
#26「箱に仕舞ったキャラメルフラッペ」/「こころが、おなかすいた」〜800字のやさしいショートストーリー~
「あんなに思い出して繰り返し傷ついていた記憶がね、遠のいたのよ。
許せたとかじゃなくて…そうね、箱に仕舞って心の奥に片付けたような感じ」【本文より】
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「満席ですね…」
「近くの公園に素敵なベンチがあるのよ。良かったらご馳走させてくれないかしら」
カフェでいつも見かける初老の女性とは、会釈するくらいの仲だった。
息子も高校生になり、私は一人時間をよくこのカフェで過ごしている。
「良いんですか?」
私は素直にご馳走になることにした。
艶々した白髪にベレー帽を被った女性は、キャラメルフラッペを頼んだ。
「普段はブラックだけれど今日は特別。こういう華やかなものが飲みたかったのよ。貴女もこれになさる?」
華やかなもの、という表現が素敵だったので、私も同じにした。
シャーベット状のミルクコーヒーの上に、たっぷりのホイップクリーム。キャラメルソースがクルクルとかけられるのを見て、テンションが上がる。
公園のベンチは木陰で、緑の匂いも心地よかった。
女性は清水さんというそうで、カフェではいつも書き物をしていた。
「作家さんなんですか?」
「端っこにちょこっといるだけよ」
「素敵ですね」
「有難う。でもね、素敵なことばかりでもないのよ。記憶力が良いものだから、子供の頃に辛かったことを昨日のことみたいに思い出してしまうの」
「あっ!私もです」
「まあ!お仲間ね」
清水さんは少し黙った後、言った。
「前にね、雑誌のコラム用にその頃のことを書いたの。結局ボツにしたのだけどね。ただの恨み言のような気がして。でもねその後…」
ストローで子供のようにクリームを突つく。
「あんなに思い出して繰り返し傷ついていた記憶がね、遠のいたのよ。
許せたとかじゃなくて…そうね、箱に仕舞って心の奥に片付けたような感じ。とても書けないくらい辛い経験なら、むしろやめた方が良いかもしれないけれど」
子供の頃我慢していたこと。未だにチクリと心の中で疼くこと。そんなことを考えながら、甘いキャラメルフラッペを飲み干した。
それからも清水さんとはカフェで時々会う。
近々公園に誘って、私も箱に仕舞えました、と伝えたいと思っている。
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