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第2章|コンビニ前の秘密基地

    次の日、ルナは半信半疑のまま同じ場所へ向かう。
    昨日だけの偶然だったのかもしれない。
    けれど渋谷の路地には、トウマがいた。ユイナが来た。ユウも、何も言わず現れた。
    誰も約束していないのに、気づけば四人の居場所ができていく。


    次の日、学校が終わってから、
    私はまっすぐ渋谷へ向かった。

    昨日のことが、ずっと頭から離れなかった。

    トウマの拍手。
    ユイナの手拍子。
    ユウの「悪くない」という、褒めているのか分かりづらい言葉。

    寝る前にも何度も思い返したし、
    朝起きてからも、あれは本当にあったことだったのか少し疑っていた。

    街でたまたま会っただけの人たちだ。
    明日もここ、と言ったのはユイナだったけれど、
    それが本当に“明日も会う約束”だったのか、
    十三歳の私はまだうまく信じきれなかった。

    だから、
    昨日の場所にトウマの姿を見つけたとき、
    胸の奥がふっと軽くなった。

    彼はセンター街から少し外れた路地で、
    イヤホンを片耳だけつけて踊っていた。

    昨日より動きが大きい。
    足元だけでリズムを刻んだかと思えば、
    次の瞬間には身体をひねって、
    空気の流れごと向きを変える。

    誰かに見せるためというより、
    止まっている方が不自然だから動いているように見えた。

    しばらくそのまま見ていると、
    トウマがこちらに気づいた。

    「来たな、ルナ!」

    イヤホンを外し、
    当然来ると思っていたみたいに笑う。

    「……いた」

    「そりゃいるよ。来るって言ってたじゃん」

    「トウマも“いるかも”って言っただけだった」

    「細かいなあ」

    彼は笑いながら、
    近くのコンビニを指さした。

    「飲み物いる?」

    「昨日ももらったし、今日はいい」

    「じゃあ俺が飲む分を二本買う」

    「それ、結局私の分も入ってるでしょ」

    「バレた?」

    そう言ってトウマは先に店へ入っていった。

    私はその背中を見送りながら、
    ギターケースの肩紐を握り直した。

    昨日より、少しだけこの街が怖くない。

    それだけで、
    ここまで来た意味があった気がした。


    トウマが戻ってきたのは、
    コンビニの袋を片手でぶら下げながらだった。

    「春だよ?」

    「夜はまだ冷える」

    「今、夕方だけど」

    「細かいなあ」

    同じやり取りを二回目みたいに繰り返しながら、
    私は受け取った缶を両手で包んだ。

    少し温かい。
    走って戻ってきたのか、
    袋の持ち手が片方だけ伸びている。

    「急いだ?」

    「ルナが帰ったら困るじゃん」

    何気ない口調だった。

    でも、
    その一言に返す言葉がすぐ出なかった。

    私は誤魔化すように缶のプルタブへ指をかけた。
    うまく開かずに手間取っていると、
    トウマがそれを取って、軽く開けて返してくる。

    「はい」

    「……ありがとう」

    「どういたしまして」

    そのタイミングで、
    後ろから軽い足音が近づいてきた。

    「何それ。もう差し入れ配ってるの?」

    ユイナだった。

    昨日と同じ制服に、
    同じスティックケース。
    でも今日は髪をゆるく結んでいて、
    走ってきたのか少しだけ息が弾んでいる。

    「ユイナ、遅い」

    「学校が遠いんですー。
     誰かさんみたいにこの辺に住んでないんで」

    「俺だって近所じゃない」

    「嘘。渋谷に飼われてるでしょ」

