
到来したAI時代、メディアはどう向き合う? 朝日新聞社長が語った「全振り」への覚悟と戦略【StoryHub Ensemble 2025】
2025年10月30日、AIが急速に社会へ浸透する中、StoryHub株式会社はメディアやコンテンツ制作の未来を探るイベント「StoryHub Ensemble 2025」を開催しました。
本イベントの基調講演「生成AI時代の到来」では、株式会社朝日新聞社の代表取締役社長CEO 角田克氏が登壇。株式会社Daysの代表取締役社長CEO 河瀬大作氏が聞き手を務め、激動の時代におけるメディアの役割と覚悟を語り合いました。
AIというテクノロジーの進化がもたらす脅威と可能性に、ジャーナリズムの最前線はどのように向き合っていくのか――その熱のこもった議論の模様をお届けします。
インターネット黎明期の教訓――AIがもたらす巨大な変化にどう向き合う?
河瀬氏:
今日はAIをテーマにお話しできるということで、非常に楽しみにしていました。私自身、メール作成などで日常的にAIを使っています。一方で、映像生成AI「Sora 2」などを見ると、私たちの仕事が脅かされるのではないかという危機感も覚えます。角田さんは、このAIの時代をどのようにご覧になっていますか?
角田氏:
いや、本当に手間暇かけてコンテンツを作るパブリッシャーからすると、これは「かなりの危機」ですよね。だからこそ朝日新聞はパブリッシャーとしての権利を主張していく姿勢を明確にしました。このまま放置すれば、まっとうな裏付けに基づいた情報が、情報流通の主役ではなくなってしまう。それは本当に恐ろしい社会だと思っています。
SNSのようなメディアも必要だとは思いますが、それが中心になった時、どんな社会が訪れるのか。私たちは「まっとうな情報の流通に責任を持つ」という組織でなければならないのです。
河瀬氏:
非常に大きなリスクをはらんでいるけれども、そこにあえて向き合っていくことで、リスクを乗り越え、プラスに転じていこうということですね。

角田氏:
そうです。思い起こせば、朝日新聞は1995年に「asahi.com」を立ち上げ、メディアとしてはかなり早い段階でインターネットに取り組みました。しかし当時、経営も現場の記者も「まだ紙の新聞でいける」と思っていた。私も第一線の記者として、一面トップの記事を書いては「明日の朝、ライバル社はどう追いかけてくるかな」なんて考えて悦に入っていました。
そんなことをしている間に、私たちが手間暇かけて取材した価値を世の中にどう届けるか、技術的にどう流通させるかという視点が抜け落ちてしまった。その結果、Yahoo!のようなプラットフォーマーに情報流通の覇権も広告費も奪われてしまったわけです。
そして今、新聞業界全体で紙の部数は毎年平均7.5%も落ちています。この怖さですよ。インターネットが来た時に経験した、「まだいけるぞ」という根拠の弱い期待感の中でじわじわと沈んでいく、という過ちを繰り返してはならない。AIは、おそらくインターネットよりも大きな波です。

朝日新聞の「AIに全振り」宣言の背景
河瀬氏:
2022年11月にChatGPTが登場し、生成AIが注目され始めてから、本当にあっという間に社会に浸透しました。そのスピード感はすさまじいものがあります。
角田氏:
おっしゃる通りで、私自身も最初の1年くらいはピンと来ていませんでした。しかし、その後の変化はまさに日進月歩。企業のマーケティング部門などがAI活用に一気に舵を切っている。外の様子を見聞きするうちに、これはかなりまずいな、と。
そこで「AI委員会」を立ち上げ、「AIに全振りするぞ」とあえて宣言したんです。新聞社のような変化を起こしにくい組織を動かすには、少し大げさな表現が必要だと考えました。

