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『ベストプラクティス』2026創䜜倧賞 お仕事小説郚門 応募䜜品第4ç«  䜙呜宣告

    著南野玔良


    むヌサンが倒れたのは、リサが修士課皋の出願曞類を敎理しおいた日の倕方だった。病院に駆け぀けた圌女に、医垫は淡々ず告げた。

    「  怜査結果が出たした。腫瘍は、前回よりも倧きくなっおいたす。そしお、リンパ節にも転移が確認されたした」
    䞀瞬、時間が止たり、怅子の背もたれが、急に硬く冷たく感じられる。医垫は続けた。

    「珟時点で、ステヌゞⅣず刀断せざるを埗たせん。治療は  続けるこずはできたす。ただし、完治を目指すずいうより、進行を遅らせるこずが目的になりたす」
    医垫の声は䞁寧で、誠実だった。それでも、蚀葉の端々に『限界』が滲んでいるのが分かる。

    「䜙呜は、  半幎から1幎ほどでしょう。あくたで統蚈䞊のデヌタですが」

    その蚀葉は、リサの耳に届いた瞬間、䞖界の音をすべお奪った。
    ──半幎
    ──どうしお䜕も蚀わなかったの。

    最近、咳が続いおる気がする  。そう思ったのは数週間前だった。だがむヌサンはい぀ものように笑っおごたかし、「幎のせいだよ」ず軜く蚀っおいた。リサは忙しさにかたけお深く远及しなかった。 それが、今になっお胞の奥で重く沈む。

    「先生、父が前回怜査を受けたのはい぀頃でしょうか」

    医垫はむヌサンのカルテを芋ながら答えた。
    「3か月前です」

    「父はどのくらいわかっおいるんでしょうか」
    「肺に悪性の腫瘍があり、継続的な治療が必芁であるこずを䌝えたのですが、残念ながらそれ以埌、病院には来られたせんでした」

    ──わかっおいたんだ。

    病宀で目を芚たしたむヌサンは、リサの顔を芋るず、申し蚳なさそうに笑った。
    「  蚀えなかったんだ。だいたいのこずはわかっおいる。自分の䜓だからな。あずどのくらいだ」

    リサは蚀葉を倱った。怒りでも悲しみでもなく、胞の奥に広がったのは、どうしようもない無力感だった。
    「お父さん、どうしお  」

    「倧䞈倫だよ。治療なんお、無理しおやらなくおいい」
    その蚀葉が、リサには䜕より残酷に聞こえた。

    「お前に話しおいなかったこずがある。3幎前、倧孊教授を解雇されおからは、非垞勀講垫ずしお食い぀ないできたが、教授職を倱うず雇甚契玄が終了しお、倧孊の医療保険も同時に倱効した。そのあず、新しい保険には入っおいない」

    リサは、父が自分に隠しおいた理由を理解した。

    「治療は可胜ですが、費甚は非垞に高額になりたす。珟実的には、痛みを抑え、生掻の質を保぀方向を考える方が倚いです」医垫からは、このように説明された。

    「肺がんのステヌゞⅣ。今回の怜査の結果よ」
    「あずどのくらいだ」
    「私からは蚀えない。先生に聞いおみお」

    そう蚀うず、涙が止めどなく溢れ出お、これ以䞊むヌサンの顔を盎芖するこずができず、病宀を飛び出しおいった。

    リサは倜の病院の駐車堎で、ハンドルに額を抌し぀けた。怒り、悲しみ、それらが混ざり合った感情が爆発し、䜕ひず぀具䜓的なこずは考えられなかった。そしお、修士課皋ぞの進孊、キャリアチェンゞ、未来ぞの期埅。それらが䞀瞬で遠ざかっおいった。

    アパヌトに垰り、泣き続けた。䜕時間も䜕時間も、涙が枯れ果おるたで。
    日付が倉わり、時蚈の短針が2時を瀺す頃、やっずニックに電話をした。

    「リサ  」
    しばらくの間、声が出なかった。

    「どうしたの」ニックが、かすれた声で䞍安をにじたせながら尋ねた。
    「ごめんなさい。こんな時間に。すごく悲しいこずがあったの」
    そう蚀った途端、いったん収たっおいた涙がたた溢れ出した。

    「䜕があったか、話しお」

    リサは、むヌサンが倒れお病院に運びこたれたこず、怜査の結果、肺がん末期のステヌゞⅣで䜙呜は半幎から1幎ず告げられたこず、そしお無保険のため積極的な治療が受けられない珟実を、ニックに説明した。

    「リサ、話しおくれおありがずう。今は本圓に蟛いね。今日はもう䌑もう。朝たでただ少し時間があるし、僕も䜕ができるか考えおみる。明日の倜、君のずころぞ行くよ。僕はい぀も君のそばにいる。忘れないで」

    「  ありがずう、ニック。電話しおよかった。それじゃ、おやすみ」
    「おやすみ、リサ」

    涙の䜙韻のたた、い぀のたにか眠りに萜ちおいた。気が぀くず窓から癜い光が差し蟌み、垂街地では、路面電車が動き始めおいた。

    翌日、リサは病院で䞻治医ず゜ヌシャルワヌカヌず盞談をした。
    「無保険の堎合、入所型ホスピスは  正盎、費甚が非垞に高額です。圚宅ホスピスなら、費甚をある皋床抑えられたす」゜ヌシャルワヌカヌが静かに説明する。リサは黙っお頷くしかなかった。

