
ファンガスマン|第五章 #8
ファンガスマンの夜明け(8)
氷のランプのスイッチを入れた。狂気を孕んだ白い光……そのうち俺も慣れるのかな?
いつもなら日中はカーテンを閉じて蛍光灯で過ごすところだけど、今日は空気が足りない気がしてベランダの窓を開け放った。
カーテンが風で揺れ、はたはたと音を立てる。
母親から見られて狼狽しないようにベッドとベランダの間、チェストを置くためのスペースに立てかけたホーリーホーラーは小首を傾げた変な角度で俺に笑顔を向けている。
人形だとしても、笑顔は笑顔を呼ぶみたい。
にっこりと微笑み返し。
すると、春を告げる風が音を鳴らして吹きこんできた。大きく巻き上げられたカーテンはホーリーホーラーの顔を覆ったり叩いたり。
はて、見覚えのある光景だ。ああ、例のアレか!ハッとして、思わず知らず大きな声がでた。
狭いところに押し込められたさまは、結婚生活を象徴する構図そのもの。相手の枠組みのなかでねじ曲がり歪んでいく姿を目の当たりにして動揺した。
だって、この場合は俺が夫の役回り。僅かなスペースに妻を押し込んで、狭小な考え方に二人揃って囚われている図……だけど、はたして、それは本当かな?
要するに第三者視点が身についた俺の悪い癖、憧れが高じて心配性から否定的になっただけ。
所謂いつもの自己防衛。枠組みなんてあってないようなものだったのさ。囚われの枠か、拠って立つ軸となるかは選択式さね。
俺を長らく支配してきた結婚観を上書きして、狭苦しい場所からホーリーホーラーを引っ張り出した。
心の中で絡まった紐をほぐして、ありのままを肯定した時、涙のプリズムがダイレクトに映像を結びなおして時の女神は再合成を果たした。
要するに全てを色鮮やかに上書きしたってわけ。
部屋の隅に転がっている空き缶の中から、カラフルな缶をいくつか選んでプルタブに紐を通した。紐くじみたいに足首にくくりつけ歩いてみる。
ガラガラと音が鳴った。
結婚を知らせる意味と魔よけの意味があるとスターチスは言っていたけど……ま、この場合は、前途を祝してといったところ。
今、高らかにPop u late , love !
――封じ込めの呪文となるか、解き放つ宣言となるか?
窓の外、空には雲が垂れ込めて行く末を暗示しているが、どこふく風で「光あれ!」と言ってみた。身を乗り出して待つこと数分、雲間から光が射して天地創造の一日目。
強い風をまともに受けて、今は、至るところに散りばめられていた愛を、一つまた一つと見つけては立ち止まる時。〝大いなる正午〟にタイムリミットがあるわけじゃなし。
定まらない羅針盤のもと、ハッピーエンドを夢見て仕切りなおす。You never know !
そう、俺の成功譚はまだ始まったばかり。
正義なんてポイントオブビューで、力点を変えれば呆気なく価値転換する代物。しばらくの間は、俗悪な社会に背を向けて自ら引きこもった良識人のポーズでドタバタ喜劇を続けるつもり。
ヒーローがヒーローとして正しく認識されるには時間がかかるからね。かの文豪も言っていたっけ。凡才は現世で天才は後世で名を成すと。
だから、今日もひとり。太陽が一番はじめに照らす岩場で、時を待つ⭐️〔終わり〕