生活保護から抜けたい。その裏側で起きたこと
こんばんは。ゆうです。
このnoteでは、毒親の性的虐待等から生き延びた私が、心の傷や精神疾患で働けなくなったことで、生活保護などのさまざまな制度と向き合いながら、少しずつ人生を取り戻していく過程をありのまま綴っています。
今日は、この記事の後編扱いとなっています。
単体でも読めるように、タイトルを変えてみました。
前書き
「助けて」が言えなかった両親の影を追いながら、私は、自分を変えることを選びました。挫折の先で見つけた、生活保護という制度の裏側と、自分を許すための物語です。
やや長文となっていますが、精神疾患当事者にしかわからない高い壁や、
心が折れそうになるほどの矛盾を少しでも知ってもらえたら嬉しいです。
「一人で頑張らなきゃ」という呪縛と、目の前に立ちはだかった壁
対人恐怖の私が、それでも
新たな支援につながろうと思った理由。
それは、一人では限界が来て、
挫折したからだと思っています。
どういうことなのか。
実は、今年の春頃までは、
在宅で、
動画編集で生活を立て直すことを目指していました。
しかし、そこには、知られざる大きな壁がありました。
これなら自立できるかも——初めて感じた手応え
私は、
双極性障害や、解離性同一性障害。
そして、複雑性PTSD。
そういった生きづらさの元となる
精神疾患を抱えて生きています。
そんな私が、闘病して、6年目。
今から、1年くらい前です。
なんと、
継続的に動画制作が
できるくらいまで回復していました。
発症当初を思うと、
本当に、別人のようです。
◇
動画制作は本当に楽しかったです。
凝り 性の私は、企画・構成などの戦略を自分で考えたり、
映像と音声で自分の世界観を表現できることに
どハマりしていきました。
何より、在宅でできることが、
対人恐怖の私にも、すごく合っていました。
だから、
「症状が寛解しない私でも、
自分のペースで作業ができる。」
「しかも、寝れない夜間でも、
作業できる」
「動画編集なら、自立できるかも」
そんな希望を感じました。
期待と現実のズレ。就労支援の現場で抱いた違和感
きっかけは、
先ほどから1年遡って、
闘病5年目。
就労継続支援B型事業所で、
社会復帰を試みたことにあります。
その事業所さんは、
いわゆる、
動画編集やイラスト制作が学べる、
クリエイター系の事業所さんでした。
◇
そこで、率直に感じたことがあります。
それは、
「ええ!?これなら、
独学のほうが、ストレスないよなぁ」
ということでした。
最先端の動画制作が
学べると期待してしまっていたので、
けっこう、ショックでした。
◇
それだけではありません。
制度への衝撃と違和感もありました。
代表の方から説明を受けた時、
「たとえば、
30分のような短時間の利用でも。
B型事業所には
1日約6000円前後の
公費(税金)が投入される。
一方で、
利用者には工賃(時給)250円である。
ということにも、衝撃を受けました。
公費(税金)は、事業所の人件費や維持費などを目的に投入されます。
また、B型事業所によって、工賃は異なります。
最近は500円前後やそれ以上のB型事業所も増えてきたように思います。
最近は、その極端な制度も、
色々見直しが入っているようなのですが。
「今の私では、その矛盾の中で
就労支援を受けるのは耐えられない」
と思いました。
そして、
制度に違和感を抱きながら、
さらに集団や所属のストレスを感じると、
「解離症状(離人感など)が悪化する」
という現実にも直面しました。
「息をしているだけで必死」な私と、制度の矛盾
具体的には、
4時間の内、3時間は、
自分が誰か?ここはどこか?もわからず、
意識朦朧としながら、
ソファで、自我が戻るまで耐え忍んでいました。
息をしているだけで、死にたいくらい必死なのに、
その間の工賃(4時間で1000円)は発生するそうです。
けして、「やったぁ!」とは思えませんでした。
絶望しました。
そして、私が至った結論。
それは、
「よし、矛盾で苦しむ制度や
人とはなるべく関わらずに、
稼げるようになろう」
「動画制作は、
独学で実践経験を積もう」
ということでした。
自分一人で何とかしようとしてしまったんです。
◇
でも、
そうやって、貴重な社会との接点を拒絶し、
動画編集を頑張り続けた結果。
今度は、
制度の壁にぶつかりました。
それが、いわゆる、
生活保護の1.5万円の壁と呼ばれる制度の壁でした。
だから、この制度の壁にぶつかった時、