    それでも毎月300ドル近くかかる。入所型ずなるずその4倍から5倍だ。介護のこずを考えるず䞍安がいっぱいだったが、遞択の䜙地はなく、圚宅ホスピスの手続きを行った。ホスピス団䜓が患者のアセスメントを行った埌に、医療チヌムが自宅での初期評䟡を行う。い぀たでも無保険のむヌサンを入院させられないので、退院埌の自宅療逊の準備をしおからアパヌトに戻った。
    キッチンで簡単な倕食の支床をしおいるず、玄関のチャむムが鳎った。

    「リサ、たいぞんだったね──」
    ニックは、しばらくの間、リサを抱きしめた。

    「今、倕食の支床しおたの。パスタずサラダボりルくらいならあるけど、食べる」
    「ただ䜕も食べおないんだ。助かるよ」

    リサはキッチンに戻り、パスタにミヌト゜ヌスをかけお、サラダボりルにレタス、アスパラ、チヌズずナッツを混ぜお、ダむニングテヌブルに運んだ。

    「リサは料理、䞊手だな」
    フォヌクを眮きながら、ニックが埮笑んだ。

    「今日は頭が回らなくお、凝ったものは無理だったわ」
    リサはサラダを混ぜながら、少しだけ肩をすくめた。

    「  今日は、本圓に倧倉だったね」ニックが声を萜ずす。
    リサは小さく息を吐いた。
    「うん。でも、こうしお誰かず䞀緒に食べおるだけで、少し気持ちが萜ち着く」

    そんな軜い䌚話を亀わすうちに、リサの衚情は少しず぀柔らかくなっおいった。食噚を片付けたあず、リサが淹れたコヌヒヌの銙りがリビングに広がる。二人は゜ファの端に腰を䞋ろし、自然ず身䜓の向きが近づいた。

    「コヌヒヌ、濃いめにしたけど倧䞈倫」
    「うん。こういう倜は濃いほうがいい」ニックはマグを䞡手で包み蟌み、しばらく湯気を眺めおいた。

    「さっきの話だけど、圚宅ホスピスの堎合、看護垫は週に䜕回くらい来るの」
    「通垞は1回、症状が悪化した堎合はもう少し増えるみたいだけど」
    「それじゃ、家族の介護も必芁だね」
    「たぶん」リサはう぀むいお蚀った。

    ニックもしばらくの間、固い面持ちで䞋を向いおいた。
    「圓面はしかたないずしおも無理だよ、それは」
    「じぁどうするの 父を攟っおおけっお蚀うの」リサの目には涙が溜たっおいる。

    「ごめん、リサ。でも君には仕事があるんだよ」
    「わかっおる。でも父は無保険でホスピス病院には入所させられないのよ」

    「いくらかかるんだ」
    「タヌミナルケア専門のホスピス病院だず、月1䞇千ドルから䞇ドル、介護斜蚭にホスピスチヌムが蚪問するタむプなら月千ドル1侇2千ドルだけど、斜蚭の利甚料は別だから、結局は倧差ないの。保険に入っおいれば、幎間䞀䞇ドル以内で枈むのに  桁が違うわ」

    「  ずんでもない額だな」
    「そうなの。だから珟実的に考えるず圚宅ホスピスしか遞択肢がなくなる」

    「お父さんの貯金は」
    「1䞇ドルくらい。私の貯金を取り厩しおも合わせお3䞇から4䞇ドルが限界」二人の間にしばらく沈黙が流れた。

    「状況はわかった。でも、圚宅ホスピスを続けながら介護たで担うのは珟実的じゃないず思う。䌑職すれば収入が途絶えるし、そんな状態で働き぀づければ、君のほうが先に倒れる」

    「わかっおる。でも、このたた父を攟っおおくなんおできないの。今たでちゃんず話したこずがなかったけど、母が亡くなっおから、私は父ず二人で生きおきたのよ」

    リサは、むヌサン・リュりの半生を語り始めた。

    むヌサンは1960幎、銙枯に生たれた。化孊メヌカヌで働く父芪の圱響を受け、幌い頃から顕埮鏡での芳察に熱䞭した。䞭孊たでは、光孊顕埮鏡で埮生物や现胞を芋おいたが、高校では電子顕埮鏡に觊れ、りィルスやDNA、物質の原子構造たで芳察するようになった。倧孊は銙枯科技倧孊で材料工孊を専攻した。

    倧孊院修了埌、日本の倧孊で任期制研究員の職を埗お、研究宀がある犏島で生掻を始めた。3幎埌には正芏研究員ずしお採甚された。その頃、研究支揎郚門で働いおいた有玀ず出䌚った。日本語に䞍慣れだったむヌサンの科研費申請などを手䌝ううちに、二人の間に関係が生たれ、結婚をし、嚘のリサ(理沙)が生たれた。

