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第30章|ひとりじゃない歌

    絢音のコンクール優勝をきっかけに、外からの視線が一気にSlowRushへ流れ込んでくる。
    Ghosted のPVを急いで形にする中で、ルナは自分たちの歌がもう“ひとりの歌”ではなくなっていることに気づく。
    Together We Rise は、ファンだけではなく、仲間も含めて届く曲へ変わっていく。


    東京に戻ってからの数日は、空気の流れ方が少し変だった。

    忙しいのは前から同じだ。
    練習もある。連絡もある。決めることはむしろ増えている。
    けれど今は、その全部とは別に、もう一つ流れているものがあった。外から来る視線だ。
    絢音の優勝から二日。外からの視線は、もうSlowRushへ流れ始めていた。

    コンクール優勝は、思っていたよりずっと大きく広がった。

    史上最年少。
    国際的なグランプリ。
    白石蒼の娘。
    本人がいちばん好きじゃなさそうな肩書が、景気よく並ぶ。

    その次に来たのが、ネットのいつもの速さだった。

    その子、バンドやってるらしい。

    そこから、SlowRush の名前が別の場所へ流れ始める。

    広島のライブ切り抜き。
    Ghosted の断片。
    Shining in the Dark のサビ。
    絢音の鍵盤が入る瞬間。
    ルナの声が抜ける瞬間。

    知らない誰かが、知らない誰かを連れてくる。
    そういう増え方だった。

    スタジオに入るなり、ユウは機材より先にスマホを机へ置いた。
    ノートも一緒だ。完全に“数字を見る人間”の顔をしている。

    「また増えた?」
    とルナが聞く。

    「増えた」
    「どれくらい」
    「“ちょっと動いた”では済まないくらい」

    ユイナがすぐ反応する。

    「うわ、現実」
    「その雑な要約やめろ」
    「でも現実でしょ」

    カイは壁際でギターケースを開きながら言う。

    「コメント欄、変わってきてる」
    「どう変わった?」
    とルナが聞く。

    カイはスマホをそのまま見せた。

    最初の方は、予想通りの反応だった。

    天才ピアニストの子ってこの人?
    クラシックの人がバンドやってるの面白い
    ピアノすご

    でも、その少し下はもう違っていた。

    ボーカルの子、気になる
    声めっちゃいいな
    ピアノ目当てで来たけど、ボーカルに持ってかれた
    Ghosted フルで見たい
    ライブ行きたくなった

    ルナは少しだけ黙る。
    自分の話だと分かるまで、一拍かかった。

    「……あ」
    「でしょ?」
    とユイナが言う。
    「絢音入口で入ってきた人、今ルナに流れてる」

    絢音はその横で、本当に何でもない顔で鍵盤の準備をしていた。

    「本人がいちばん平常なの何なんだろうね」
    とユイナが言う。

    「ニュースはニュースだし」
    と絢音はさらっと言う。
    「私の目指す先はコンクールじゃないから」

    その言い方が、いつものように当たり前すぎて、逆に少し強かった。

    「で」
    とユイナが手を叩く。
    「問題はここから」

    「何が問題?」
    とユウが聞く。

    「Ghosted のちゃんとした映像がない」
    ユイナは即答した。
    「今この流れで、“フルで見たい”が増えてるのに、切り抜きしかないのはもったいない」

    ユウが眉を寄せる。

    「ただでさえやること多いんだけど」
    「あるよ」
    ユイナは平然と答える。
    「でも今の流れ逃したら、あとで絶対悔しい」

    カイが少しだけ興味を持った顔になる。

    「どう作るつもり」
    「映像はAIで何とかする」
    「雑だな」
    「でもお前ならできるでしょ」
    「できるかどうかで言えば、まあ」

    その返事がもう半分やる気の声だった。

    ユイナはすぐに絢音を見る。

    「Ghosted のPV音源、作れる?」
    「今から?」
    「今から」

    絢音は少しだけ考えた。
    考えた、というより、必要な手数を頭の中で並べた顔だった。

    「完全版じゃなくて、刺さる版ならいける」
    「好き」
    とユイナが言う。
    「そういう言い方が好き」

    それで決まった。

    絢音はその場で鍵盤に向かう。
    原曲の輪郭は残す。
    でも、ただ綺麗にするんじゃない。
    今までのライブ音源を並べて、編集と合成を重ねていく。

    カイは隣で、もう映像の骨組みを組み始めていた。

    雨。
    夜の道路。
    白い街灯。
    揺れるネオン。
    消えかける影。
    Ghosted の、触れられそうで触れられない質感。

    「本人に寄せすぎると逆に変になる」
    とカイが言う。
    「じゃあどうするの」
    「輪郭だけ借りる」
    「賢い」

    ユウは呆れた顔をしながら、最後まで止めなかった。
    止めないということは、つまり半分認めているのだと、ルナは知っている。

    結局、PV は思っていたよりずっと早く形になった。

    完成と言い切るには粗い。
    でも、今の流れに間に合わせるには十分だった。
    絢音の弦楽器が Ghosted を少しだけ別の曲にしていた。原曲より映画みたいで、それでも感情の芯は消えていない。
    カイの映像は、現実のライブ映像ではないのに、妙に今のルナの空気を掴んでいた。
    まるで最初から、このタイミングに間に合わせる前提で全部が組まれていたみたいだった。

