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第17章|音楽は自由

    正しいことを言われるより、
    見抜かれる方がずっと困る。
    しかもそれが、少しだけ憧れている相手だったりすると、人はだいたい、変なタイミングで黙ってしまう。


    福岡の夜は、思っていたより風があった。

    ライブハウスの裏口を出ると、海の方から湿った空気が流れてくる。
    壁際には、さっきまで照明を浴びていたケースやスタンドが無造作に立てかけられていた。

    今日のライブは悪くなかった。

    客も入っていた。
    反応もあった。
    Ghostedも、少しずつ育っている。

    それなのに、ルナの胸の奥には、まだ少しだけ空白が残っていた。

    終演後のざわめきから少しだけ離れた場所で、
    ルナはペットボトルの水を飲みながら、なんとなく空を見ていた。

    「やっぱりいると思った」

    振り向くと、渚がいた。

    ギターケースを肩にかけたまま、いつもの調子で立っている。
    自然体なのに、妙に目立つ。
    そういう人はたまにいる。

    「何が」
    ルナが聞く。

    「こういうとこに一人で立ってるやつ」

    渚は笑う。
    軽い口調なのに、逃げ場が少ない。

    「打ち上げ行かないの?」
    「行くよ。ちょっとだけ空気吸ってる」
    「それ、だいたい悩んでる人の言い方」

    ルナは少しだけ眉を寄せる。

    「……そんな顔してた?」
    「してる」

    即答だった。

    渚は隣の壁にもたれた。
    距離は近すぎない。
    でも、話を終わらせるには少しだけ近い。

    しばらく沈黙があった。

    ライブハウスの裏口って、たいてい世界の表側から少しだけ外れている。
    歓声はもう遠い。
    でも、完全に静かではない。
    その半端さが、こういう話にはちょうどいい。

    「今日も良かったね」
    渚が言う。

    「ありがとう」

    「でも、ルナはあんまり嬉しそうじゃない」

    ルナは返事をしなかった。

    違う、と言うのは簡単だ。
    でも、それを言ったところで、たぶんこの人には通じない。

    「……そんな分かりやすい?」
    「うん」

    渚はあっさり言う。
    その“うん”が、少し腹立たしくて、少し助かる。

    「最近、書けないんだよね」

    気づけば口にしていた。

    誰にも言っていないわけじゃない。
    でも、こういう形でちゃんと言葉にしたのは初めてだった。

    渚は、そこで驚かなかった。
    最初から知っていたみたいに、ただ頷いた。

    「そりゃそうでしょ」
    「え」

    「五人になって、景色変わったじゃん」
    渚は言う。
    「音の選択肢、増えたでしょ。できることも増えたでしょ。その状態で前と同じ書き方できる方が変だよ」

    ルナは少しだけ黙る。

    慰められると思っていたわけじゃない。
    でも、ここまで当たり前みたいに言われると、
    逆に少しだけ楽になる。

    「でもさ」
    ルナは言う。
    「できること増えたのに、私だけ減ってる感じがする」

    それが、一番近かった。

    五人のSlowRushは強い。
    カイは想像よりずっと前に出るし、
    絢音は想像よりずっと深く音楽を持っている。
    ユウは全部を回して、ユイナは全部を前に押す。

    その中で、自分だけが少しずつ薄くなるような感覚。

    フロントマンのくせに、言いたくない種類の不安だった。

    「それ、たぶん逆だよ」
    渚が言う。

    「逆?」
    「薄くなってるんじゃなくて、見えるようになってる」

    ルナは目を上げる。

    「三人の時ってさ、ルナが全部やってたでしょ」
    渚は続ける。
    「ギターも、歌も、曲も、勢いも。だからルナが強く見えるの、当たり前だった」

    「……今は?」
    「今は、みんな強い」
    渚は少しだけ笑う。
    「だから初めて、ルナが“ルナ自身”で立たなきゃいけなくなってる」

    風が少し吹く。
    渚の髪が揺れる。

    ルナは、その言葉の意味をゆっくり考えた。

    “ルナ自身”で立つ。

    それはたぶん、今まで一番避けていたことだ。
    ギターや曲や勢いにまぎれて、
    どうにか前に出てきた。
    でも今は、そういう言い訳が少しずつ効かなくなっている。

