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第8章 | ふたりの境界

    未来を忘れた世界で、未来を覚えている少女が写真を求めた。
    映ったのは、誰も知らないはずのドームと、そこに立つ三人の光景。
    世界はときどき、誰か一人の違和感をきっかけに軌道を修正しようとする。
    そしてその調整役に選ばれるのは、たいてい、本人に自覚のない人間だった。


    ――2040年/渋谷のデジタルスタジオ

    スタジオのソファの横に、場違いな座布団が置いてあった。

    「なあルナ。言っとくけど、普通のレコーディングスタジオに座布団は置かないんだよ」

    照人が言うと、ルナはモニター前の床に正座しながら、アイスをほうばっている。

    「え。こういうのあったほうが落ち着かない? ほら、音楽って姿勢大事だし」

    「……それは初耳だな」

    照人はため息をつきながら、パソコンの前に戻る。
    32歳になった彼は、ようやく音楽で食べられるようになった。
    編曲と作曲の仕事が増えたことで、この小さなデジタルスタジオを借りたのだ。

    モニタースピーカー、オーディオインターフェース、シンセやギター。
    一式そろえた機材の中で、一番古いのは壁に掛けられた一眼レフカメラだった。

    そんな秘密のつまったスタジオに、
    なぜか座布団だけは後から勝手に増えた。
    犯人は言うまでもなく、床の上の少女である。

    「でさ、照人」

    アイスの棒をゴミ箱に放り込みながら、ルナが言った。

    「最近アオサギの話題が全然出てこなくない?」

    照人はマウスを動かす手を止めた。

    「いや、知らないな」

    本気で首を傾げている。
    仕事柄、そこそこバンド名には明るいほうだ。

    ルナは笑おうとして、頬の筋肉が途中で止まった。

    「……マジで?」

    胸の奥で、嫌な予感が膨らむ。

    あの日の違和感が、ようやく言葉になった。
    テレビをつけても、SNSを見ても、「アオサギ」の影がどこにもない。

    誰の記憶にも残っていない。

    「ねえ照人、写真撮って」

    唐突に言われて、照人はカメラを取った。

    「また変な思いつきか?」

    「うん。ちょっと確認したいことがあるだけ」

    照人は慣れた手つきでカメラを構えた。
    ファインダー越しのルナは、何かを決意してるようにも見えた。

    シャッターの音が鳴る。

    その瞬間、モニターに転送された写真に──照人が眉を寄せた。

    「……おい、これ、なんだ?」

    ルナもモニターを覗き込む。

    そこに映っていたのは、
    巨大なドーム。満員の観客。スポットライトの中心で演奏する三人組。

    白いテレキャスターの少女。
    スティックを振り上げる長髪の青年。
    センターで歌うベースの少年。

    ルナは息を呑んだ。

    (……あった。やっぱり、あったんだ)

    照人はすかさずプリントする。

    ルナはその写真を受け取るとペンを取り、裏にこう書いた。

    「Aosagi 2038.11.15」

    ルナが写真をひっくり返しながら言った。

    「ちゃんと聞いときたい。照人さんの、その“変な才能”の話」

    照人は椅子に座り直し、腕を組んだ。

    「ざっくり言うとだな──」

    ルナがソファに座り直す。
    照人はデスクチェアに腰を下ろし、腕を組んだ。

    「俺の能力の話になるけどな。
     簡単に言えば“頭で想像した現実で起こり得る世界線が写る”んだ」

    「ああ。“アオサギがちゃんと続いてたら”とか、“あの三人の行きつく先”とか、
     そういう大雑把なイメージだ。」

    淡々と話す照人の声には、諦めと慣れが混ざっていた。

    「写った瞬間は未確定だ。
     だけど──写真を“誰かが認識した時”、未来がそっちに寄っていく。
     見られることで、可能性が一つに収束するわけだ」

    「へえ。じゃあ、この写真を私たちが認識したから世界線が変わる?」

    「 今見ても意味はない。
     過去はもう変わらないからな」

    ルナは写真を抱きしめた。
    その目は迷いがなかった。

    「じゃあさ。過去にタイムスリップしてこの写真を見せれば世界線を戻せるって事は?」

    「いや、ルナ。理論的には変わると思うけど、タイムスリップは俺の能力じゃない。
     未来が変わるだけで、過去には戻れ……」

    言い終える前に、ルナはにかっと笑った。

    「前も照人の写真で私はタイムスリップした。
     歴史に矛盾が起きたらタイムスリップ出来るんじゃない?
     たぶん今回も行ける」

    「いや、“たぶん”で過去に飛ぶなよ」

    「大丈夫だって。照人、前も驚いてたじゃん。
     案外、私って世界に好かれてるのかも」

    照人は頭を抱えた。

    だが、ほんの少し。
    ほんの、ほんの少しだけ。

    (……もしかしたら、本当に行くのかもしれない)

