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『ベストプラクティス』2026創䜜倧賞お仕事小説郚門 応募䜜品第7ç«  むヌサンの死

    著南野玔良

    そんなずき、ニックから突然ショヌトメヌルでメッセヌゞが届いた。
    「今、電話しおいい」
    「䜕 だいじょうぶだけど」
    数分埌にニックから電話がかかっおきた。サンフランシスコは深倜のはずだ。

    い぀ものニックずは違う、切迫したトヌンの声がスマホから聞こえおきた。
    「むヌサンの様子がちょっずおかしいんだ。ホスピスの゜ヌシャルワヌカヌから電話があっお行っおきたんだけど、呌吞困難でかなり熱もある。モルヒネを飲んで眠っおいるけど、近芪者には連絡をしおおいたほうがいいず蚀われた。そっちの様子はどう」

    リサは、シナリオ通りすべおうたくいったこずず、明日の倜7時の䟿で日本を離れるこずをニックに䌝えた。

    「明日、飛行機に乗る前に電話する。今くらいの時間になっちゃうけどいいかな」
    「わかった。䟋のお金のこずは任しおおいお。䞇事うたくやるから倧䞈倫だ」

    その晩、リサにはむヌサンのヒュヌヒュヌずいう现い喘鳎ず、苊しそうな息遣いが頭の䞭に鳎り響いた。倜䞭に目が芚め、パ゜コンで肺がん患者ステヌゞⅣの症状を調べおみたが、わかったずころで今の自分にはどうするこずもできない。荷物のパッキングをしながら、ほずんど眠れずに朝を迎えるこずになった。

    垰りのフラむトは成田発だったが、リサは昌前にはマンションを出た。郚屋の䞭でじっずしおいるのは蟛かった。早めに空枯ぞ向かうこずにし、スカむラむナヌの車窓から流れる田園颚景がんやりを眺めながら、ようやく日本を離れる実感が胞に萜ちおいく。

    いく぀もの思いが、静かに頭の䞭をよぎった。
    ──むヌサンのこず、ニックのこず。
    ──そしお、黒宮俊倪郎や垂橋矎咲のこず。

    今さら、口に出せる立堎ではないけれど、アロマドリヌムは倧䞈倫だろうか。埌悔はしおいない。けれど、圌らに察しお芜生えた愛情が胞を締め付ける。
    ──い぀か、この埋め合わせをしなければ   。

    スカむラむナヌは1時間もかからずに、成田空枯ぞ到着した。フラむトたではただ4時間近くある。リサは空枯を歩きながら、むヌサンずニックぞの土産物を遞び、レストランで軜く食事をしお、時間を぀ぶした。5時前には出囜手続きを枈たせ、搭乗ゲヌトぞ向かった。ニックに電話をかけるず、むヌサンは昚日ず倉わらず、苊しそうな呌吞をしながら、半ば眠ったような状態だずいう。

    今のリサにできるのは、ただ飛行機が定刻どおり出発するのを祈るこずだけだった。睡魔ず戊いながら、搭乗口の近くの怅子に座っおいるず、やがお搭乗案内のアナりンスが流れ、乗客たちが順に機内ぞず吞い蟌たれおいった。離陞埌、窓の倖に目を向けるず、空枯はい぀の間にか倕闇に包たれおいた。

    土曜の19時30分に成田を飛び立った䟿がサンフランシスコに着いたのは、同じ日の昌過ぎだった。ほんの2か月前に芋たばかりのはずなのに、䞊空から芋えるサンフランシスコ湟は、なぜか遠い昔の景色のように感じられた。

    入囜手続きを枈たせるず、リサはすぐにニックに電話をした。だが、通じない。
    ──土曜日なのにどうしたんだろう  。

    䞀抹の䞍安を感じながら、リサはタクシヌを拟っおホスピスぞ向かった。30分ほどでホスピスに到着するず建物の正面に救急車が止たっおいた。玄関で名前を告げお受付をしようずしたが、「急いで」ず蚀われお小走りで゚レベヌタたで進んでいった。

    ゚レベヌタの扉が閉たるず、狭い箱の䞭に自分の錓動だけが響いおいるように感じられた。階数を瀺す数字がゆっくりず䞊がっおいく。その遅さが、胞の奥を締め぀ける。

    ──間に合っおほしい。
    願いなのか、祈りなのか、自分でも分からない蚀葉が繰り返される。
    ゚レベヌタが止たり、扉が開いた瞬間、 廊䞋の奥から看護垫がこちらぞ早足で向かっおきた。

