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輪廻転生の考えが根付くインド・チェンナイという街---「最期」の補足

    今日は、下記埋め込み投稿「最期」内にある「9年前:インド・チェンナイ」の補足をちょっと書いてみる。

    SARSパンデミック以来のチャンギ国際空港

    朝陽が眩しい福岡国際空港の搭乗口で、サンタクロースの帽子を被ったり、トナカイのヘアバンドをつけたりしているシンガポール・エアラインのスタッフから、お菓子と飲み物の歓待を受け、許される最大量の荷物をお供に機体に乗り込んだ。丸一日かけてインド・チェンナイに向かう。

    トランジットで降り立ったのはシンガポール・チャンギ国際空港。懐かしい!最後に利用したのはあのSARSパンデミックがあった2003年、プライベートでも印象に残る2003年だった(*****内は本題から逸れます。読み飛ばし可能)。

    *****
    ◆2月に香港を中心に謎の肺炎が広がっていると知るもどこか他人事。
    ◆3月は昨年末から決まっていた入院・手術。人生初の入院手術は、SARS感染拡大の懸念が高まりつつあるシンガポール!
    ◆手術当日、前の手術がなかなか終わらない。手術室ゾーン内の待合エリア空間にほぼ放置され、準備万端で緊張していると、多くの天吊りTVから「イラク戦争勃発!!!」のニュースが一斉に流れる。

    ◆住んでいたのはマレーシア・ジョホールバルのシンガポールとの国境から近いエリア。ただでさえ国境を越えるのに時間がかかるのに、SARSで検温などの健康チェックがあり常に大大大渋滞。バス・タクシー・自家用車(自分で運転)のどの手段を使っても、術後通院の最大イベントは国境越え!

    ◆4月あたりに、夫の会社からN95マスクが配布される。シンガポールの多数のクリニックが入る医療特化ビル前では、検温のための長蛇の列。
    ◆民族性ですかね….。当時は皆さん静かに並べない。割り込みや押したり…..。私は「この列が感染リスクが一番高い!」と感じ、配られたN95をつけてみたが、屋外34度では限界に挑戦!状態。

    ◆夫に辞令、本帰国!組織改編異動で内示なし。マジ~?!
    ◆日本本社総務からは、「SARS流行地からの帰国なので、日本で受け入れホテルを見つけるのが難しい」との連絡。何とかせぇ!「居住地がシンガポールでなくマレーシアだったので何とか見つかりました」と。担当者の方、ご苦労様でした。

    ◆友人と夫の会社の方々と美味しい飲茶を食べてチャンギ国際空港へ。出国ゲート前で、夫の上司から「機内ではマスクをつけてね、と会社から言えと言われているので、言っておきますね」と微笑みながら伝えられる。
    *****

    6時間ほどあったと記憶するトランジット。10年ちょっとぶりにシンガポール料理を堪能し、足つぼマッサージで引越疲れを癒した。「日系家電メーカーの看板だらけ」から、「韓国・中国家電メーカーの看板だらけ!」への変化に気づくのはもう少し先だった。

    真夜中のインド・チェンナイ空港

    深夜1時あたりにチェンナイに着いた。当時は日本から第三国を経由してチェンナイに着く便は全て深夜だった。インドでは、航空券を持たない人は空港施設に入れない。特に国際線は(AIによると、今でもそのようだ)。到着してすぐにスマホSIMを購入することも出来ない。

    今までの海外赴任・帯同では、夫が先に赴任し、私は後から夫の赴任地に向かい、夫が現地の空港に私を迎えに来るスタイルだったが、今回は初めて夫がチェンナイから福岡に一時帰国し、私は夫と一緒にチェンナイに向かった。夫が「そうするしかない!」と言い張った理由が、チェンナイに着いて初めて分かった。

    空港施設の外に出ると、明かりが少ない。暗い!その空間の全体像すら掴めない。通路の半分はタクシードライバーの客引きが占領している。夫のドライバーが待機していたが、夫が「今、XXのあたりにいる」と電話でドライバーに伝えてピックアップだった。現地の人でもスマホなしなら落ち合えない。

    リスクだらけのチェンナイ

    停電が日常茶飯事のチェンナイ。街灯は極端に少ない。車窓から月明りで見る街並みには悪い印象はなかった。5か国目の赴任のためか「あ~、シドニーのXXを思い出すな。このあたりはジョホールバルの…..」といった感じだった。「灯りが少なく、ゴミなどの見ない方がいいものが見えなかったんだな」と後日気づいた。

