
第8章|星の降る夜に
祭りの終わりとともに、町が静寂を取り戻していく夜。
星が降るような空の下で、ルナは“最後の答え”を照人へ残す。
そしてふたりは、決して消えない記憶として結ばれていく。
祭りの喧騒がゆっくりと収束していく。屋台の明かりが一つ、また一つと消え、境内には名残惜しい余韻が漂っていた。
夜空は澄み渡り、花火の煙も風に流されていく。代わりに、無数の星々が広がり始めていた。
「すごい……」
ルナが照人を連れて境内裏の小道に入ると、そこは町の灯りから外れた小さな丘だった。草の匂い、土のひんやりした感触が足元に伝わる。
ふたりは並んで腰を下ろし、星を見上げた。まるで降ってくるような星々。流星群という言葉すら霞むほどの壮観だった。
「……まるで、空から星が落ちてきてるみたいだ」
照人のつぶやきに、ルナは微笑んだ。
「“星屑の雨”。そんな感じだよね」
その横顔は、この町でも、この時代でもない、どこか遠い場所を見ているようだった。
「来て、よかった」
ルナがぽつりと言う。
「なにもかも完璧だった。人も、空気も、音も……照人も」
「俺?」
「うん。君に会えたことが、全部のきっかけだった気がするから」
「……なんか、変な言い方」
「そうかな。でも本当にそう思ってる」
ふたりはしばらく並んで空を見ていた。深い夜が音を吸い込む。
流星がひとつ、またひとつ、光の尾を引いて横切る。
「未来に帰るの?」
照人の声は自然だったが、抑えきれない感情が滲んでいた。
ルナは小さく目を細める。
「……うん」
静かで、揺らぎのない答えだった。
風が吹き、髪が揺れ、世界の輪郭が遠のくようだった。照人は言葉を失う。
「……いつか、また会えるかな」
風に溶けるような声だった。
ルナは答えず、少し俯いて笑った。その笑みは、言葉より強い“確信”を宿していた。
「大丈夫。きっとまた――会えるよ」
それは慰めではなく、真実だった。
空にまた星が流れる。ルナはその軌道を追っていた。
照人は、その横顔から目を離せなかった。もう手の届かない距離にいると分かっていても。
今見ている光景は、夢の中のようだった。この空も、この星も、彼女が去ることを優しく告げているようで。
最後の星がふたりの間を弧を描くように流れた。
「……ありがとう」
ルナは小さく微笑む。
「ネットにも載せてない。誰にも見せてない。あの写真、全部……俺の中にしまってある」
照人の言葉に、ルナは息を吐いた。何かが終わったことを、その一言が示していた。
「……これで、矛盾は、もう起きない」
「矛盾?」
照人が問い返すと、ルナは静かに首を振る。
「ううん、なんでもない。……ここまで来られてよかった。あなたに会えて、本当によかった」
その瞬間、風の向きが変わった。星が強く瞬き、空気が波打つように揺れる。
照人は立ち尽くした。世界がわずかに歪む。
ルナの姿が、光の粒に溶けるように揺らぎはじめる。
「……ルナ?」
「大丈夫。これは……元に戻るだけ。あなたが“記憶”として残してくれたから」
彼女の声は柔らかく、遠くから響くようだった。
「また……会えるよ」
最後にそう言ったとき、ルナの姿は風に乗って星の方へ消えていった。そこには、もう誰もいなかった。
照人は、何も言えなかった。
*
夜が明けはじめ、東の空が白む。鳥たちが一斉に声を上げる。
境内は昨日の喧騒が嘘のように静まり返っていた。夢の余韻だけが薄く漂っている。
照人はひとり立ち尽くしていた。
石畳にはルナの足音も声も残っていない。けれど、彼女の気配だけが風の中にまだあるような気がした。
「……また、会おうな」
それは誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
彼女はもういない。
だけど照人の中には、確かに“いた”。
流れた星も、ギターの音も、花火の光も、交わした言葉も。すべてが胸に焼きついていた。
空が少しずつ青く染まっていく。新しい一日が始まる。
照人は空を見上げた。
あの夏を、胸にしまったまま。