
11年ぶりにフランスの旧友と再会したら
友人と再会する街は、フランス南西部のバスク地方に位置する、ビアリッツ(Biarritz)だった。海沿いの歴史ある高級リゾート地で、ナポレオン3世ゆかりの街だそう。
友人Tは、私が高校生で短期留学中に出会った、私より2つ年上のフランス人だ。大学生になってからも、ヨーロッパを周遊したときにフランスを訪れ、彼と再会したことがある。それからまた会いに行くね、と話しておきながらだらだらと月日は流れ、やっとの思いで行こうとしていたらコロナ禍。会いに行く機会を逃しに逃していた。彼のほうはこちらに会いに来ないもんだから、私が行かないと会うことはない。ただ時折連絡は取り合っていて、誕生日のお祝いメッセージは送りあったりしていた。
私はTのことが好きだった。好きというのは、友情なのか恋愛なのか微妙なところである。友達以上恋人未満、という言葉もなんだか言い得ていない。語弊を恐れずにいうと、友達以上でもあり恋人以上なのだ。
そんなTとかつてナポレオン3世が皇后のために別荘を建てたという、ビアリッツで再会するもんだから、なんだかロマンチックである。オーシャンビューを臨みながら11年の空白を埋めるようお互いの軌跡を語らうのはそこはかとない織姫彦星的な儚さがある。
ちなみにだが、Tには同棲するパートナーがいる。交際はもう7年ほどで、私がTに会っていない空白の期間に恋人ができ、同棲を始めたのを知っていた。ビアリッツにはその恋人も一緒にやってくる。もちろんそのことを私は了承していたし、そんな了承など関係なくTはパートナーを連れてくるのを前提に話を進めていた。こういう社交的な関係というのは欧米流なのかなとも思うし、咎める理由はなかった。ただ、せっかくの再会の場に新参者がいるというのはちょっとだけ寂しい気がした。
事前に予約していたAirbnbの部屋には私が先に着いた。街の丘の上にある、フランスらしいビビッドな家具で彩られた、だけど華美すぎないちょうどいいアパルトマン。本当にTに会えるんだ。飛行機を乗り継いで、TGVに揺られて遠路はるばる会いに来てしまった。一抹の不安。Tは本当に現れるのか? いや来るだろう。でも最初どんな話をしたらよいのか?? 天井を見上げていると、近くに車が停まる音がして、二人分の話し声が聞こえた。窓から手を出すと、Tと彼のパートナーRは手を振り返した。
Rは、とてもシャイで穏やかなメンズだった。イタリア系フランス人で、顔はとかく濃ゆい。国は違うけれど、テニスのジョコビッチ選手に少しだけ似ている気がする。英語が苦手で喋ろうとせず、最初私とあまり会話をしたがる素ぶりを見せなかった。突然現れた謎の日本人に警戒しているのかと思ったが、ただただシャイで寡黙な青年というだけだった。
それから私とTとRは、11年という空白を埋めるように一瞬の沈黙も許さず一晩中語らい続けた。・・と言いたいところだが、過去よりも現在のことを話しあった。お互いの仕事のこと。恋人のこと。日本のこと。フランスのこと。旅行の計画のこと。現在進行形の会話はもちろん楽しいが、私はTともっと古代から歴史を遡るような運命的で刹那的でセレンディピティーがうまれる会話がしたかった。
まだまだたっぷり時間はあるからとタカをくくっていたが、翌日も、その翌々日も、期待していたロマンチックは訪れなかった。ドライブをした日も、Tは運転に集中していた。ちなみに初めて知ったが、Tの運転は荒かった。
私はTとの関係に進展を期待していたわけじゃない。ただTとなにか特別な瞬間を分かち合いたかった。国籍や時間を越えて、再び出会えた喜びにうんと浸りたかった。