    太陽に照らされたチェンナイの街は、爪痕だらけだった。少し前に、チェンナイを猛烈なサイクロンが襲い、夫としばらく連絡がとれなかったことがあった。現地の富裕層や外国人駐在員の住宅は、頻繁に起こる停電に備えて、インフラや最低限の電気を確保するために、自家発電設備が併設されていたが、夫が住むマンション、つまり私の新居では、サイクロンで自家発電すら1日半ほど作動しなかった。それでも「自家発電の復旧がかなり早い」と外国人駐在員の中では高評価だったらしい。

    天井が高い海外標準の22階の我が家。「家が揺れて揺れて…..。雨が窓のサッシの隙間から吹き込んでくるわ……いや~マジで怖かった」と夫が話していたが、部屋にはその痕跡があった。「夫にしてはかなり頑張って対処・掃除したんだろうな…..それだけ大変だったのか….」と思った。インドの名誉のために書くが、強風雨が窓サッシを突破するのは日本でもある。私は福岡の賃貸マンションで経験したことがある。

    チェンナイに着いて間もない頃、車窓から見えた建設中の建物のある事に驚き、思わず撮った写真をFBに載せたことがあった。「この構造で大丈夫なんか??」と建築士の同級生がコメントをくれた。おっしゃる通り!分かってましたよ。夫は大丈夫ではないと体得しましたよ…..。でも仕方がない。「蚊に刺されまくる・大量の蚊と毎日自宅で格闘するリスク」>「災害時のリスク」と我が家は判断し、建築構造に不安を覚えながらも22階にしたのだった。

    死が身近なチェンナイ社会

    舗装された道路は常に無秩序の大渋滞、かなりの運転技術が要求される運転マナー、救急車が来て道を譲りたくても車を寄せるスペースがない、幹線道路を我が物顔に歩く牛さんたち。「脳や心臓など一刻を争う状態になったら助からないな。それも運命」とこの街に暮らし始めてすぐに腹を括った。その内、車窓から目撃してしまう交通事故にも慣れてしまった。

    私のチェンナイ人のドライバー。弟が4歳の時に犬に噛まれ狂犬病で亡くなったらしい。当時から20年ほど前は、犬に噛まれたら、薬を飲み、当分の間は肉や魚などの動物性食物を摂らないようにする(科学的根拠は不明。ドライバー一家の周りでは、動物性食物はウイルスを繁殖させるという理由から、そうしていたらしい)のが一般的だったが、弟は親に犬に噛まれたことを報告せず、鶏肉を食べて亡くなったとのこと。あくまでも、ドライバー一家の解釈で真実は分からない。ドライバー一家は、ヒンドゥー教を熱心に信仰していたにも関わらず弟が亡くなってしまったので、ヒンドゥー教が信じられなくなり、キリスト教へ改宗したと話してくれた。

    さらに、ドライバーは、20歳の時、彼女が毒蛇に噛まれて、彼女との悲しい別れを経験していた。そして、私がチェンナイに住んでいた時、ドライバーの親族の奥さん(23歳)が産後数週間で頭痛を訴え意識障害になっていた。脳のダメージが大きく(脳炎や脳腫瘍という病名が出ていた)、結局亡くなった。

    冒頭の「最期」記事内で書いたが、社会に色濃く残るカースト制とそれに伴う顕著な貧富の格差、不平等な医療アクセス、行き届かない生活インフラなど様々な要因で、チェンナイでは、日本とは比べものにならないほど、死が身近だった。

    私には陽気に見えた、チェンナイのお葬式関連セレモニー

    チェンナイ在住時。私が2013年から書いている「乳がん&乳房再建は、驚きと想定外の連続!?」ブログ内で、私は下記のようなことを書いている(加筆修正あり)。

    *****
    街や家の近くでよく目にするものがある。多くの花が添えられた軽トラぽい車に普段着の男性集団。それに爆竹・鐘・太鼓の音(音楽)が加わる。そして、通った道には花がまかれる。初めて見た時、「チンドン屋」を連想してしまった。陽気な感じがしたので。実は、これは、遺体を火葬・土葬場まで移送するセレモニーだ。

    ある日、車に乗っている時にこのセレモニーに出くわし、「死んだ人のセレモニー」とドライバーから言ってきた。日本のお葬式とはまるで違い、興味深かったのでドライバーに訊いてみた。ドライバーの説明は下記の通りだった。ドライバー個人の解釈のうえ、ドライバーの「限られた英語力」なので、正確性にはかなり疑問が残るが、興味深かった。

