認めれば正当化、認めなければ撃たれる。ホルムズの保険をめぐる日本の二択
書いた内容は出典に基づいています。記事のリンクは末尾にまとめています。
何が起きたか
少しだけ前提から。今年2月末に米国とイスラエルがイランを攻撃して戦争が始まり、イランはペルシャ湾の出口であるホルムズ海峡を「閉じる」と宣言して、通る船を攻撃してきました。
世界の原油の2割がここを通ります。この半年、各国は迂回路や護衛で原油を運び続けてきました。
10月2日、イランが「ホルムズ海峡当局」という名前で発表を出しました。これはイランが自分で名乗っている組織で、他の国が認めたものではありません。
発表の中身は三つ。通航の要件に従わない船を「非準拠リスト」に載せる。9月30日に攻撃を受けた UAE の船3隻は、このリストに載っていた。
そして保険会社と船級協会(船の構造や安全を検査して証明する機関)に向けて、「非準拠船に関わるな」と警告しました。
同じ日、日本政府はロシアの「影の船団」35隻を制裁対象にし、修理・保険・資金の提供を禁じました。
影の船団とは、欧米の保険に入れなくなったロシアが、素性の分かりにくい古い船を集めて原油を運ばせている船のことです。8月にプーチン大統領が北方領土を訪れて以来、初めての対ロ制裁でした。
言葉ひとつ:P&I 保険
船が事故を起こしたときの賠償(油の流出、港の損傷、人の怪我)を引き受ける保険です。船主が集まって作る相互保険の組合(P&I クラブ)が引き受け、世界の外航船のほとんどが入っています。日本にも船主の組合(ジャパン P&I クラブ)があります。
この保険が無いと港に入れず、荷主も契約しません。船級協会の証明と並んで、船を動かすための「書類の側」です。
どう読めるか
船を止めたければ、船を撃つより、保険の紙1枚を止める方が早い。
だから船主を一隻ずつ脅すより、保険会社を縛ることで一度に全部の船を縛れます。
この手法は、日本を含む欧米の国々(G7 など)がロシアに使ってきたものです。
2022年12月から、ロシア産原油に1バレル60ドルの上限価格を付け、それより高く売る船には自国の保険会社が保険を付けないようにしたところ、ロシアは影の船団を作りました。今回日本はその船を制裁しました。
イランは、これを逆向きに使い始めた。海軍で海峡を封鎖する代わりに、「私たちのリストに載った船(非準拠船)に保険を付けるな」と言う。
その「非準拠」とは何か。
イランの言葉では、「許可された通航の要件」に合わない船、「許可されていない経路」を通る船です。
今、ホルムズを通る原油の7割超は、米海軍の護衛を受けてオマーン沿岸を往復し、沖で別の船に積み替えています。
イランに届け出ずに通るこの形は、イランの言う非準拠に当たる可能性が高い。日本向けの原油も、この形で届いています。
ただしイランは要件の全文を公表しておらず、ここは発表の言葉からの推定です。
日本は、認めるのか、認めないのか
ここで日本の立場を並べます。同じ10月2日に、日本は二つの側に立ちました。
ロシアの船に対しては、「保険も修理も資金も出さない」と決めた側。
ホルムズでは、日本向けの船は「保険を付けるな」と言われる側。
使われている道具は同じです。船ではなく、保険という書類を止める。日本はこの道具を、相手に向けて振った日に、自分にも向けられました。
だから、問いは一つに絞られます。日本の損保会社と船主の保険組合は、「保険を付けるかどうかで船を縛る」というロシアに使ったやり方を、イランのリストにも認めるのか。
認めれば、「保険を止めるのは正当な手段だ」という立場と一貫します。しかしそれは、海峡を閉じて船を攻撃してきた側が決めた通行ルールを、日本の保険会社が事実上受け入れることになる。海峡を混乱させた本人を「当局」として扱い、その許可制に正当性を与えることです。もう一つ問題があります。今ホルムズを通る船を護衛しているのは米海軍で、米はイランに海峡を支配させないために船を通しています。日本の保険会社がイランのリストに従えば、米が護衛している船に保険を付けない側に回ることになり、同盟国としての立場と正面からぶつかります。
認めなければ、イランの許可制は無視できます。しかし日本向けの船は、イランの言う非準拠船のまま、撃たれる側に残ります。保険料は上がり、引き受けを断る保険会社が出るかもしれない。
どちらを選ぶにしても、保険会社一社の判断とはならないでしょう。ホルムズを通る船にどの条件を付けるかは、日本の原油がどう届くかを決めることなので、国としての判断が必要な場面だと思われます。
そして今のところ、政府も保険会社も、この問いに答えていません。問いが表に出るのは、日本の船か、日本の保険が付いた船が、初めてイランのリストに載った日です。
値上がり分は、誰が負担するのか
保険料が上がれば船会社が払い、荷主に転嫁され、最後は原油の輸入価格に乗ります。原油で終わりではありません。
日本の LNG の長期契約は原油の輸入価格に連動する式で値段が決まるので、数か月遅れて LNG にも乗り、さらに遅れて電気代に届きます(仕組みは後編で書きました)。
効く業種は損保、海運、商社、電力。上の問いにどう答えるかで、損保の引き受け方針と海運の航路が変わります。
見る日付
決まった日付はありません。見る場所は二つ。イラン側の発表に日本関連の船名が出るか。日本の損保や船会社が、ホルムズ通航の条件を変えたという報道が出るか。
出典
Mehr News(イラン準国営): 3 UAE-owned tankers hit after breaching Hormuz rules(10/2) https://en.mehrnews.com/news/248240/
NHK: ロシアへの追加制裁、「影の船団」も制裁対象に(10/2) https://news.web.nhk/newsweb/na/nd-20261002de53966
Nikkei Asia: Japan hits Russia 'shadow fleet' in 1st sanctions since Putin trip to disputed isle(10/2) https://asia.nikkei.com/politics/international-relations/japan-hits-russia-shadow-fleet-in-1st-sanctions-since-putin-trip-to-disputed-isle
Guardian: Crude oil exports from strait of Hormuz largely return to pre-war levels(10/1、7割超の沖積み替えと米海軍の護衛) https://www.theguardian.com/business/2026/oct/01/crude-oil-exports-strait-of-hormuz-transport-gulf-region-diesel