そうならないのは、そこにRが居たのもあるだろう。そういえば、と11年前にTと会った日も似たような展開だったのを思い出す。数年ぶりの再会で同じく心躍らせていた私だったが、Tは英語を話すのが不安だからと、英語が得意な友人を連れてきた。気さくでオープンで良いやつだった。ただ、後からわかったことだが、その英語も喋れる友人はその前の週にマッチングアプリで出会ったばかりの関係の浅い男だった。
話を元に戻そう。TとRはちょうど交際期間の長いカップルらしい、ちょうどいい温度感を発していた。かつての関係の浅い友人とは違う。必要以上に喋らない。お互い無理に気を遣わず、特にマイペースのRは黙るときに黙りこくって、眠りたいときに眠った。ジャパニーズの私がそこにいるから観光案内頑張らなくちゃ! というのも特にないようで、私的にも気を遣われるのも苦手なのでそれでいいと思った。いや、単に私たちが歳を取っただけなのかもしれない。会わない分ちゃんと11年分の歳を取り、恋に恋する時期を無事に終了していた。そんなTとRがフランス語を喋りながらスイスイスイと話を進め、行き先を決め、夕焼けに染まりゆくビアリッツの海岸線を歩いていく。私はただ、添乗員について行く右も左もわからない観光客と化していた。
もしもここまで私の独白に付き合ってくれた読者がいたとしたら、お気づきかもしれない。Tという人物は、私が時間と距離を飛び越えて11年越しに遠路はるばるフランスにやって来たことなど、気にも留めていないのだ。もしくは、Tにとって私はつい先週マッチングアプリで会った関係の浅い友人と、同じ棚に分類される人種なのかもしれない。高校時代に留学先で仲良くなって、SkypeやFacebookやMessengerをしてお互いの誕生日を祝いあって、11年前に再会して実家に泊めてくれたりしたけど、それ以上も以下もない友人、いや知り合いのひとりなのかもしれない。
そんなモヤモヤを引きずっていたあるとき、ちょっとしたハプニングが起こった。
またしてもフランス語でひょいひょいひょいと話してぐいぐい先に進む(Tは身長190cmくらいあって信じられないくらい脚が長い)Tに、私は必死で食らいつきながら歩いていた。歩きながら、私は無意識にTにボディタッチをしていた。ボディタッチというのは、ちょっと肩に手をのせたり、腰に軽く触れたりするソフトタッチである。フランス語の時間が長くなると、スキンシップとして彼のことを触ったりしていた。「お〜い」的な気持ちで。そしたら、Tに、手を勢いよく跳ね除けられたのだ。
一瞬何をされたのかわからず、「あ、ちょっと痒かったのかな」くらいにしか思わなかった。Tもそのとき何も説明せず、ただいつも通りを装っていた。でも、眠る前にぼんやりと、あの手を払われたのは何だったのだろう。と喉に刺さった魚の骨みたいな状態になっていた。またしてもぼんやり天井を見ながら眠った。
その翌日。私はもう一度、無意識にも彼のおケツ。そうButtをふわりと触ってしまっていた。Buttというか、腰に手が触れる感じである。厳密にButtではない。
──ここまで厳密に言い訳をしていると、もうセクハラ親父のそれと変わらない。彼らも彼らなりの筋の通った言い訳があるようだ(それが世間から理解されるものかは別話)。私は手を跳ね除けられ、Tは振り返り、強い眼差しでこう警告した。「触るな。フランスでは腰や尻を触ることは同性でも決して許されないセクシャルハラスメントなんだ。文化の違いかもしれないが、頼むからやめてくれ」。
「あ、ごめんね」。軽く返しながら、私は顔が青ざめていた。Tに他意はなく、それから一緒にデパートに入って、何事もなかったように彼は買い物をした。私はTから離れ、ぐるぐるとデパートの紳士服売り場を当てもなくさまよった。頭の中がぐるぐるした。スマホを取り出し、「フランス お尻 ハラスメント 友人」なんてGoogle検索までした。