    ◆ヒンドゥー教徒とイスラム教徒は火葬、キリスト教徒は土葬が一般的。土葬する場所がなくなり、火葬が増えているという背景もある(注:ドライバーはイスラム教はよく分かっていないので、イスラム教徒の火葬は違うと思う)。
    ◆火葬・土葬、宗教に関わらず、お墓を作る習慣はない。
    ◆火葬・土葬、宗教に関らず、自宅から火葬・土葬場までの移送行事に参列するのは男性のみ。夫が亡くなった場合でも妻は、母親が亡くなった場合でも娘は、参列しない。
    ◆火葬に関しては、市内の一部には、日本のような火葬場があるが、一般的には専用広場?区画?に係りの人が二人いて、遺体を1日かけて燃やす。燃えやすいように、手足を切断するなどするのが一般的(この職についている人はカースト制の最下層の方々)。遺族は翌日に灰と骨を拾いに行き、海に散骨する。
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    そして、↑が記された当時のブログ記事には、2つのYouTube動画が貼られている。1つ目には「これは移送に車を使っていないが、雰囲気はこんな感じかな?」と、2つ目には「少年のダンスは見たことがないが、雰囲気はこんな感じが一番多いかな?」というコメントが添えられている。

    ドライバーの話の正確性はさておき、私はこの光景を見る度に、「なんて明るいんだろう。社会や国民に根付いている輪廻転生の考え方が影響しているのだろうか」と考えた。

    人の死の捉え方

    また、チェンナイ在住当時、下記のようにも書き残している(加筆修正あり)。

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    実は、私の家は22階なので、家から火葬場(と言っても、土に穴が掘られ簡易的な屋根がある程度)がある場所が見える。中の様子までは見えないが。私の住む大規模マンションは、何もない荒れ地をムンバイの大手デベロッパーが購入し開発したもの。この地域の近くで生まれ育ち住み続けている私のドライバーの説明によると、この開発地の一画に地元住民が使い続けている火葬場があったので、それは残されたらしい。

    今週の月曜日。私の住むマンションに隣接する集落から爆竹を伴う豪華なパレードがやってきた。今はもう慣れてしまって「お葬式ね」と思うだけだ。が、暫くすると煙の臭いを感じ外を見ると、火葬場から煙がモクモク、その横で学生がサッカー(火葬場の横は学校/有名私立校のグラウンド)という光景が目に飛び込んできた。ちょっと不思議にも思える光景だった。
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    私の住む大規模マンション群には、日本人もそれなりに住んでいた。私同様に、自宅から火葬場が見える日本人の中には、火葬場が見えるのが嫌で転居した人もいる。見えるといっても遠いが、それでも気になると言っていた。私は気にならなかったが。

    ある時、「現地人はどういう感覚なんだろう….」とふと思い、ドライバーに訊いてみたところ、「火葬場の真横に住むのは嫌だけど、マダム/私の家と火葬場なんてかなり離れているでしょ。学校のグラウンドと火葬場も離れているよ」といった返答で、「何が気になるの?」と理解できないようだった。

    様々な場面で「人の死の捉え方が違うかな?」と感じるチェンナイでの生活だった。

    デルタ株の感染爆発

    最後に余談。コロナのデルタ株がインドで感染爆発した時、現地から「マンションに住む人全員が感染した」といった話が流れてきた。それが正確な状況かは分からないが、マンション住民全員が感染しても不思議ではないほどの感染状況だったことは、当時、現地から聞こえてくる様々な話から確かだった。

    「マンション住民全員が感染した」という話を聞いて、私はSARSの時、香港で上下階一列の住民が感染した淘大花園/アモイ・ガーデンズを思い出しながら、「あ~、チェンナイで住んでいた私のそれなりに高級なマンションでも排水管がS字になっておらず、嫌な臭いが強烈すぎて使えないバス・トイレとかがあったからな…..。何度も『何で排水管を真っ直ぐに単純にする??』と恨めしく思ったからな。あの排水管・設備なら感染拡大するわ!」と思った。


     
     
    ・乳がんサバイバー(12年12月に手術、ステージ0非浸潤性乳管癌、保険適用前の13年10月にシリコンインプラントによる再建) ・24年3月より膠原病(PMR+セロネガRAかな?の状態) ・シドニー、香港、マレーシア(KL&JB)、中国広州、インド・チェンナイの在住経験あり。

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