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第7章|青のまえに

    決勝進出の知らせを待つ、ただの夏の午後。
    ほんの少しだけ外に出たくなった、その瞬間。
    いつも通りの三人が、いつも通りじゃない流れの中で、
    知らないうちに「別の未来」へ踏み出していた。


    ――2033年7月29日/島のスタジオ

    その日の午後、
    ノエルは「なぜ自分が川沿いに立っているのか」を思い出せずにいた。

    足元の草は踏み荒らされ、
    Tシャツの裾とジーンズは、乾ききらない水を含んで肌に張りついている。
    息が切れている。
    心臓が、必要以上に早く打っている。

    理由は分からない。

    ただ――
    目の前に、渚がいる。

    生きている。
    それだけで、胸の奥がぎゅっと縮んだ。

    「……渚」

    名前を呼ぶと、
    彼女は少し遅れてこちらを見た。

    濡れた前髪。
    泥のついた手。
    けれど、確かに立っている。

    「……大丈夫?」

    自分でも驚くほど、声が掠れていた。

    渚は一度だけ瞬きをしてから、小さく頷く。

    「うん。……ちょっと、びっくりしただけ」

    胸の奥が、理由もなくざわついた。

    何かを見た気がするわけでもない。
    失った記憶があるわけでもない。

    ただ、
    「遅れていたら嫌だった」
    その感覚だけが、強く残っている。

    考えようとした途端、
    その感覚は、指の間から零れるみたいに消えた。

    少し離れた場所で、子どもが泣いている。

    「だいじょうぶだぞー」

    そう声をかけていたのは、リアムだった。

    いつもなら、人と距離を取るくせに。
    今はしゃがみ込んで、子どもの目線に合わせている。

    「ほら、血、出てない。
     ちょっと擦っただけだ」

    子どもの膝を確認してから、
    自分のTシャツの裾で、そっと泥を拭ってやる。

    「……怖かったな」

    その声は、驚くほど柔らかかった。

    子どもが嗚咽混じりに頷くと、
    リアムは一度だけ、頭をぽんと叩いた。

    「もう大丈夫。
     ちゃんと、戻れるから」

    その様子を見て、
    ノエルは胸の奥が少しだけ緩むのを感じた。

    その安心感と同時に、
    また理由の分からない寒気が背中を撫でた。

    気づけば、周囲には人が集まっている。

    南風ストアのおばちゃん。
    港で見かける漁師。
    近所の民宿の主人。

    誰かが言っている。

    「不審者が出てるって話だったからな」
    「川のほう行ったって聞いて」
    「子どもが流されたって?」

    島全体が、ぴんと張りつめていた。

    ノエルは、その光景を見て、
    自分がここへ来た理由を思い出す。

    ――そうだ。

    南風ストアのおばちゃんの声。

    「最近ね、変なよそ者がうろついてるのよ。
     大きい荷物背負って、川のほうまで行ったって」

    それを聞いたとき、
    胸の奥が、理由もなくざわついた。

    渚の顔が浮かんだ。

    だから、追いかけた。

    (……そこまでは覚えてる)

    なのに。

    川に入った記憶は、曖昧だ。
    どこまで近づいたのかも、よく分からない。

    ただ、
    走ってきたことだけは覚えている。

    「……ノエル?」

    渚の声で、現実に引き戻される。

    彼女が、少し不安そうにこちらを見ていた。

    「……ほんとに、大丈夫?」

    その問いかけに、
    ノエルの胸が、また強く締めつけられた。

    もしここに来ていなかったら――
    そんな想像だけが、頭の奥で何度も繰り返される。

    「……平気」

    ノエルは、精一杯普通の声で答えた。

    「渚が無事なら、それでいい」

    必要以上に、何度も渚の顔を確かめてしまう。

    自分でも、少し過剰だと思う。
    けれど、なぜか目を離せなかった。

    「戻ろう」

    リアムが立ち上がりながら言う。

    「この人数だし、
     もう大丈夫だろ」

    子どもは大人に抱えられ、
    周囲の緊張も少しずつほどけていく。

    「……これさ」

    リアムは、川ではなく空を見た。

    「誰かが触った音がする」

    ノエルが眉をひそめる。

    「は?」

    「世界のほう。
     ズレたままじゃなくて、
     “直された”感じ」

    リアムはそれ以上説明しなかった。
    説明できないことを、自分でも分かっていたからだ。

    三人で、土手を上がる。

    夕方の光が、川面をオレンジ色に染めていた。

    穏やかで、
    何事もなかったみたいな夏の景色。

    なのにノエルは、
    この光景を「知っている気がしてならなかった」。

    ⸻

    スタジオに戻ると、
    リアムのスマホが小さく震えた。

    「……来た」

    画面を三人に向ける。

    そこには、短い一文。

    「全国高校バンドオーディション決勝進出、おめでとうございます。」

    渚は、しばらく画面を見つめていた。

    そして、ゆっくり息を吐く。

    「……行こう」

    「最後まで。三人で」

    ノエルは、少し遅れて頷いた。

    「……ああ。アオサギで」

    リアムもいつもの調子で言った。

    「やっと音、合ったしな」

    三人の間に、
    短い沈黙が落ちる。

    それは終わりの気配ではなく、
    “本来なら終わっていたはずの続きを生きている”
    という感触だった。

    この日、
    川で何が起きたのか。

    誰が、どこまで踏み込んだのか。

    その答えは、
    世界のどこにも残らなかった。

    ただ、
    渚が生きている。

    それだけが、
    夏の午後に確かに存在していた。

    ――青の、その先へ。


    次の話へ

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    📘 Novel × 🎵 Music × 🎥 MV すべてAIで創り続けるプロジェクト。 小説「Parallel Lights」を元にした楽曲 『Before the World…』を公開中。 小説・作詞・作曲・アレンジ・MVをSuno / Sora2 / Canva など

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