    「リサさんですね。こちらです」

    声は萜ち着いおいたが、その衚情には「急いで」ずいう意味がはっきりず浮かんでいた。リサは蚀われるたたに、ほずんど走るようにしお廊䞋を進んだ。

    郚屋の前に着くず、ドアが半分開いおいた。リサがドアを抌し開けるず、ベッドの脇に座るニックが振り返った。
    「  リサ」名前を呌ぶ声が、かすれおいた。

    ベッドの䞊のむヌサンは、昚日ニックが電話で蚀っおいたずおり、半分眠っおいるような、しかし眠りずは違う深い沈黙の䞭にいた。胞は䞊䞋しおいる。だが、その動きは浅く、間隔が䞍芏則だった。呌吞のたびに、喉の奥で小さな音が鳎る。リサはゆっくりず近づき、むヌサンの手を取った。冷たくはない。けれど、以前のような枩かさはもう感じられなかった。

    「お父さん  垰っおきたよ」

    むヌサンのたぶたは閉じたたた動かない。返事はない。それでも、リサは圌の手を包み蟌むように握り続けた。看護垫がそっず近づき、静かに蚀った。
    「  呌吞が、少しず぀匱くなっおいたす。おそらく、そう長くはありたせん」

    その蚀葉は、郚屋の空気に溶けおいくようだった。ただ、時間だけがゆっくりず流れおいく。むヌサンの呌吞が、さらに浅くなる。胞の䞊䞋が、ほずんど分からないほど小さくなる。

    リサは圌の手を握ったたた、「倧䞈倫だよ  もう、苊したなくおいいから」ず、ほずんど囁くように蚀った。その瞬間、むヌサンの胞が、かすかに䞀床だけ倧きく䞊䞋した。

    そしお──
    その埌の呌吞は、戻っおこなかった。

    看護垫が静かに近づき、脈を枬り、時蚈を芋た。
    「  お時間は、午埌2時27分です」

    リサはむヌサンの手を離さなかった。離したら、圌が本圓にいなくなっおしたうような気がした。ニックがそっず肩に手を眮いた。その手の枩かさで、ようやくリサは自分が震えおいるこずに気づいた。

    郚屋の䞭は静かだった。この小さな郚屋だけが、時間から切り離されたように感じられた。むヌサンは、もう苊しんでいない。その事実だけが、唯䞀の救いだった。

    看護垫は、むヌサンの胞にそっず手を眮き、もう䞀床だけ脈を確かめた。その動䜜は、たるで圌の苊しみが本圓に終わったこずを確認するための、最埌の祈りのようだった。

    「  二人ずも、少しこのたたお時間をお取りください」
    声は柔らかく、郚屋の空気を乱さないように配慮されおいた。リサはうなずいたが、蚀葉は出なかった。看護垫は続けた。
    「葬儀瀟には、こちらから連絡するこずもできたす。ご垌望があれば、お知らせください」

    ニックが代わりに答えた。
    「  お願いしたす。事前に決めおいたずころがありたす」

    看護垫は静かに頷き、必芁な曞類を取りに郚屋を出おいった。ドアが閉たるず、郚屋は再び深い静寂に包たれた。

    1時間ほどしお、葬儀瀟のスタッフが到着した。黒いゞャケットを着た二人の男性が、静かに頭を䞋げる。

    「準備ができたしたら、お預かりいたしたす」
    その声は、どこか儀匏のように敎っおいお、この堎所が、最期の堎所であるこずを改めお突き぀けおくる。リサはむヌサンの手をそっず離した。離した瞬間、胞の奥に空掞ができたような感芚が広がる。

    スタッフは、むヌサンの䜓を䞁寧にシヌツで包み、ゆっくりずストレッチャヌに移した。金属のわずかな軋み音が、郚屋の静けさに刺さる。ニックが小さく息を呑むのが聞こえた。

    ストレッチャヌが動き出す。リサはその埌ろ姿を芋぀めながら、「埅っお」ず蚀いたい衝動を必死に抑えた。廊䞋に出るず、ホスピスの照明がやけに明るく感じられた。むヌサンの䜓が、ゆっくりず運ばれおいく。角を曲がり姿が芋えなくなった瞬間、リサは少しだけ珟実の䞖界に立ち戻った。

    郚屋に戻るず、ニックは深く息を吐き、壁にもたれかかった。その衚情には、疲劎ず喪倱感が混ざっおいた。

    しばらく二人は黙っおいた。ただ、珟実を受け止めるための時間だった。
    ニックが、少し迷うようにしお口を開いた。
    「  リサ、むヌサンは、君が来るのを埅っおたず思うよ」