河瀬氏:
日本を代表する新聞社のトップが「全振りする」と宣言するのは、相当なインパクトがあったのではないでしょうか。
角田氏:
私の意思決定を後押ししてくれたのは、DeNAの南場智子さんです。彼女がYouTubeで「DeNAはAIに全振りする」と発言されているのを見て、直接お会いした際に真意を尋ねたんです。そうしたら、「全振りは全振りですよ。既存の仕事は今の社員の半分でやってもらい、残りの半分はAIをどう活用するかに寄せていく。それが私の言う全振りです」と。
もう一つ、ある外資系コンサルティング会社の勉強会で言われた言葉も衝撃的でした。「AIを使える社員を育てておくのは経営者の義務である。AIを使えないままにしておくことは、社員に対する背信行為だ」と。これを聞いて、社員のためにも、会社のためにも、業界のためにも、そして「まっとうな情報」という社会基盤のためにも、今、全振りしなければならないと強く思いました。

AIが変える報道現場――「スーパージャーナリスト」の誕生
河瀬氏:
「AIに全振り」という宣言に対して、記者職の方々から心理的な抵抗はなかったのでしょうか。特ダネを人間関係の中で泥臭く取ってくる、というような非常に人間的な仕事の最たるものだと思いますが。
角田氏:
心理的な抵抗はまだあると思います。しかし、社内でAI活用を推進する「エバンジェリスト」を50人募集したところ、あっという間に88人もの手が挙がった。特に30歳以下の若手やエンジニア部門の社員は、会社の取り組みが遅いのではないかと潜在的に感じていたんです。宣言から1ヶ月も経たないうちに、彼らは一気に動き出しました。

河瀬氏:
具体的には、どのように業務が変わってきているのでしょうか。
角田氏:
一つは業務の効率化です。例えば、くらし科学医療部の記者が大量の論文を読む作業。これをAIに要約させることで、記者はポイントを素早く掴み、すぐに取材に取りかかれるようになりました。
また、地方総局では、警察からFAXで送られてくる事件連絡をAIに読み込ませ、「殺人」や「汚職」といった特定のワードにのみ反応して当番記者に通知するシステムを導入しています。これにより、記者は未明に不要な連絡で起こされることがなくなりました。
河瀬氏:
なるほど。AIに任せられる部分は任せて、人間はより本質的な仕事に集中できるわけですね。
角田氏:
そうです。そしてもう一つは、新しい価値をどう作るか。私は、10年後か15年後には、一般的な新聞記者は、いなくなるのではないかとさえ思っています。
河瀬氏:
それはどういうことでしょうか?

角田氏:
これからの朝日新聞は、例えば100の重要な分野に、それぞれ詳しい1人か2人の「スーパージャーナリスト」がいる組織になる、というイメージです。彼らはその分野の過去、現在、そして未来の見通しまで熟知している。
何か事件が起きれば、第一報はSNSなどですぐに把握できます。スーパージャーナリストは、その情報をもとに、なぜ起きたのか、再発防止のために何が必要か、世界の知見はどうなっているか、といった分析を1時間程度で100〜200行を書き上げ、発信する。
そしてAIにはできないこと、それは「一次情報を取ってくること」です。政府関係者など、その人でなければ知らない情報源と信頼関係を築き、「私だけが知っている情報」を引き出す。これこそがジャーナリストの価値になります。
AIを使いこなしながらも、最後は人間ならではの洞察力や取材力が問われる。そういうスーパージャーナリストでなければ、高い報酬を得ることは難しくなるでしょう。
河瀬氏:
なるほど。そうするとスーパージャーナリストの存在の希少性というのもますます高まっていきますね。まっとうな情報を得ることが難しい、そういう社会は怖いですからね。
角田氏:
そのとおりです。だから、こうしたスーパージャーナリストを育てていくためにも、仕組み化をしながら業務をいかに効率化していくか、ということです。
例えば、StoryHubを活用して記事作成の業務を効率化していくこともその例です。もちろん、当社にもメディア研究開発センターがあり、日々仕組み化については検討を重ねています。ですが、StoryHubのように、技術力を持ちながらメディアやコンテンツに非常に関心があり、「まっとうな情報が流通しない社会は困る」という課題感をともにできる企業と一緒に、ともに高め合いながら取り組んでいく。これも、まっとうな情報を得られる社会の維持のためには重要であると考えています。