    そんな気がした。

    あれは2036年、私はAosagiとライブをした。ツアーファイナルツーマン「Re:Light」。
    誰の記憶になくても私は忘れない、忘れられるわけがない。

    「照人くん!その時の写真を写して!」
    「その写真を見ればタイムスリップ出来ると?」

    「あの日の写真を写して。
     アオサギとSlowRushのツーマン──『Re:Light』。
     2036年、ツアーファイナルのステージ」

    「それを見て、また飛ぶつもりか」

    「うん。今回は“自分のため”じゃない。
     アオサギに未来を返しに行く」

    言い切る声には、変な明るさがあった。

    照人はしばらく黙り、カメラに手を伸ばす。

    (2036年。Re:Lightツアーファイナル。
     アオサギと、ステージに立つルナ)

    頭の中で、その夜の空気をなぞる。
    自分はその場にいなかったはずだが、
    ルナの語りと、いくつかの写真から構築した“イメージ”がある。

    シャッターを切る。

    プリントされた一枚には、
    光の中で歌う四人の姿が写っていた。

    センターでマイクを握るルナ。
    その隣でベースを構えるノエル。
    後方で笑いながらスティックを振るリアム。
    そして同じステージの端でギターを鳴らす渚

    「……これだ」

    ルナの声が少し柔らかくなる。

    「これが、私の知ってる“アオサギがちゃんと生き延びた世界”」

    ルナが写真を両手で持つ。
    「この一枚をトリガーにして飛ぶ。」

    照人は頭を掻いた。
    「理屈としては、まあ……きれいにまとまってる。問題はひとつだけだ」

    「なに?」

    「本当に飛ぶかどうかだよ。
     俺としては、過去を改変する能力は無いのだけど」

    ルナはニッと笑った。

    「大丈夫。世界、割と私に甘いから」

    「その自信の根拠が一番怖いんだよ」

    そう言いながらも、照人のどこかはもう観念していた。
    ルナはいつもそうだから。
    願い事は自分の手で切り開いていく。
    今回も最初から、半分くらいは信じている。
    だからこそ、止めきれない。

    ◇

    ルナは立ち上がり、座布団の真ん中に立った。

    2036年の写真を胸の高さに掲げる。

    「じゃあ、行ってくる」

    「おい。戻って来れる保証は──」

    「ないね。でも、まあなんとかなるでしょ」

    本当にそう思っている顔だった。

    「それに、向こうにも照人さんいるし」

    「俺に丸投げするな」

    軽口を交わしながらも、
    照人の胸のあたりは、ぎゅっと固くなっていた。

    ルナは深呼吸をひとつしてから、写真をじっと見つめる。

    光の粒。
    音の波。
    ステージの熱。
    観客のざわめき。

    “自分がそこにいた”という確かな記憶と、
    “今ここにいないアオサギ”という矛盾が、
    視界の中でかちりと噛み合う。

    スタジオの空気が、ほんの少しだけ揺れた。

    照人の耳が、気圧の変化みたいな違和感を捉える。

    「……ルナ?」

    呼びかけた瞬間、
    視界の端で何かがめくれたような感覚があった。

    まるで古い本のページを一枚めくるみたいに、
    空間の“表面”が裏返る。

    次の瞬間には、
    そこにいたはずのピンク髪の少女の姿が消えていた。

    座布団だけが、その場に取り残されている。

    照人はしばらく口を開けたまま固まり、それから大きく息を吐いた。

    「……マジかよ」
    「世界、やっぱりお前に甘くないか?」

    照人はしばらくその空間を見つめ、
    静かに、言葉を落とした。

    「……頼んだぞ。戻ってこいよ。」

    スタジオのモニターにはまだ、
    アオサギのドームの光が淡く残っていた。


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    総目次|SlowRush


     
     
    📘 Novel × 🎵 Music × 🎥 MV すべてAIで創り続けるプロジェクト。 小説「Parallel Lights」を元にした楽曲 『Before the World…』を公開中。 小説・作詞・作曲・アレンジ・MVをSuno / Sora2 / Canva など

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