メインコンテンツへスキップ
見出し画像

Second Wind|第38話 揺らぐ光[唯]

    Second Wind

    第1章『Superstar』
    第38話 揺らぐ光[唯]


     「彼……ですか」

     アレンの口から思わぬ言葉が出たことに、〈私〉は思わず身を固くした。

     ……こんなことには、慣れている。
     慣れている、はずなのに――。

     この日の昼間、早妃は契約関係の事項をいくつか確認するため、東京のオフィスに電話を入れていた。そこで偶然、恋人・藤眞とうまが彼女の事務所のスタッフに、箱根の宿泊先の手配を頼んでいることを知らされたのだ。

     「おすすめの宿なので、さっそくご紹介しておきました。なんでも締め切り間近の原稿があるとかで。いつも本当に大変そうですね」

     部下の未央ちゃんの声を遠くに聞きながら、〈私〉は嫌な予感をどうしても打ち消すことができなかった――。

     「…そんなスケジュール、どこにもないんです。たぶん……女性と一緒なのだと思います。それなのに締め切り間際だなんて、またつまらない見栄を張って」

     私が苦笑気味にそう呟くと、アレンは何も言わずに傍らのベンチに腰を下ろした。そして膝の上に腕をあずけると、両手を組み、さもおかしそうに言う。

    「貴女はとても聡明なのに、案外つまらないことを気にするのですね。彼がそんな男だとわかっていて、一緒にいるのでしょう」

    「……」

    「そんな覚悟ならば、最初から共になど歩まなければいい――。貴女も彼も、大人なんです。貴女が傷つく理由など、どこにもない。」

     ……言い返せなかった。

     “あなたに、私たちの何がわかるの”――。

     そのたった一言が、今の〈私〉には言えなかった。


    「コーヒーを、ごちそうさせてくれませんか?…僕の部屋で。この時期のスペインにしては、今夜は冷える」

     彼の瞳に映る光が、その時、ゆっくりと揺らいだ――。


    *続き | 第39話 秘めごと[イクス]
    *目次 | 長編小説『Second Wind』



     
     
    長編小説『Second Wind』を連載中。 華やかな世界の片隅で、静かに止まってしまった時間が 再び動き出すまでの物語。 静かな始まりから、やがて運命を揺るがす奔流へ。