メインコンテンツへスキップ
見出し画像

Second Wind|第104話 熱をほどくキス[イクス]

    Second Wind

    第2章 霧の中の岐路
    第104話 熱をほどくキス[イクス]

    ※恋愛関係における親密な描写を含みます。


     ……今夜も、仕事は真夜中近くまでかかった。
     
     季節はいつのまにか、夏の終わりの気配を残して秋へと移り変わってゆく。

     今シーズンは日本での新規の公演に合わせて、ARKLINEアークラインでの初めてのアルバム発売が決まっていた。今はそのプロモーションで毎日飛び回っている。

     それでも日本にいられるのは有り難かった。海外の何カ国かを常に行き来している時とは違って、週に何度か、わずかな時間を惜しんでこうして彼女と逢うことができる――。

     今日も僕らは互いの仕事の話題を交え、あれこれと話をしながら夕食を共にした。

     この業界でのキャリアも長く、経験豊富で示唆に富む彼女との会話は、とにかく刺激的で勉強になる。しかしプライベートの彼女は、優しく物静かな、けれど内側には剣のような情熱と強さを秘めた、芯の強い女性だった。

     ARKLINEのリーダー、J・イクスにふさわしい仕事を求められる僕にとって、そんな彼女の存在はいつしか大きな救いになっていた。

     
     今夜も、食事を終えると、僕は彼女を自分の部屋へと案内した。

     「ん……」

     部屋に着くなり、彼女を抱きしめる。
     本当は食事の間中、ずっとこうしたかったのを我慢していた。

     「……明日は朝から取材だから、今日は泊まれないの」

     彼女の肩に乗せた僕の顔に向かって、なだめるように、彼女が言う。

     「うん。いい。ちょっとだけ、このまま……」

     彼女が帰らなくてはいけないのは知っていた。そして僕も、明日の仕事のためには少し寝ておかなくてはならない。
     けれど――。

     「甘えん坊ね」

     優しく困ったように呟く彼女の声を聞いた途端、想いがあふれた。

     「……んっ」

     彼女の小さな戸惑いごと、そっと抱きしめ、そのままキスをする。

     (ああ……もう本当、あの曲の歌詞、そのまんまなんだよな)


     “ もう すべてがきみで染まる 
     胸の熱をほどくようなkiss
     Love goes on, on, on and on 運命のルーレットが回る ”

     ……頭の中で、このところ毎日のようにステージで歌っている曲のフレーズが流れる。


     「明日、朝は何時入り?」

     「……六時」

     「場所は?」

     「えっ……渋谷、だけれど」

     「じゃあ、絶対四時には起こしてあげる」

     「だってそれじゃ、あなたが寝られないでしょう?」

     「俺は平気。移動の車で寝てく」

     「……それ、帰るなって言ってるの?」

     「駄目?」

     「……。……絶対駄目、ではないけれど――」


     “ セオリーなんて今は忘れてて
     あり得ないくらい No turning back
     近づくほどに夜が弾けて
     僕だけをそう 見つめて

     Hey! どうにもならないって
     仕方ないとまるで言い訳
     
     きみの笑顔が欲しくて 囁く
     Hey! 今夜も
     lady, what you want?

     鼓動がもう 止まらない
     抱いてて
     baby, don't look back…” ――


     ……次の公演は、絶対成功するという予感がしていた。
     だって、こんな僕が、歌っているのだから――。

     そんなことを考えながら、僕は今夜も、彼女と文字通りの “熱を溶かすようなキス” を交わした。


    第2章 霧の中の岐路 完


    *続き | 第105話 幸福の余韻[イクス]
    *目次 | 長編小説『Second Wind』


     
     
    長編小説『Second Wind』を連載中。 華やかな世界の片隅で、静かに止まってしまった時間が 再び動き出すまでの物語。 静かな始まりから、やがて運命を揺るがす奔流へ。