
#1『お母さんの ねぎ湯』/「こころが、おなかすいた」〜800字のやさしいショートストーリー〜
「おなかすいた…」
冷蔵庫を開け火照った顔を突っ込み、がらんとした棚を眺める。
ミネラルウォータ、栄養ドリンク、ヨーグルト。
さっぱりした物が食べたい。けど…これじゃない。
実家の冷蔵庫を思い出す。
昨日のおかずや干からびたいつかの野菜、いつかの調味料。それらがギッチギチに詰まっている。
入れ過ぎだと笑っていたのに、自分の冷蔵庫を見ていると哀れに感じてしまう。
就職で家を出て二ヶ月。風邪を引いただけで、こんなにも心細いとは思わなかった。
とりあえず買ってあった古い食パンを、もそもそ食べる。満たされたのは小腹だけだった。
気付いたら、目に涙が滲んでいた。
びっくりした。自分では全然大丈夫と思っていたのに。
その時、スマホが鳴った。
母だった。
絶妙なタイミングに驚く。
慌てて「あー、あー」と声を出し、涙声に聞こえないかチェックしてから出た。
「はい」
《もしもし?》
「何?」
《どうしてるかなって…あら、あんた鼻声じゃない?熱は?》
「少しだけ」
《あらー。ちゃんと食べてる?》
「さっきパン食べた…あ」
母の声を聞いて思い出した。
小さい頃、風邪のときによく作ってくれたもの。
「…ねぎ湯」
《え?》
「ねぎ湯作る。教えて」
《ああ、ねぎ湯ね、オーケー。じゃ、ねぎと梅干し用意して》
お味噌汁は時々作るのでねぎはある。梅干しは実家のだ。
まず、ねぎを刻んでマグカップに入れる。
《梅干しをフォークに刺して…》
そういえばコンロで炙るのだった。菜箸の先を少し焦がしながら作ってくれた、母の後姿を思い出す。
《火傷に気を付けてね》
少し焦げたら、マグカップに入れる。
《お湯入れたら、出来上がりよ》
「もう?」
《そう。体が温まるよ》
温かい湯気に、ねぎと焦がした梅干しの香りが立つ。出汁は無いけどこれでいい。肩の力が抜けていくような気がした。
それから少し他愛もない話をして、電話を切った。
私はベッドに入るとすぐ眠りに落ちた。
夢も見ないような、心地よい眠りだった。