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芋出し画像

五衛門はもういない ~゚ッセむハリペ2~

    五右衛門颚呂ず台所

    ハリペの育った民家は南北に長方圢の造りだ。

    䞀番南が応接間。その北隣の郚屋は八畳ほどの仏間。父の母芪である祖母が寝起きする郚屋だった。

    その北隣の六畳間にテレビず食卓台があった。
    その䞊、母の婚瀌タンスにこた぀にブラりン管テレビ。たぶん氎屋食噚棚もあった。狭い。物ず人がひしめいおいる日本家屋。

    䞀番北偎に颚呂ず台所があった。ガスは瞬間湯沞かし噚、颚呂は五衛門颚呂だった。圓時でも五右衛門颚呂は珍しい存圚だ。

    颚呂を沞かす日はたぶん䌑日で、父や母が倖から火をくべおいた。山ぞ柎刈りに行くはずもない。䜕を燃やしお湯をわかしおいたんだろう。

    転んで怪我をした玄関ず同じく、五右衛門颚呂の掗い堎には石が敷き詰められおいた。冬は容赊なく冷たくお滑りやすい。

    五右衛門颚呂のふちは地獄のように熱い。ふちに皮膚を぀けないようにしお朚のふたを足で沈めながら入济する。これほど難しい動䜜をなぜ玠っ裞で行わねばならないのか。

    湯加枛も子どもに優しいはずもない、釜茹で状態。なんせ五衛門がゆでられたのだから。どこにも行き堎がない。ハリペは五衛門を奜きになったこずがない。

    台所は座敷や颚呂堎より䞀段䜎く、コンクリヌトの䞊に朚のスノコが匕いおあるだけだった。底冷えがする空間。
    ハリペは調理を手䌝う子どもではなかったからか、母がどんな様子で料理を䜜っおいたのかは芚えおいない。

    同居する祖母、母にずっおの矩母は自分の倕食を自分で䜜っお自分の郚屋で食べおいた。䜕を食べおいたのかは知らない。

    矩母はハリペの母の䜜るものなど口にしなかった。

    父の姉、ハリペの叔母にあたる女もハリペの母にたいそう蟛くあたった。
    そんなシリアスな事実は知っおいた。

    考えおも詮無いこず

    諊芳のようなそんな蚀葉がハリペの心を支配する。

    ハリペは寒々しい颚呂ず台所を思い出す。母はどんな思いで子育おをし、家事をしおいたんだろう。

    䜕があっおも出るこずが叶わない、釜茹で地獄だったのではないだろうか。叀い家はノスタルゞヌだけで成り立っおはいない。

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    銭湯通いは週2回

    入济が週1回の煮え湯五右衛門颚呂ずいうわけにもいかず、ハリペ䞀家はしばしば近所の銭湯に通った。子どもの足で10分以䞊かかったはずだ。

    せっかく銭湯でさっぱりしおも、倏は汗が再浮䞊するし、冬は凍える。䜕よりめんどくさい。

    近所の銭湯でハリペが最も嫌やなず思ったのが、孊校の男子ず鉢合わせするこずだった。父ず䞀緒に男颚呂に入っおいたためだ。

    母が銭湯に行かない日もあるし、男子に遭遇するたで、男颚呂に幌皚園児以䞊の幎霢の女児が入るこずにハリペの家族はみな無頓着だった。

    ある時ハリペは匟ず䞀緒に湯船に぀かっおいた。するず现長く茶色い物䜓が浮䞊しおきた。

    これはもう「男性のアレだ!!!」!!!!

    なんの根拠もなくハリペは確信した。お颚呂に入ったら本人から離脱しお浮くもんなん!? 任䟠沙汰ハリペちょっずパニック。

    もちろん抗争勃発ではなかった。ちゃんず芋るず、匟のう◎ちだった。父が倧慌おだったような気がする。これも男颚呂でのできごずだったのか、懲りもせず。

    济堎から䞊がっおもフルヌツ牛乳は毎回買っおもらえるわけではなかったし、茶色いマッサヌゞチェアは子どもの背䞭には倧きすぎるし痛すぎた。裞の倧人はみんな同じに芋えた。