余計に絶望しました。
頑張るほど遠のく自立。「1.5万円の壁」という絶望
生活保護の1.5万円の壁とは
ざっくり言うと、勤労収入が15,000円を超えた場合、9割が減額される仕組みです。障害年金を受け取っている私の場合、約7万円を3ヶ月以上稼けるくらいのメンタルを取り戻すまでは、中途半端に稼いでも生活保護を抜けられないようになっています。
もともと、
心身の状態に波のある状態で、
頑張っていました。
たとえば、初めて動画編集で、
4万円稼いだときのことです。
手元に残るのは、1万7千円ほどでした。
私の場合、毎月、115,000円程の生活費をいただいています。
合わせると、132,000円になります。
かなりの額です。
それこそ、健康的な心身であるならば、
少しでも手元に残る額が増えるなら、
報われると感じる人もいるでしょう。
しかし、
うつ状態や、不眠障害などと闘いながら稼いだのに、
手元に残るお金がほとんど変わらないと感じて、
根こそぎ命を削られるような思いがしました。
もちろん、
人によっては、そこまで挫折にはならないと思います。
私の場合、特殊なケースを抱えているので、
余計だと思います。
(長くなるので、また追ってお話しします)
B型事業所の制度も、
社会復帰の一歩としての居場所として機能しているため、
救われている当事者の方もたくさんいることも知っています。
しかし、症状と戦っている私にとっては、
「このままでは一生、
生活保護から抜けられないかもしれない」
と思うほどの絶望体験でした。
「挑戦なんてしなきゃよかった」自分を呪う日々
あんなに夢中になった動画編集。
なのに、 心身が拒絶するようになっていました。
本当に、本当に、辛かったです。
そして、再び、
うつ状態になってしまいました。
私は後悔しました。
「そもそも一般就労許可もおりてないのに」
「挑戦なんて、しなければよかった」
「馬鹿だな」
そんなふうに自分のことを呪いさえしました。
そして、だんだん
ゴミ捨てや掃除、片付けも、再び困難になり。
ベランダにゴミ山が出来上がり、
異臭の漂う汚部屋になってしまいました。
◇
いかがだったでしょうか。
私は、そういった経緯で、
「精神疾患を色々抱えている私が、
生活保護を抜けるためには、
他の福祉制度の力を借りなければ、不可能だ。」
そう悟ったのです。
「自立」を諦めたのではなく、方法を変えるという挑戦
もしかしたら私は、
「自立を諦めた」のではなく、
「自立の方法を変えた」のかもしれません。
プライドを折り、新しい私を生きるための「膿出し」
ヘルパーや、訪問看護を利用する。
初めは、抵抗があ りました。
受け入れるために、
プライドのような何かも折りました。
辛い虐待のフラッシュバックなど、
膿出しが起こる覚悟をしました。
◇
正直、
早速、契約してからはじめての
訪問看護(ヘルパーでないほう)で、
困難が立ちはだかっています。
でも、一人での限界がきたことで、
自分を、変えるべき時がきたんだと思いました。
”見ず知らずの誰かに頼ってでも”
これからの生活を立て直していくための、
新しい挑戦にしたいと思いました。
だから、これからは、
人の力も借りながら、
自分の人生を作っていく。
そんな生き方を目指してみようと思っています。
親ができなかった「助けて」を、自分に許すということ
一人で頑張ることをやめる。
それは、
虐待してしまうほど
子育てに限界を迎えていた私の両親が、
「できなかったこと」
だと思います。
だから、もしかしたら、
「助けてもらうこと」も、
「できないことを受け入れること」も、
世代間の連鎖を断ち切り、
過去に虐待を受けていた
自分を救うことになっているのかもしれません。
そして。
もし、この記事が、
「一人で頑張ることをやめれない」
そんな誰かが、制度や人を頼るきっかけとなったら嬉しいです。
最後に
「生活保護を抜けたい」
その裏側には、
精神疾患当事者だからこそ感じる高い壁や、
心が折れそうになるほどの矛盾が確かに存在します。
少しでも、
制度への理解にもつながったら嬉しいです。
◇
今日も最後まで読んでくださり、
ありがとうございました。
いつもいいねやコメント、本当に本当に、励みになっています!
最近、そっとマガジンに追加くださる方もちらほらいて、本当に感謝です。
なお、今週は、
台風24号や秋雨前線の影響で広範囲で雨が降りやすい1週間だそうです。
季節の変わり目で、風邪なども引きやすくなるそうなので、
どうかご自愛くださいね。
ゆうでした。