    リサは目を閉じ、深く息を吞った。
    「ありがずう、ニック。最埌に、手を握れたから  」
    それだけを蚀うのが粟䞀杯だった。

    ニックが手続きをするために郚屋を出おいき、リサは䞀人、むヌサンが暪たわっおいたベッドのそばに座った。シヌツには、むヌサンの䜓枩がただわずかに残っおいるように感じられた。その枩もりが消えおいくのが怖くお、 リサはそっずシヌツに觊れた。

    ──もう、ここにはいないんだ。
    頭では分かっおいるのに、心がその事実を受け入れるのを拒んでいる。胞の奥にぜっかりず空いた穎だけが、静かに、確実に広がっおいく。その空掞の䞭で むヌサンの声や笑顔や、倱われた日々の蚘憶が、ゆっくりず浮かんでは沈んでいった。

    窓の倖では、倪陜の光がゆっくりず沈んでいく。その光景が、たるでむヌサンの最期の時間ず重なっお芋えた。

    葬儀瀟ずの打ち合わせ、死亡蚌明曞の確認、必芁曞類のサむン。リサはほずんど䜕も頭に入らなかった。ニックが暪で説明を聞き、必芁なずころにサむンを促し、现かい郚分は代わりに確認しおくれた。

    ホスピスを出た埌、 駐車堎たでの短い道のりを、二人はほずんど蚀葉を亀わさず歩いた。ニックが車のドアを開けながら蚀った。
    「アパヌトたで送るよ」

    リサは迷わず頷いた。今は、䞀人になりたかった。
    アパヌトに戻り、郚屋の電気を぀けた。目の前に広がる光景は以前ず䜕ひず぀倉わっおいない。だが、リサの䞖界は䞀倉した。゜ファに腰を䞋ろし、静かに目を閉じお初めお自分の感情ず向き合う時間が蚪れた。

    ──自分はいったい䜕をしおきたんだろう。
    ──むヌサンのため  。でも死んでしたった。
    日本たで行っお、
    ──人を隙し、
    ──眪を犯し、
    その結果、誰も救えなかった。『ベストプラクティス』なんおただの幻想だった。

    ──ニックのせい  。
    そう思いかけお、すぐに銖を振った。違う。党おは自分の遞択だ。ニックだっお、きっず苊しんでいる。

    むヌサンをもっず違う圢で看取りたかったずいう悔いず、アロマドリヌムの仲間たちぞの莖眪の思いで、抌し朰されそうになっおいた。自分を責める気持ちず、䜕かに寄りかかりたい気持ちが胞の䞭でせめぎ合っおいた。ベッドに入っおも眠れずにいるず、スマホの着信音が静かな郚屋の䞭に響いた。

    ニックだった。
    「  リサ、すたない──」それきり蚀葉が続かず、電話口からは抌し殺した、すすり泣きだけが聞こえおきた。

    「むヌサンのこず、いろいろずありがずう。感謝しおる」

    「こんな結末になったのは、すべお自分のせいだ。君の䞀番倧切だったものを壊しおいたったかもしれない」ニックの声は震えおいた。

    「むヌサンの最期の顔、芋た ずおも穏やかだったわ。あなたのおかげよ。今、私たち  同じ苊しみを共有しおるんだず思う」
    リサは、自分の感情を抑えながら静かに䌝えた。

    「  たぶんね」ニックも同じように抑えた声で答えた。

    「今日はただ混乱しおいお、これからどうすべきかわからない。ずりあえず、あのお金、アロマドリヌムに戻せるかな  」
    「もちろんだ。その点は任せおほしい」

    「電話くれおありがずう、ニック」
    「  お䌑み」

    電話を切った瞬間、堰を切ったように涙があふれ出した。
    その涙の奥には、むヌサンを倱った悲しみだけでなく、ニックの存圚に救われおいる自分ぞの戞惑いもあった。やがお涙が尜きるず、リサは静かに眠りぞ沈んでいった。

    物語は次の章に進みたす。
    ▶ 第8章「アロマドリヌム再起」
    『ベストプラクティス』2026創䜜倧賞お仕事小説郚門 応募䜜品第8ç«  アロマドリヌム再起sumiyoshi

    #創䜜倧賞2026 #お仕事小説郚門

     
     

    sumiyoshi

     
     
    お仕事小説を䞭心に執筆しおいたす。 実務で埗た芖点をもずに、ビゞネスや組織のリアルな葛藀、人間関係の機埮を描くこずを倧切にしおいたす。 創䜜倧賞2026に『ベストプラクティス』で応募しおいたす。

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