    ハリペはどんな颚呂にもいい思い出がない。

    この銭湯には隣接しおいた小さな垂堎があった。そこのお菓子屋さん八癟屋さん時蚈屋さん金物屋さんはどこにいったのだろう。この䞀垯は震灜で姿を倉えた。

    今はそこに立掟なマンションが建っおいる。なんでも知っおるはずのむンタヌネットで写真すら芋぀けられない。蚘憶の䞊曞きはもうできないのだ。

    子どもの頃の思い出はいろんな味がミックスされおいる。矎化されるこずもなく軒䞋で忘れられたおもちゃのようにくすんでいる。

    コッペパンずの攻防

    ハリペは食が现く食べるのも遅かった。絊食のコッペパンは倧きすぎ、おかずは奜きになれなかった。毎昌いちばん最埌たでいやいやもぐもぐしおいる児童だった。

    仕方がないのでパンを持っお垰る。匟が残骞のようなそれをトヌスタヌで焌いお喜んで食べる。

    あたしゃいい姉ちゃんだ。

    などず悊に入っおいたが、それが䜕床も続くず案の定母に怒られた。しっかり食べろず怒られた。

    珟圚の飜食ハリペがあの時代のコッペパンを思い出すず、そりゃ残すわな ず䜎孊幎ハリペに同情する。ぱさぱさのパンにいちごゞャムかマヌガリンしか遞択肢がない。流し蟌むのはぬるくなった瓶牛乳。どれもこれも矎味しさからは遠い。

    今日もハリペは毎回かじりさし食べ残しのパンをそのたたランドセルに入れお持っお垰る。母に怒られるこずが確定しおしたう。

    どうするか。

    垰宅する道すがら思い぀くハリペ。コンクリヌトの偎溝の䞊に鉄板が乗っおいる。いわゆるドブだ。鉄板の䞋の流れは人には芋えない。ハリペ、パンの残骞を投げ蟌む。アンダヌスロヌ。䜕床投げ蟌んだかしれない 

    子ども時代を思い出せば謝眪が垞に付きたずう。ほかの人もそうなんだろうか。

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    柿の実を盗む

    通孊路の終わり自宅の姿が芋えおくるころ。たわわに柿がなっおいるお宅があった。小孊生の背でも届くずころたで枝がしなっおいたのだろう。数個もぎっお垰ったこずがある。

    「これは干したら食べられる柿やな」ずハリペの母は蚀った。

    えお正月の鏡逅の柿みたいに甘くなるの

    䜎孊幎のアホハリペは匵り切っお、翌日から採れるだけありったけの柿の実をもいだ。数日に分けお運び母に蚗した。

    正月には甘い干し柿が食べられるのだず信じおいたのだ。

    しかし正月に手䜜り干し柿が出おくるこずはなかった。どう考えおも、手間がかかりすぎる。昭和の矩母ず同居する専業䞻婊は倚忙を極めおいただろう。

    柿泥棒に぀いおは、特に怒られなかった気がする。完党に、嚘ハリペは窃盗犯なのだが。

    母は、あの枋柿たちをどうしたのだろう。圌女もたた、偎溝に捚おたのだろうか。偎溝ならぬゎミ箱に投げ入れたのなら、母ずハリペは䌌たもの芪子だ。

    パンを䜜り運び入れる人たち、柿の朚のお宅の人。倚くの人の気持ちを少しず぀傷぀けながら毎日をすごしおいたんだ、ず今になっお思う。

    真っ圓に生き過ぎるずポキンず折れおしたうだろう。きっず今も䜕かを傷぀け続けながら生きながらえおいるよ、ハリペは。

    #創䜜倧賞2025 #゚ッセむ郚門
    #゚ッセむハリペ #゚ッセむ

    マガゞン化しおいた『゚ッセむハリペ』を章にたずめたものです。倚少の加筆修正がありたす。

    ↑今回の゚ッセむの第章です。よろしければごらんください^^

     
     
    本のこず、本屋さんのこずを語りたす あなたも本屋さんに行きたくなる蚘事増産䞭🐘 本業も本に埋もれおいたす📚 ゚ッセむ修行䞭^^ 写真を撮るのが奜き くるりのこずが䞀番奜きです ブクログhttps://booklog.jp/users/suisuibooks1212

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