
#2『生姜焼き定食からハワイへ』/「こころが、おなかすいた」〜800字のやさしいショートストーリー〜
「は?ハワイ?」
俺は目を疑った。
老夫婦が営む定食屋に、貼り紙が貼られていた。
『今月末を持ちまして閉店いたします。改装後はハワイアンパンケーキの店Kalaniとして生まれ変わります』
数年前から仕事帰りに通っていた。長期の出張で久々に来たら…こともあろうにパンケーキ屋だと?
俺はこの油の染み込んだ床、古くて黄ばんだ紙のメニューが良いんだよ。
若い奴らに媚び売ってんのか?
むしゃくしゃしながら暖簾をくぐった。
「いらっしゃーい!あらーお久しぶり!」
女将さんが水を運んでくる。
「何食べる?生姜焼き?」
いつもながら、俺がその日に食べたい物の的中率がすごい。
「貼り紙見た?ごめんなさいねぇ、通ってくれてたのに…。実はね」
「すみませーん!」
「はーい」
女将さんは奥にいた客に呼ばれ、行ってしまった。
どうしてハワイアンなんかに?旅行で目覚めたとか?
独り者の俺の胃袋は、どうしてくれるんだ。
「お待たせしましたー」
女将さんは、生姜焼き定食を置くと同時に言った。
「うちの孫娘ね、夫とハワイのパンケーキ屋で修行しててね。今度日本に帰って来るから店、譲るのよ!小さい頃から病気がちでね…飲食店やるのが夢だったんだけど…それより無事に大人になれるかどうか、皆ずっと心配してたの」
初耳だった。
「だからあの子にこの店を穣るまでは絶対に頑張らなくちゃって…あら、私ったらしゃべり過ぎね。ごめんなさいね」
女将さんは足取りも軽く、厨房へ戻って行った。俺は湯気の立つ生姜焼きを前に、言葉が出なかった。
他人の人生は想像を超えてくる。
独りよがりの自分が恥ずかしかった。
味噌汁に手を伸ばす。少し濃い目の赤みそが美味しい。醤油の香ばしさが際立つ生姜焼きを、俺は無心で頬張った。
パンケーキも、たまには悪くないかな。
結局料理も、作る人なのかもしれない。
俺は、大切に育てられたであろうお孫さんのことを思いながら、生姜焼きの最後の一切れを飲み込んだ。