    「……普通にいいじゃん」
    とルナが言う。

    「普通に、って何」
    とユイナが言う。
    「いや、思ったよりずっと」
    「だから最初から言ってる」

    その軽口のあとで、スタジオは少し静かになった。

    ルナはノートを開く。
    Together We Rise は、もうほとんど出来上がっていた。
    でも最後の一行だけが、まだ少し定まらない。

    ありがとう、だけでは足りない。
    ファンだけに向けるのでも、少し違う。
    もっと広いのに、ちゃんと近い言葉が欲しかった。

    「最後、どうするの?」
    とユイナが聞く。

    ルナは少し迷ってから、ノートを見せた。

    SlowRushと君と、ここまで来た

    一瞬だけ、空気が止まる。

    最初に口を開いたのは、ルナだった。

    「これ、絢音の真似」
    と、わりとあっさり言う。

    ユイナが少し笑う。
    「言い切るんだ」
    「うん」
    ルナは頷く。
    「Blazing Horizon の、“SlowRushと共に歌う”ってとこ。あれ、ずっと残ってた」

    「いいなって思ったんだよね」
    「バンド名なのに、ただの名前じゃなくて、今ここにいる人たちのことに聞こえたから」

    一度、息を置く。

    「だから真似した。でも、私は“ここまで一緒に来た”って言いたかった」

    カイが静かに聞く。
    「どう違うの」

    「ファンも、今のバンドも、その全部を含めて」
    ルナはノートに目を落としたまま言う。
    「いろんな人がいたから、今ここなんだって言いたかった」

    言い終わると、少しだけ静かになる。

    絢音が小さく頷く。
    「それは、ちゃんとルナの言葉だね」

    「褒めてる?」
    とルナが言う。
    絢音はノートを見たまま、少しだけ口元を緩めた。
    「かなり」

    ユイナがそこでやっと笑う。
    「いいじゃん」
    「うん」
    とカイも言う。
    「真似したって言いながら、全然そのままじゃないし」

    ユウも短く頷いた。

    「今の曲には合ってる」
    その言い方が、いちばん効いた。

    ルナは少しだけ肩の力を抜く。

    真似したのは本当だ。
    でも、借りたかったのは言葉そのものじゃない。
    バンド名を、ただの固有名詞じゃなくて、今ここにいる全員の温度に変えるやり方だった。

    その上で、この一行はちゃんと自分のものになっていた。

    「じゃあ、そこ込みでもう一回」
    とユウが言う。

    カウント。
    Together We Rise が鳴る。

    ルナの声が真ん中にあって、その周りを四人の音が支える。

    いや、支えるだけじゃない。
    引っ張る。
    押し出す。
    少し先へ行って、また戻ってくる。

    サビ。

    Together we rise, ありがとう
    君と僕の声が響く

    歌いながら、ルナは思った。

    これはもう、ひとりの歌じゃない。
    ファンだけの歌でもない。
    仲間の歌で、今の自分たち全部の歌だ。

    曲が終わる。

    少し長めの沈黙のあとで、絢音が言った。

    「届く」
    ユイナが笑う。
    「うん。ライブで強いね」
    「ちゃんと今の曲だ」
    とユウが短く言う。

    その言葉が、ルナにはいちばんうれしかった。

    良い曲、より、今の曲。
    たぶん今は、それがいちばん大事だった。

    夜、練習が終わったあとも、東京の光は相変わらず忙しそうだった。
    でも、自分たちの方もそれなりに忙しい。

    Zephyr Tokyo が近い。
    絢音のニュースの余波も、まだ続いている。
    Ghosted のPVも、思ったより遠くへ飛びそうだ。
    そしてこの曲は、これから客席の中で本当に意味を持つかどうかが決まる。

    怖い。
    でも、前みたいに怖いだけではなかった。

    今なら、ちゃんとその場所まで行ける気がした。


    次の話へ

    総目次|SlowRush

     
     
    📘 Novel × 🎵 Music × 🎥 MV すべてAIで創り続けるプロジェクト。 小説「Parallel Lights」を元にした楽曲 『Before the World…』を公開中。 小説・作詞・作曲・アレンジ・MVをSuno / Sora2 / Canva など

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