
第21章|ひとりじゃ見えない光
誰かに届いた歌のあとには、
少しだけ違う種類の静けさが残る。
その静けさの中で、人は次の言葉を探し始める。
翌朝の機材車は、少しだけ穏やかだった。
前日のShining in the Darkの余韻が、まだ車内に残っている。
誰もそれを大げさに口にはしない。
でも、全員が少しだけ、あの曲のことを引きずっていた。
助手席のカイは、珍しくイヤホンをしていなかった。
窓の外を見ながら、指先だけで何かのリズムを叩いている。
後ろでは絢音がタブレットを開いていた。
波形を確認しているのかと思ったら、途中で顔を上げた。
「ルナ」
「なに」
「次、どうするの」
その問いは急だった。
でも、急すぎるわけでもなかった。
Shining in the Dark が一つの扉なら、
次の曲はたぶん、その先にある。
「どうするって」
ルナは聞き返す。
「昨日の曲、自分を立ち上がらせる歌だったでしょ」
絢音は言う。
「じゃあ、その次は」
ルナは少しだけ黙る。
その次。
今までは、そこまで見えていなかった。
書けるかどうかだけで精一杯だったからだ。
でも、昨日の夜、
メモに書いた一行がある。
ひとりじゃ見えない光がある。
それはたぶん、ファンのことだった。
でも、それだけじゃない気もする。
「ファンと一緒に進む曲かな」
ルナはぽつりと言った。
ユイナが後ろから身を乗り出す。
「なにそれ、いいじゃん」
「まだ言葉だけ」
「言葉があるなら十分」
ユイナは笑う。
「最近のルナ、やっと曲作る人っぽくなってきた」
「最近の、って何」
「今まではなんか……雷待ちの人って感じ」
カイが小さく吹き出した。
絢音も口元だけで笑う。
「否定できない」
ルナは窓の外を見たまま言う。
それが少し悔しくて、少しだけ可笑しい。
ルナは今まで、感覚で書いてきた。
浮かんだものをそのまま掴む。
来なければ待つ。
でも今は違う。
待つだけじゃなく、
少しずつでも自分で迎えに行こうとしている。
それは、前の自分にはなかった変化だった。
昼過ぎ、スタジオに入る。
今日はライブのない日だった。
Aosagiツアーの流れから少しだけ外れた、短い休息。
でも、休むというより調整するための一日だ。
ユウはいつものように最初にホワイトボードへ向かう。
移動時間、入り時間、次の都市の確認。
最近は一人で書かない。
ユイナが横から口を出し、絢音がメモを整理し、カイが告知動画の尺を確認する。
それを見ながら、ルナは少しだけ思う。
前なら、この空気はなかった。
ユウ一人で回していた。
ユイナは前へ押し出して、
自分は歌うだけだった。
今は違う。
みんなが少しずつ、バンドを担いでいる。
そのことが、
前より少しだけ眩しく見える。
「で」
絢音が鍵盤の前に座る。
「やる?」
「何を」
「次の曲」
「まだ断片だよ」
「断片の時が一番面白い」
絢音は平然と言う。
「完成してから見せられるより、ずっといい」
その言い方は、たぶん本心だった。
ルナはマーチンを抱える。
椅子には座らず、床に座る。
「その座り方好きだね」
カイが言う。
「床の方が、昔の自分に戻れるから」
ルナは答える。
絢音が、少しだけその言葉を聞き留めた顔をした。
最初のコードを鳴らす。
まだ先は見えない。
でも、今はそれでいい。
「昨日の続き?」
ユウが聞く。
「たぶん」
ルナは言う。
「昨日が、自分に向けた曲だったなら、こっちは……その先」
歌う。
言葉はまだ粗い。
でも方向は見えている。
ひとりじゃ見えない光。
手を伸ばした先に誰かがいること。
暗闇を抜ける時、一人で勝つんじゃなく、一緒に上がっていくこと。
途中でルナが止まる。
「ダサい?」
「今のままだとちょっとだけ」
絢音が即答する。
「早い」
「でも、核は良い」
絢音は続ける。
「メッセージが強い。Shining より外に向いてる」
ユウが腕を組む。
「ライブの後半に置けそうだな」
カイは、少し考えるように目を細めた。
「これ、客が歌えるようにしてもいいかも」
ルナは顔を上げる。
「歌えるように?」
「サビの最後、開けておけば」
カイが言う。
「一緒に上がる曲なんでしょ」
その言葉に、ルナは一瞬だけ何も返せなかった。
一緒に上がる。
それはたぶん、
自分が言いたかったことにかなり近い。
ユイナが、すでに前のめりだ。
「それ、いいじゃん。後ろの人も声出せるやつ」
「まだ早い」
ルナは言う。
「早くない」
ユイナが言う。
「今だからいいんだよ」
その勢いを、ユウは珍しく止めなかった。
代わりに、少しだけ静かに言う。
「タイトルは」
ルナは弦を押さえたまま考える。
まだ仮でもいい。
でも、今この瞬間に一番近い言葉が欲しかった。
「Together We Rise」
ルナは言った。
絢音がすぐに頷く。
ユイナは「強い」と言う。
カイは、少しだけ笑った。
ユウはホワイトボードの隅にそのタイトルを書いた。
Together We Rise
字にすると、少しだけ照れる。
でも、悪くなかった。
Shining in the Dark が、自分の中の光を見つける曲なら、
Together We Rise は、その光を誰かと持ち寄る曲だ。
夕方まで、何度も止まって、何度もやり直した。
まだ完成ではない。
でも確かに、前へ進んでいる。
途中で絢音がAIオーケストラを重ねてみせた。
鍵盤を弾きながら、背後で仮想の交響楽団が薄く立ち上がる。
曲芸みたいだった。
「毎回思うけど、何それ」
ユイナが言う。
「楽器」
絢音は真顔で返す。
「楽器の概念がでかい」
カイがぼそっと言う。
ルナはその音を聞きながら、少しだけ不思議な気持ちになる。
AIも使う絢音。
アコギ一本で弾き語る自分。
やっていることは、たぶん対極だ。
でも音楽を求めている方向は、そこまで違わないのかもしれない。
「ルナのアコギってさ」
絢音がふいに言う。
「うん」
「ずるいよね」
「悪口?」
「違う」
絢音は少しだけ笑う。
「私、たぶんそういう真っ直ぐさ、自分では作れないから」
その言葉に、ルナはうまく返せなかった。
絢音は何でもできるように見える。
理論も技術もある。
AIすら楽器みたいに使う。
でも、その絢音が自分の弾き語りを羨ましいみたいに言う。
それは、ルナにとって少しだけ救いだった。
足りないものばかり見ていたけれど、
自分にしかないものも、ちゃんとあるのかもしれない。
夜、スタジオを出る頃には、
Together We Rise はまだ半分くらいの形だった。
でも半分あれば、たぶん十分だ。
前みたいな“全部出ない”苦しさではない。
今はちゃんと、途中にいる。
それはきっと、悪いことじゃなかった。