    トウマが笑い、
    ユイナは私の隣に当然のように腰を下ろした。

    いつの間にか、
    私たちはコンビニ前の段差に座っていた。

    誰が最初に座ろうと言ったのかは覚えていない。
    でも気づけば、
    店の横にある低い石の段が、
    昨日よりずっと居心地のいい場所になっていた。

    「ルナ、昨日の曲また持ってきた?」

    ユイナが聞く。

    「持ってきたっていうか、覚えてるけど」

    「じゃああとで聴かせて。昨日、帰ってからずっとあのサビ前が頭に残ってる」

    「そんなに?」

    「残るものは残るの。そういうの、大事」

    ユイナはそう言って、
    コンビニ袋から小さなチョコを取り出した。

    一つ食べて、
    次に私へ差し出す。

    「食べる?」

    「うん」

    「トウマは?」

    「いる」

    「ユウの分は?」

    「……来るの?」

    私が聞くと、
    ユイナは当然みたいに答えた。

    「来るでしょ。昨日の感じだと」

    「そんなに分かるの?」

    「だってあの人、興味ないことには近寄らないし。昨日わざわざ話しかけたってことは、もう負けてる」

    「何に?」

    「音楽に」

    ユイナがそう言った直後、
    路地の奥から、見覚えのある制服姿が現れた。

    本当に来た。

    ユウは私たちを見つけると、
    少しだけ足を緩めた。
    けれど手を振るでもなく、
    驚くでもなく、
    昨日の続きみたいに近づいてくる。

    「……いると思った」

    ユイナが言う。

    「俺も」

    「何それ」

    ユウは答えず、
    段差の端に座った。
    手には細長い紙パック。
    コンビニで買ってきたらしい。

    「甘いやつ?」

    トウマが聞く。

    「無糖」

    「高校生が飲むものじゃないだろ」

    「そういう決まりはない」

    「ほら、また細かい」

    私が思わず言うと、
    ユウがこちらを見た。

    「昨日より言うね」

    「……昨日より知ってるから」

    自分でも意外なくらい、
    自然に言葉が出た。

    ユイナが小さく笑う。
    トウマも嬉しそうに「いいじゃん」と言った。

    その時、
    昨日よりほんの少しだけ、
    私はこの輪の内側に入れた気がした。


    その日から、
    コンビニ前の段差は私たちの場所になった。

    毎日ではない。
    来られない日もある。
    ユイナは部活なのか練習なのか分からない予定で遅れることがあったし、
    ユウは試験前になると顔を見せない日が続いた。

    トウマも、
    いる日といない日があった。

    けれど不思議と、
    誰か一人でもそこにいると、
    やがてもう一人、
    またもう一人と集まってきた。

    「はいルナ、今日はこれ」

    トウマはときどき、
    私が頼んでいないのに何かを買ってきた。

    「毎回買わなくていいのに」

    「大丈夫。ダンサーは稼げるんだよ」

    「本当に?」

    「気持ちだけは」

    ユイナが吹き出す。

    「気持ちで買ってるの?」

    「ほぼ気合い」

    「レジで通るんだ」

    「俺くらいになると」

    「通るわけない」

    ユウが紙パックのストローをくわえたまま言う。
    それだけで、なぜか全員が笑った。

    くだらない。
    本当にくだらない話だった。

    でも、そのくだらなさが嬉しかった。

    学校では、
    こんなふうに何の意味もない話をする相手はいなかった。
    少なくとも私は、
    自分の歌を知っている人と、
    その歌と関係ないことで笑い合う時間を知らなかった。