「ねえ、このポロシャツどう思う?」切り替え上手で何事もなかったように接してくるT。私の顔は真っ青だった。ちょっとダメかも。自分の気持ちがTの切り替えスピードに追いつかない。人間、リモコンのスイッチみたいにポチッと気持ちを切り替えることはできないのだ。
私は立ち止まり、Tを見上げた。「・・ちょっと、さっきのことなんだけど?」。Tは買い物する手を止め、こちらを見た。私は続けた。「触ったことは悪かった。ごめんなさい。悪気はなかった。でも、ちょっと話を聞いてほしい」「うん?」。
私は、あなたと話したかった。でもあなたはずっとパートナーとフランス語で話し続けていて、どこに今向かっているかもわからない状態がずっと続いていた。私はふだん日本でボディタッチはしない。日本だってお尻を触ったらそりゃセクハラ問題になる。日本だってそこまで遅れてない。これは文化の違いという話じゃない。ただ、ここに居るんだぜということを知ってほしかった。ボディタッチはそのための手段の一つだったのかもしれない。気を悪くさせたのはごめんなさい。でも、ただあなたのButtを性的な意味で触りたくて触ったとかそういうんじゃない。私の置かれた状況もわかってほしい。悪気はなかった、ごめんなさい。
デパートの紳士服売り場で、私の顔はこんどは真っ赤になっていた。半泣きだった。英語が100%流暢に喋れるわけではないし、感情も入ってちょっと辿々しかったかもしれない。でも伝えるべきことは伝えた。あとはもうままよ、と思った。11年ぶりの再会。待っていたのは感動の再会、ロマンチックなんて素敵なもんじゃなかった。腰を触って警告されて赤っ恥をかいて、デパートで顔を真っ赤にしてセクハラの言い訳をするためにこの地まで飛んできたのか。私は。
Tは目を見開き、最後まで話を聞いてくれた。そしてこう口を開いた。「よくわかった。Rがあまり英語を喋れなくて、そういう状況になってしまっていた。それにボディタッチも、この状況があなたにそうさせていたんだね」。
どうやら受け止めてくれたようだった。思いを伝えると私も気が落ち着き、相変わらず切り替えの早いTの買い物についていくことができた。それから我々はRと合流し、彼らの住むアパルトマンへと向かった。
正直、フランスに来るべきではなかったのかもしれない、とさえ思った。でもこの記事を書きながら、改めて思ったりする。私はきっとTとこんな現在進行形な関係を築きたかったのだ。11年の空白のなかで私はTと一度も喧嘩をするチャンスがなかった。あったのは情報の交換だけだった。でも実際Tはずっと理路整然としていて自分の主張があって、それでいて車の運転が荒かった。現在進行形なる交流を重ねるなかで、お互いの生活の部分まで見えてきた。それって実は一番手触りがあって脆くて、だけど時間と距離を飛び越えてやってきたロマンチックそのものだったりするのではなかろうか。
帰国前にホームパーティを開いた。高校時代、Tと出会った写真を見て盛り上がった。「あのとき君はこう言ったよね」「ここでこんな話をしたよね」。約20年前の記憶を、Tはしっかり覚えていた。中には私が覚えていないエピソードもあった。Tは驚くほど記憶に長けていた。
最後にしっかりハグをして、お別れをした。パートナーのRともずいぶん打ち解けて、むしろ彼のシャイな部分がいじらしくかわいらしく大好きになった。帰国してからも、Tは連絡をくれた。「大丈夫?」「ずっと気にしてた日が続いてたから、そうなくなるって思うと寂しいよ」。思い描いていたロマンチックは最後にちゃんと用意されていた。私は泣かなかった。
私は、生身で現在進行形のTと一度ぶつかり合って主張し合えたのがいちばん嬉しかったのだ。恥ずかしくて悔しい思いもしたけれど、きっとそれがリアルでもっとも尊ぶべき関係なのかもしれないと感じた。
これが11年ぶりにTと再会したフランス滞在記。恋も友情もロマンチックもない、なんならセクハラで糾弾までされた、時間と距離を飛び越えた南フランス片思いの旅。