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【午後四時四十五分のブループリント】第12章(最終章)『新しい設計図と、終わらない建築』

    第12章(最終章)『新しい設計図と、終わらない建築』

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    文化祭が終わると、季節は急ぎ足で冬へと向かっていった。
    あんなに苦労して組み立てた段ボールの迷路は、後夜祭の翌日にはあっけなく解体され、ただの平たい資源ゴミの束に戻ってしまった。祭りの熱狂はすっかり冷め、二年三組の教室には再び、退屈で平坦な日常が戻ってきている。
    けれど、僕の中の「何か」は、あの夕暮れの教室から確実に変わっていた。

    「瀬戸、次の移動教室、理科室だぞ。早くしないと遅れるぞ」
    前の席の木村が、教科書を小脇に抱えながら僕に声をかけてくる。
    「わかってる。今行く」
    僕が短く返すと、木村は「おう」と言って他の男子たちと一緒に教室を出て行った。
    文化祭の準備期間を経て、クラスの連中が僕に話しかけてくる回数は少しだけ増えた。「便利な裏方」としてではなく、「あの頑丈な迷路を組み上げた奴」として、ほんの少しだけ輪郭がはっきりしたのだと思う。
    相変わらず僕は教室の中で目立つ存在ではないし、波に逆らって泳ぐような器用さもない。でも、もう「透明なクラゲ」だとは思わなかった。この海の中で、自分の手で居場所を造り上げる方法を、僕はもう知っているからだ。

    *

    金曜日の放課後。
    僕はいつものように分厚い茶封筒を鞄に入れると、昇降口には向かわず、一階の渡り廊下を奥へと進んだ。
    向かった先は、校舎の東側の端にある「相談室」。不登校や教室に入れない生徒のための、小さな別室だ。
    コンコン、と控えめにドアをノックする。
    「……どうぞ」
    少し低くて、かすれた声が聞こえ、僕はゆっくりとドアを開けた。

    「よ。今週のプリント、持ってきた」
    「わざわざ悪いね」
    長机の向こう側に座っていた結城湊が、少しだけ照れくさそうに笑って顔を上げた。
    あの文化祭の日の午後四時四十五分を境に、結城は週に二回ほど、放課後の誰もいなくなった時間帯にだけ、この相談室に登校してくるようになった。僕の金曜日のルーティンは「彼の家のポストにプリントを投函すること」から、「相談室で彼に直接プリントを手渡すこと」へと変わっていた。
    僕が差し出した茶封筒を受け取ると、結城はその宛名の横の余白をちらりと見て、小さく笑った。そこにはもう、ブロックの落書きは一つもない。僕たちにはもう、暗号なんて必要なかったからだ。

    「何描いてたの?」
    結城の手元にあった方眼紙を覗き込むと、そこにはシャープペンシルで緻密な線が引かれていた。ゲームの画面で見るような四角いブロックの羅列ではない。
    「……図書室の、新しい本棚の配置案」
    結城は少し恥ずかしそうに視線をそらした。
    「相談室の先生にさ、ここの本棚が使いにくいって言ったら、『じゃあ結城くんが使いやすいように考えてみてよ』って言われて。……まあ、暇つぶしだけどね」

    そこには、採光の角度や、人がすれ違うための動線まで計算された、見事な設計図(ブループリント)が描かれていた。
    思わず息を呑む。ゲームという仮想空間の枠組みを超えて、彼はいま、現実(リアル)の世界で新しい線を引こうとしているのだ。

    「すごいな。……これ、本当に作れそうじゃん」
    「設計図だけあっても意味ないよ。誰かが現場で組み立ててくれないと」
    結城は方眼紙から僕へと視線を移し、ニッとイタズラっぽく笑った。
    「現場監督のスケジュール、来週あたり空いてる?」
    「無茶言うなよ。期末テスト前だぞ」
    僕が呆れたように言うと、結城は声を上げて笑った。その笑い声は、半年間部屋に引きこもっていた人間のものとは思えないほど、軽やかで透き通っていた。

    午後四時四十五分。
    僕たちは一緒に相談室を出て、夕暮れの校庭を歩いていた。
    冬が近づき、日が落ちるのがすっかり早くなった空は、あの日のような茜色ではなく、深い群青色に染まり始めている。冷たい風が頬を撫でたが、不思議と寒さは感じなかった。

    「今日の夜、インする?」
    校門の前で別れる直前、結城が振り返って聞いた。
    「するよ。図書館の屋根、今日で完成させようぜ」
    「了解。素材は集めておく」
    じゃあな、と手を振って、僕たちはそれぞれの家路につく。
    背中越しに、結城の歩く砂利の音が少しずつ遠ざかっていくのを聞きながら、僕はポケットの中でぎゅっと拳を握りしめた。

    僕たちはまだ、中学生だ。
    大人たちのように自由じゃないし、現実の学校という窮屈な水槽の中で、息苦しさを感じることはこれからもきっとあるだろう。
    でも、もう怖くはない。
    僕たちの手の中には、自分たちで思い描いた「設計図」がある。どんなに不恰好でも、はみ出していても、少しずつブロックを積み上げていけば、いつか必ず見たこともない景色にたどり着ける。
    午後四時四十五分。
    冷たい群青色の空を見上げながら、僕はゆっくりと、新しい明日への一歩を踏み出した。
    【完】

     
     
    はじめまして、すあまと申します。これまでずっと「言葉」に関わる仕事をしてきましたが、ここでは私自身の胸の奥にある物語を自由に紡いでいきます。騒がしい日々の隙間に、ふっと息を抜けるような温かい小説をお届けできたら嬉しいです。

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