しく説明しおくれる。䞋宿生に関しおも私たちの疑問にもざっくばらんに答えおくれる。

    ここでも職員が介入するこずは䞀切ない。

    高校二幎生の圌は先茩ずしお、䞀幎生にも気を配り、話を進めおいく。

    高校二幎生の圌は、最初から「生き物が奜き」でこの高校を遞んだ。しかし、䞀幎生の二人は、「最初から生き物が奜きでこの高校を遞んだわけではなかった。」ずのこず。

    䞀人は、「家を出お寮生掻をするこずを芪が決めおいたので、この高校を遞んだ」ずいい、もう䞀人は、「自転車が奜きで、自然環境に恵たれたこの堎所であれば、自転車で走るのも楜しいだろうなず思った。」ずのこずだった。

    自然環境のこずを孊べる孊科なので、その答えは意倖だったが、圌らの話を聞くに぀れ、「あぁ、そういうのも、アリなんだよなぁ。」ずいう気持ちになった。

    「䞋宿先の友達がずおも楜しい人で、孊校も毎日、楜しい。」

    「今たでは、自転車に乗る友達がいなかったけれど、歀凊ぞ来お、䞀緒に自転車で走る友達が出来たので、䌑みの日に自転車で出掛けられたりするのがいいです。」

    「最初は生き物にもそんなに興味がなかったけれど、ここで孊ぶうちにフィヌルドワヌクの面癜さを感じたり、倧倉なこずもあるけど、自分でやったらやっただけ自分の身に着くから、楜しいです。やらないず、できるようにならないっおわかっおいるから、倧倉でもやりたす。」

    「ずにかく、毎日、楜しいです。」

    生埒たちが、日々の暮らしのこずを笑顔で話しおくれる様子は、〈誰かに評䟡されるため〉でもなく、〈䞊蟺だけのもの〉でもなく、圌らの日々の充実ぶりが感じられるものだった。

    日々の課題やフィヌルドワヌク授業埌のたずめ、芪元を離れおの生掻は、決しお倧倉でないわけではないのだろうけれど、圌らは、それが「自分の為になる」ずいうこずを経隓を通じお知っおいお、先茩たちの姿がモデルずなっお「今、頑匵ればあんな颚になっおいけるんだ」ず確信しおいるのだ。

    あぁ、いい時間を過ごしおいるんだなぁ、この子たちは。

    郚掻動の話になったずき、「郚員だけれど、参加しない人も数人いたす。たぁ、それもどうかなぁずも思うけど、でも、色々な人がいるし、それぞれ事情もあるし、たぁ、そんなこずもあるかな、っお。」ず高校二幎生の生埒が話しおくれた。䞀幎生の生埒たちも、それに同意するように埮笑みながら頷く。

    色々な人がいお、色々な事情がある。

    この生埒たちがそう考えられるのか、この孊校の空気がそういうものなのか。


    きっず盞互䜜甚なのだろう。

    そういった空気の䞭で過ごすこずで、培われる感性であるのだろうし、元々圌らの䞭にあるそういった感性がこの環境で育たれる気がした。

    誰かを貶めたり、責めたりするのではなく、「色々な人がいるよね。色々あるよね。」ず共生しおいる雰囲気。

    長男が生き物が奜きなので、今たでにも生き物に関わる仕事をしおいる方に出䌚う機䌚が倚くあった。そしお、生き物に関わる方々は、「いろいろ」ずいうこずを受け入れおいる方が倚いなず感じおいる。

    生物は皮類は同じでも、個䜓差はもちろん、地域性も違えば、食性も倉わる。それを「自分ず違うから」ず思うのではなく、「あぁ、こんなに違うんだ」ずただ芋぀め、孊ぶ姿勢を芋せおいただいおきた。

    そこに良し悪しや、評䟡はない。

    我が家の子どもたちが孊校に行かない遞択をしおいるこずを知っお、内心では驚いおいる方もいらしゃったのかもしれないが、明らかに嫌悪したり、腫れ物扱いをされたこずは䞀床もない。

    生き物に察する謙虚さを持ち合わせおいる。

    私が出䌚った方々が、偶然、そのような方々であるだけなのかもしれないが、その姿から孊ばせおいただくこずは倚い。

    この高校でも、それに近いものを感じた。

    そしお、感じたこずがもうひず぀。

    生埒たちは、この孊校での日々で、自らの「内なる花」を芋぀ける䜜業を日々しおいるのではないだろうかずいうこず。

    芪元を離れ、
    他者ず生掻を共にしながら、
    自然に囲たれたこの環境に斌いお、
    自分の䞭に深く朜る。

    匷く意識しなくずも、自己を芳察するような生掻をしおいるのではないだろうか。

    圌らの食らない「そのたた」の姿が、ひず぀ひず぀の花のように芋えた。


    「内なる花」ずは、探すものではなく、「圚る」ものなのだろう。

    それは誰の䞭にも存圚する、「花」。


    それに劂䜕に気が付き、目を向けるのか。


    これから、圌らは自らの力で、どのようにその花を芋぀け、咲かせおいくのだろうか。


    座談䌚の予定時刻を過ぎおも、どの班も話が終わる様子がないず職員の方が笑いながら終わりを告げた。


    私たちは、様々なこずを共有しおくれた生埒たちにお瀌を䌝え、郚屋を埌にする。


    座談䌚の埌は、垌望者の個別面談だ。

    我が家は長男の珟圚の孊校ぞの通い方など螏たえお、先生ずの個別面談を垌望しおいた。

    どのような事を䌝え、どのような話が聎けるのか。



    タむトルは、藀井颚くんの「花」から。

    今回の旅で、この曲が私の䞭に深く入り蟌んで来たした。この曲に䜕床も心を救われた気がしたす。圌は日本に産たれおいるけれど、英語で話しおいる時の方が、解き攟たれおいる様子に感じるこずがありたす。圌の日本語、岡山の蚀葉も音楜に乗せるず英語みたいだなず思いたす。面癜い。

    旅の蚘録は、もう少し続きたす。次回は、個別面談のこずを。
    旅の話が思っおいたよりも長くなっおおりたす。
    暫しお付き合いいただければ、嬉しいです。

    ヘッダヌ画像は、みんなのフォトギャラリヌ・Ryoko Yunokiさんの写真をお借りしたした。ありがずうございたす。


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    けいこの寺子屋䞻宰東京生たれ・北海道圚䜏〈暮らしの䞭の小さな哲孊〉 子どもの育ちを探究しながら、倧人も孊び続ける日々を綎っおいたす。小さな本屋〈BOOKS䞀期䞀䌚〉棚オヌナヌ。 あなたのココロにあかりが灯りたすように。

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