AIを「監視」し、メディア全体で「まっとうな情報空間」を守る
河瀬氏:
AIがもたらす利便性と同時に、そのリスクにも向き合う必要があります。朝日新聞社が公表された「AIに関する考え方」では、「人間中心」という言葉をあえて最初に掲げているのが印象的でした。

角田氏:
はい。あくまでAIは人間を補助する役割であり、最終的な判断と責任は人間が担う、ということを明確にしました。また、AIはジャーナリズムにとって「監視の対象」でもあると位置づけています。
河瀬氏:
監視の対象、ですか。
角田氏:
AI開発企業は、どの情報を学習させているかを明かしません。その中身はブラックボックスです。ですが、メディアとしてはそこを明かしてほしい。どこかの報道機関が、そのAIがなぜ虚偽の情報(ハルシネーション)を生み出すのかを技術の解説も含めて取り上げてもらえたら、その記事を朝日新聞は買いますよ。これが「監視」という単語を宣言に含めている理由です。
河瀬氏:
情報が爆発的に増える中で、何が正しく、何を信じればいいのか、人々が判断する拠り所としてのメディアの役割は、ますます重要になりますね。
角田氏:
おっしゃる通りです。そして、その責任は一社だけで担えるものではありません。これまで私たちは、メディア同士でずっと競争を続けてきました。しかし、これからは違います。まっとうな、裏付けのある情報を日本社会の基盤として残していくためには、各社が得意な分野で協力し、結びついていくべきだと考えています。これまでも朝日新聞は印刷などで他社と連携をしてきました。これからはコンテンツ面でも連携をしていかなくてはと考えています。
河瀬氏:
すでに連携は始まっているのですか?

角田氏:
はい。例えば、信濃毎日新聞社の非常に優秀な山岳記者の記事を、首都圏の読者向けに朝日新聞の夕刊で使わせてもらう、といった取り組みを始めています。コンテンツにおいても、こうした連携をもっと拡大していきたい。
メディア全体で、得意不得意をわかりあい、得意なところで結びつき、みんなでまっとうな、裏付けされた情報を日本の社会の基盤にしていきましょうよ、と。そのハブに、「StoryHub」がなる可能性だってある。お世辞ではなく、本当にそう思っています。
河瀬氏:
新しいジャーナリストが、育っていく1つの基盤にAIがなっていく、ということですね。
角田氏:
そうです。技術と編集がさらに結びつき、大学などで技術を学ぶ若い世代も巻き込んでいく。そうすれば、メディアが大きく変わっていることを次の世代に理解してもらえる。それが、私たちの仕事を支える一番大きな力になっていくと信じています。
おわりに
AIの急速な進化は、メディア業界に大きな変化をもたらしています。しかし、インターネット黎明期の教訓を踏まえた角田氏の「AIに全振り」宣言と、その具体的な取り組みは、単なる技術導入ではなく、ジャーナリズムの本質を守りながら進化するための戦略的な決断でした。
AIによる業務効率化と、「スーパージャーナリスト」の育成、そしてメディア各社の連携による「まっとうな情報空間」の構築――。角田氏が語ったこれらの取り組みは、AI時代においてもジャーナリズムが社会の基盤であり続けるための、メディア業界を牽引するリーダーとしての覚悟と戦略を示しています。
🗒️ StoryHub Ensemble 2025 イベントレポート(全6回)
第1回
【基調講演】生成AI時代の到来
※本記事です
第2回
【オープニング】StoryHub現状とビジョン
【クロージング】StoryHubロードマップ
第3回
【特別セッション】生成AI時代の情報発信について
第4回
【編集者対談】生成AI×メディア編集の現場
第5回
【情報流通セッション】生成AI時代の情報流通について
第6回
【トレンドセッション】生成AI時代、生活者はAIコンテンツをどう捉えるか