    「音楽ってさ」
    渚が言った。

    ルナは顔を上げる。

    「いつだって自由だよ」

    その言葉は、思っていたより静かだった。

    もっと強い口調で来るかと思っていた。
    もっと正論っぽく。
    でも違った。

    ただ、当たり前のことを言うみたいに、渚はそう言った。

    「勝手に縛ってるの、自分じゃん」
    「……」

    「五人になったからこう書かなきゃ、とか。前より成長しなきゃ、とか。ライブでウケる曲じゃなきゃ、とか」
    渚は壁にもたれたまま、少しだけ肩をすくめる。
    「そういうの、全部あとでよくない?」

    ルナは笑えなかった。
    たぶん図星だったからだ。

    「でも、それじゃ無責任じゃない?」
    「誰に対して」
    「バンドとか、客とか」

    渚は少しだけ考えてから言う。

    「じゃあ聞くけど、ルナが一番最初に音楽やった理由って、責任だった?」

    返事ができない。

    責任なんて、そんな立派なものじゃなかった。
    もっと勝手で、もっと衝動だった。
    ただやりたかっただけだ。
    ただ鳴らしたかっただけだ。

    「楽しいからじゃない?」
    渚が言う。
    「たぶん、それで十分だよ」

    その言葉が、思っていたより深く刺さる。

    ルナは、少しだけ視線を落とした。

    絢音の理論。
    カイのフレーズ。
    ユウの計算。
    ユイナの戦略。
    それら全部を見ているうちに、
    自分も何か正しい形にならなきゃいけない気がしていた。

    でもたぶん、
    最初からそんなものは持っていなかった。

    あるのは、ただ歌いたい、だけだった。

    「ルナってさ」
    渚が言う。

    「うん」

    「ステージで一番、物語がある」

    ルナは少しだけ顔を上げる。

    「何それ」
    「そのままの意味」

    渚は笑う。

    「絢音はすごいし、カイも強いし、ユウもユイナもちゃんと見えてる。けど、結局みんなルナを見るよ」
    「それ、いい意味で?」
    「うん」
    「なんか雑」
    「細かく言うと照れるから」

    やっと、ルナは少しだけ笑った。

    その笑い方を見て、渚も少しだけ安心した顔をする。
    たぶん、そこまで全部計算していない。
    でも、人を助けるのがうまい人の顔だった。

    「……ありがと」
    ルナが言う。

    「どういたしまして」
    渚はギターケースを持ち直す。
    「まあ、まだすぐ書けるようにはならないと思うけど」

    「ひどい」

    「だって本当だし」
    渚はあっさり言う。
    「でも、書けない時期ってだいたい吸ってる時だから。止まってるように見えても、ちゃんと中に入ってる」

    その言い方が、妙に残った。

    吸ってる時。

    書けないのは、空っぽだからじゃなくて、
    何かを取り込んでいる最中かもしれない。

    そう思うだけで、少しだけ世界がましに見える。

    「まだ考えすぎてるでしょ」
    渚が言う。

    ルナは少しだけ眉をひそめた。
    「そんな顔してた?」

    「してた」
    渚はあっさり言う。
    「ちゃんと前に出てるのに、自分でブレーキかけてる感じ」

    ルナは少し黙る。

    図星だった。
    だから少しだけむっとする。

    「……じゃあ、どうすればいいの」
    とルナが言う。

    渚は少しだけ笑った。

    「言ったでしょ、自由でいいんだよ。考えすぎないこと」

    ルナは一瞬だけ黙って、それから少し笑った。

    「それ、いちばん難しい」
    「知ってる」

    渚は頷いて、先に歩き出した。

    その背中を見ながら、ルナは少しだけ深く息を吸う。

    風の匂い。
    アンプの残り香。
    ライブ終わりの夜の湿度。

    すぐに答えが出るわけじゃない。
    曲が急に書けるわけでもない。

    でも、胸の奥のざわつきに、初めて少しだけ名前がついた気がした。

    縛っていたのは、自分だ。

    その事実は、少し痛い。
    でも、だからこそ、自分でほどけるのかもしれない。


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    総目次|SlowRush

     
     
    📘 Novel × 🎵 Music × 🎥 MV すべてAIで創り続けるプロジェクト。 小説「Parallel Lights」を元にした楽曲 『Before the World…』を公開中。 小説・作詞・作曲・アレンジ・MVをSuno / Sora2 / Canva など

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