
第7章|星屑の舞台
夏祭り当日、町じゅうが熱気と期待に満ちていく。
ルナは“終わり”を予感しながらも、静かに舞台へ歩き出す。
花火が夜空を染めた瞬間、ひとつの答えが胸に灯った。
蝉の声が遠く反響し、山の木々を揺らす風が心地よい。祭りの喧騒が嘘のように、ふたりだけの静かな空間が広がっていた。
「……今日、めっちゃ人来そうだね」
照人が言うと、ルナはふっと笑った。
「神社の人が言ってたよ。例年以上に集まりそうだって。天気も完璧だし、花火もあるし」
照人は頷き、スマホの画面を見せた。昨日撮った写真。ギターを弾くルナと、ぼやけた提灯の光。
「……いい写真だと思うんだ。空も綺麗だったし、君の顔も」
ルナは一瞬だけ覗き込み、すぐに視線を伏せた。
「それ……誰にも見せてないよね?」
「もちろん。ネットにも上げてない。言われたとおり」
「……ありがとう」
その声は、感謝というより安堵の気配を帯びていた。まるで大切な境界を守られたかのように。
照人は少し間を置いて、静かに口を開いた。
「……やっぱり何か隠してるよね、君」
ルナの指がぴたりと止まった。しかし否定も肯定もせず、そっと空を仰ぐ。
「隠してるっていうか……言う必要がないだけ、かも」
「たとえば?」
「んー、たとえば――この時代には“知られないほうがいいこと”って、案外たくさんあるんだよ」
その言い方に照人の胸がざわつく。まるで未来を知る者のような響きだった。
「……でもさ。俺が知りたいのは、君が“何者か”じゃなくて、今、何を思ってるかなんだよ」
ルナは一瞬目を見開き、そして笑った。その笑みにはかすかな哀しさと決意が混ざっていた。
「なら……ありがとう」
それ以上は追及できなかった。言葉にすれば壊れてしまいそうで。
沈黙のあと、ルナがつぶやいた言葉は、風に溶けるほど小さかった。
「……今日はね、何かを終わらせに来たんだと思う。きっと」
それが何を意味するのか照人にはわからない。しかし確かに“終わり”の予感だけが漂っていた。彼女がここにいられる時間には限りがある――そんな気配。
*
夕方。境内に戻ると、ルナは中高生たちに囲まれていた。
「昨日の動画、すごかったよ! めっちゃ拡散されてる!」
「今日のステージも絶対観るから!」
ルナは戸惑いながらも笑顔を返し、少し迷いながら言葉を選んだ。
「昨日ね、この町の人たちがすごく優しくて。私、ちっちゃい頃、この町に住んでたんだ」
「えっ、そうなん?」
「うん。だから懐かしくて……今日、もう一度あの頃の記憶に触れたくなったの」
少女たちは目を輝かせた。
「楽しみにしてるから!」
「絶対泣かせないでよー!」
ルナは笑って応えたが、照人にはその声の奥にわずかな震えが混ざっているのがわかった。
*
夜が降りるころ、ステージ前は人で埋め尽くされていた。屋台の灯り、提灯、そして星々が夜空に淡く輝く。
ルナはアコースティックギターを抱え、静かにステージへ上がった。
照人は少し離れた場所から見つめる。ざわめきが徐々に静まり、ルナは深く息を吸った。
「こんばんは。……今日は、聴いてくれてありがとう」
ギターの音が優しく夜気を震わせた。
少し切なくて、それでいて希望のあるメロディ。ルナの声は澄んでいて、どこか届かない場所に触れるようだった。観客たちは息をのんで聴き入る。
そして、最後のサビが終わる少し前――
夜空に花火が咲いた。
大きな音とともに光が広がり、空を彩る。今日という一日を締めくくるような鮮烈な光。
ルナは笑って、照人の方を一度だけ見た。その視線は、“ありがとう”にも“さよなら”にも見えた。
拍手の波が押し寄せ、花火が次々と夜空を染める中、照人は静かに思った。
――もう、終わるんだ。
だけどその終わりは、ただ悲しいだけのものじゃない。
彼女の歌が焼きつけた熱と光は、きっと消えずに残り続ける。