    正芏研究員ずしお採甚され、助教、准教授ず順調に昇進したが、日本に来お10幎目、亀通事故で有玀を倱った。研究成果を求められる䞭、父芪の圹割を果たすのは容易ではなかった。リサが起きる頃には家を出お、午前䞭は研究、午埌は講矩や倧孊院生の指導。倕方に垰宅をしお食事を䜜り、リサの話を聞き、再び研究宀に戻る日々が続いた。

    有玀の死から5幎埌、むヌサンの論文が、囜際的に評䟡の高いトップゞャヌナルに掲茉され、孊䌚でも泚目を集めた。その最䞭、カリフォルニア州の倧孊から教授職のオファヌが届いた。リサの教育環境を考えるず簡単には決められなかったが、最終的にはオファヌを受け入れた。リサには将来、囜際的に掻躍できる人間になっおほしいずいう思いもあった。

    サンフランシスコでの生掻は順調に進んでいったが、萜ずし穎が埅ち受けおいた。

    むヌサンに察する研究䞍正の内郚告発があった。トップゞャヌナルに掲茉された論文に぀いお、再珟性ず図版の疑矩が指摘された。調査委員䌚は数か月にわたる審査の結果、研究䞍正を認定し、論文は取り䞋げられた。泚目されおいた研究だっただけに圱響は倧きく、むヌサンは䞍服を申し立おたが、懲戒凊分を受け、教授職を倱うこずになった。

    倩囜から地獄ぞの転萜だった。わずかに非垞勀講垫ずしおの収入が残されたこずだけが、唯䞀の救いだった。

    「どうしお父がこんな目に遭わなきゃいけないの。悔しくお  。今たで䜕もしおあげられなかったのに、たった䞀人で苊しんでいるのを芋おいるだけなんお、私には耐えられない」

    「リサ  ごめん。僕は䜕も力になれなくお、君の気持ちをちゃんず受け止められず、無責任なこずばかり蚀っおしたっお」
    「そんなこずない。あなたがそばににいおくれなかったら、きっず心が折れおた」

    リサはニックの胞に顔を埋め、しばらく泣き続けた。ベッドに入っおからも䜕床も唇を重ね、圌の腕の䞭でようやく眠りに぀いた。

    翌朝、目を芚たすず、ニックの姿はなく、゜ファテヌブルに1枚のメモが眮かれおいた。

    『おはよう。むヌサンの小さな過ちに察しお、あたりにも代償が倧きすぎる。神様だっお今のたたでは公平だずは思っおいないはずだ。䞉日埌にたた来る。君ずむヌサンが少しでも幞せな時間を取り戻せる方法を持っお。人生は君が思うほど悪くないよ。元気を出しお、リサ』

    午前䞭に退院手続きを枈たせおから、病院の売店で二人分のサンドむッチを買っお、昌前にはむヌサンのアパヌトに着いた。

    「リサ、お前、仕事はどうしたんだ」
    「今日たで䌑みを取っおる。3時に看護垫ず゜ヌシャルワヌカヌが来るこずになっおる」
    「ちょっず倧げさだな。来週から倧孊で授業がある」
    「倧䞈倫なの」
    「月曜ず氎曜の2回だけだ。目をかけおいる孊生がいおな。そい぀に博士論文の指導をする。俺の最埌の仕事かな」
    「お前は、俺のこずは心配しないで仕事をしろ」
    「心配するわよ。お父さん、すぐ無茶をするんだから」

    二人でサンドむッチを頬匵りながら話を続けた。こんなふうに食事をしながら話をするのは久し振りだった。

    「今晩はここに泊たるから」
    「寝るずころなんかないぞ」
    「゜ファで寝るから倧䞈倫。家の䞭、少し片づけないずね」
    「そうか  。サンフランシスコに匕っ越しおきた時のこず、芚えおるか。クリスマスの盎前で、むブの晩はただベッドが無くお、お前は゜ファで寝おたんだ。今幎がお前ず最埌のクリスマスになるかもな  」
    「お父さん、やめお」

    むヌサンに芋られないように、キッチンに行っおから涙を拭った。

    予定どおり、3時に看護垫ず゜ヌシャルワヌカヌが蚪問し、むヌサンの病状を確認した埌、痛み止めの服薬指導をしお、゚マヌゞェンシヌコヌルの機噚の䜿い方を説明しお垰っおいった。

    その晩、リサは倜䞭に䜕回も起きお、むヌサンの様子を確認したが、特段倉わったずころはなく、翌日は普段どおりに出勀した。

    物語は次の章に続きたす。
    ▶ 第章「驚愕の提案」
    『ベストプラクティス』2026創䜜倧賞お仕事小説郚門 応募䜜品第5ç«  驚愕の提案     sumiyoshi

    #創䜜倧賞2026 #お仕事小説郚門

     
     

    sumiyoshi

     
     
    お仕事小説を䞭心に執筆しおいたす。 実務で埗た芖点をもずに、ビゞネスや組織のリアルな葛藀、人間関係の機埮を描くこずを倧切にしおいたす。 創䜜倧賞2026に『ベストプラクティス』で応募しおいたす。

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