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still. be back.|信じることの、その先で

    「地獄に落ちるわよ」
    [still. Coffee Break]では足らず、こちらでもw

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    時代背景がわかるから懐かしさも含み一気に見てしまった。
    主役の戸田さんの演技力ももちろんのことですが、やはり私は自分の1周目と重ねた部分が多かったです。

    ドラマの感想を書きたいわけではなくやはり過去を振り返ると言う意味でstill. be backで深掘り編です。

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    ドラマの中で、
    犬を連れてハワイに行く、という場面があった。

    まわりは、
    犬が寂しがるからだと思っていた。
    でも返ってきたのは、少し違う言葉だった。

    「違うの。私が彼女が居ないと死んでしまうの」

    その一言に、私は少し立ち止まった。

    ここに主人公の傷と愛情みたい部分で自分と重ねてしまった気がする。

    犬がかわいいとか、
    癒やしとか、
    そういう話だけではないもっと深い傷。

    もちろん、それをそのまま自分に重ねるのは違う。
    時代も違うし、置かれていた立場も違う。
    それでも、そこに流れている感情の端のようなものには、少し覚えがあった。

    孤悲
    裏切り


    人を信じたい気持ちは、最初は誰にでもあるのだと思う。

    ちゃんと向き合いたい。
    できれば分かり合いたい。
    わかってほしいし、こちらもわかりたい。

    そういう気持ちが、最初から何もない人ばかりではない。
    むしろ多くはそう思ってる気がする。

    ただ、人はそんなに単純ではない。

    弱さもある。
    ずるさもある。
    都合よく忘れることもある。
    しかも、それを裏切りだとすら思っていないこともある。

    そういうものを何度か見てしまうと、
    人は少しずつ学習していく。

    ここまでは見せる。
    ここから先は渡さない。
    ここまでは預ける。
    ここから先は預けない。

    そうやって、自分の中に線を引くようになる。

    外から見れば、
    大人になっただけにも見えるのかもしれない。
    距離感を覚えたとか、
    人付き合いがうまくなったとか。

    でも実際には、
    信じる力を節約するようになっただけのこともある。

    私にも
    たぶん、そういう時期があった。

    長い間蓄積されてきた傷だ。

    つい最近も、考えの浅い人たちと会話する必要があった。

    深く考えず、誰かが決めた「普通」を
    押し付けてくる。

    当人たちは、そんなことは考えず。

    私も実はずっと諦めていた。

    分かり合えない相手に愛想笑いをしなければ、現実の仕事は回らないのかと思っていた。

    強いものには媚び、
    陰では罵り、
    その場だけ共感した顔をしてやり過ごす。

    そういうやり方が、
    たしかに世の中では機能してしまうこともある。

    それをわかった上で抗ったところで、
    こちらが疲弊するだけ。
    そんな場面は、今でもある。

    だったら、好かれることを諦めてでも、
    権力を握り、金を持ち、
    相手のルールの中で勝ち切る。
    そうやって社会に復讐する。
    あの時代には、たぶんそう生きるしかなかった人もいたのだと思う。

    今回の主人公のように。


    でも、私はそれをしなかった。
    できなかった、と言う方が正しいのかもしれない。
    けれど、もっと正確に言えば、
    どこかで諦めたのだと思う。

    相手のルールで勝つことを。
    同じ雑さを引き受けてまで前に出ることを。
    それで勝った自分を、好きになれる気がしなかったからだ。

    だから私は、
    権力を握る側にも、
    愛想よく立ち回る側にも、
    なり切れなかった。

    その代わり、
    少しずつ線を引くことを覚えた。

    全部は信じない。
    全部は預けない。
    でも、全部を切ってしまうわけでもない。

    そのあたりを行き来しながら、
    なんとかやってきたのだと思う。

    昔は、
    信じられなくなった自分の方が悪い気もしていた。

    でも今は、
    信じたいと思っていたのに、
    そうならざるをえなかった側の傷もあるのだと思っている。

    それは弱さというより、
    積み重なった結果なのだろう。

    だから、あの一言に少し止まった。

    あれは孤独の言葉というより、
    信じたかったのに、信じきれなくなった側の
    静かな敗戦のように見えたからだ。

    何度も負けたのだと思う。
    何度も飲み込み、何度も見誤り、
    それでもなお、人の中で生きなければならなかったのだと思う。

    そういう敗戦のあとに残る言葉は、
    きれいではない。
    でも、妙に本当のことを含んでいる。

    私はたぶん、
    あの言葉の中にある寂しさよりも、
    そこに至るまでにすり減った愛情の方を見てしまった。

    そして、それを少しだけ、
    自分の古傷にも重ねてしまった。

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    still.

     
     
    人生後半戦。 まだやっていないことを、これから少しずつ試してみたくて「still.」を設定。 ここは備忘メモと情報収集を兼ねた未完の進行録。 完成形を語る場所ではなく、動きながら輪郭を見ていく場所です。

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