
昼だけの関係、という逃げ方|最終話
あらすじ
——
昼の時間にだけ、人と会うことがある。
決まっているわけではないが、
気がつくと、そういう関係になっている。
ある日、コミュニケーションサイトで見かけた
一行の言葉に惹かれ、一人の女性とやり取りを始める。
会うのは決まって昼。夜は互いの生活に戻る--そんな
「踏み込まない関係」は、気楽で、どこか心地よかった。
けれど、言葉を重ねるうちに、次第に距離は曖昧になっていく。
触れないまま近づいてしまったふたりが選んだのは、
関係を続けることか、それとも--。
——
あれから、何度か昼に会った。
回数を数えるほどでもなく、
かといって、忘れてしまうほどでもない。
いつも通りのやり取りをして、
いつも通りの場所で会って、
時間が来れば、それぞれの場所に戻る。
何も変わらないはずだった。
けれど、ほんの少しだけ、
何かが変わっていた気もする。
言葉にするほどのことじゃない。
ただ、沈黙の意味が、
前よりも少しだけ深くなったような。
それでも、あの距離を越えることはなかった。
越えようとしたことも、
たぶんなかったと思う。
ある日、いつものようにメッセージを送った。
短い、なんでもない内容。
けれど、その返事は、少し遅れて届いた。
「ごめんね、最近ちょっと忙しくて」
それだけだった。
いつもと同じような言葉なのに、
どこか少しだけ違って見えた。
それ以上、踏み込むことはしなかった。
理由を聞くことも、
次の約束を急ぐこともなく。
「そっか、無理しないで」
それだけ返した。
それでよかったんだと思う。
そういう関係だったはずだから。
それから、やり取りは少しずつ減っていった。
途切れた、というほどでもない。
ただ、自然と間が空くようになって、
気がつけば、連絡をしない日が続くようになった。
終わったのかどうか、
はっきりとはわからない。
確かめることも、しなかった。
その必要がなかった気もするし、
確かめてしまうのが、少し怖かったのかもしれない。
昼の時間の中だけで成り立っていた関係は、
昼のまま、静かに薄れていった。
それでよかったのだと思う。
たぶん、あの距離を越えなかったからこそ、
こういう終わり方ができた。
もし、どちらかが一歩踏み出していたら、
もっと違う形で、終わっていたかもしれない。
ある日、ふと思い出すことがある。
コーヒーが冷めるまでの、あの短い時間。
何気ない会話の途中で、
ふと視線が重なった、あの一瞬。
あのとき、何も起きなかったことを、
今でも少しだけ、よかったと思っている。
それでも--
もし、もう一度だけ会えるなら。
そう考えてしまう自分がいることを、
否定はできない。
昼だけの関係、というのは、
やっぱり、逃げ方だったのかもしれない。
けれど。
あのとき確かにあったものを、
なかったことにするほど、
器用でもなかった。
——
触れなかったことだけが、
ずっと残っている。