    「ルナ、今日歌う?」

    トウマが聞く。

    「歌うつもりで来た」

    「じゃ、準備しよ」

    「準備って何を?」

    「聴く準備」

    「便利な役割」

    「大事だよ、最初のお客さん」

    その言い方に、
    私は少しだけ胸が温かくなった。

    最初のお客さん。

    たしかに、
    私にとってトウマはそうだった。

    どんなに通りすがりの人が増えても、
    どんなに拍手が増えても、
    最初に立ち止まってくれたのは、
    いつも彼だった。


    私が歌い始めると、
    ユイナは近くの植え込みの縁を指で叩いた。
    スティックを出すほどではないけれど、
    指先だけでちゃんと拍を作る。

    ユウは黙って聴いている。
    聴きながら、時々指先を動かす。
    たぶん頭の中で、
    ベースラインを追っている。

    トウマは、
    立ち上がって少し離れた場所へ行くと、
    歌に合わせて軽くステップを踏んだ。

    「ちょっと待って」

    途中で私は笑ってしまった。

    「何?」

    「何その動き」

    「歌が呼んだ」

    「呼んでない」

    「呼んでた。
     今のとこ、絶対ターン入る」

    「そうなの?」

    「知らない。今決めた」

    ユイナが笑いすぎて、
    指のリズムが止まる。

    「ごめん、続けて。
     でも今のはちょっと面白すぎた」

    「真剣なんだけど」

    「それで真剣なら余計面白い」

    トウマは不満そうな顔をしたが、
    そのあとわざと大げさにポーズを決めた。
    完全に笑わせにきている。

    私は歌を再開しながら、
    どうしてこんなに楽しいんだろうと思った。

    昨日まで、
    外で歌うことはずっと緊張と隣り合わせだった。

    間違えたらどうしよう。
    笑われたらどうしよう。
    誰にも届かなかったらどうしよう。

    そればかりだった。

    でも今は、
    途中で笑ってもいい。
    少しくらいコードを外しても、
    続きを待ってくれる人がいる。

    それだけで、
    歌うことが前より少し自由になった。


    「ルナ、その最後のコード」

    歌い終わったあと、
    ユウが言った。

    「何?」

    「今のままだと終わりすぎる」

    「終わりすぎる?」

    「曲の感じはまだ先に行きたいのに、
     コードだけ“はい終わり”って顔してる」

    「コードに顔あるの?」

    トウマが聞く。

    「ある」

    ユウは真顔で答えた。

    ユイナがすぐに乗る。

    「今のはどんな顔?」

    「帰宅部」

    「分かんない」

    私は笑いながら、
    ギターをもう一度構えた。

    「じゃあ、どうしたらいい?」

    ユウは少し考え、
    口で音をなぞるようにいくつか候補を出した。

    難しいことを言っているはずなのに、
    声に嫌な感じはなかった。
    私の曲を直そうとしているというより、
    一緒にどこへ行けるか探しているみたいだった。

    「……それ、好きかも」

    私が弾き直すと、
    ユウは小さく頷いた。

    「そっちの方がいい」

    「ほら、ちゃんと音楽の話してる」

    ユイナがにやにやしながら言う。

    「何」

    「ユウってさ、学校でもそんな感じ?」

    「学校で曲の終わり方を聞かれることはない」

    「友達と話さないの?」

    トウマが何気なく聞く。

    ユウは少しだけ視線を落とした。

    「話はする。
     でも、こういう話はあんまり」

    それだけだった。

    でも私は、
    その「あんまり」の中に、
    少しだけ長い時間が隠れている気がした。

    「じゃあ、また聞いてよ」

    私が言うと、
    ユウはこちらを見る。

    「何を」

    「曲。
     変な終わり方してたら教えて」

    一拍置いて、
    ユウは頷いた。

    「……分かった」

    ユイナはそれを見て、
    何も言わずにチョコをもう一つ口に入れた。


    日が落ちると、
    路地の空気は少し変わった。

    コンビニの白い明かりが強くなり、
    人通りが昼より早足になる。
    学校帰りの学生より、
    仕事終わりの大人が増えていく。

    私たちは段差に座ったまま、
    それぞれの時間を少しずつ引き延ばしていた。

    「帰らなくて大丈夫?」

    ユイナが私に聞く。

    「そろそろ」

    「親、心配するでしょ」

    「今日は練習って言ってある」

    「嘘ではない」

    ユウが言う。

    「確かに」

    トウマが立ち上がり、
    軽く肩を回した。

    「じゃあ今日は解散?」

    「解散っていうほど何かしてた?」

    「してたじゃん。
     秘密基地運営」

    「いつ決まったの、それ」

    私が聞くと、
    トウマはコンビニ前の段差を指さした。

    「ここ。
     もう俺たちの秘密基地でしょ」

    「普通に店の前だけど」

    「細かいなあ、ユウ」

    「今のはルナ」

    「似てきた?」

    「嫌」

    「即答」

    また笑いが起きた。

    たぶん、
    あの日からだった。

    ただのコンビニ前の段差が、
    帰る前に寄る場所になったのは。

    誰かが来るか分からなくても、
    とりあえず行ってみようと思える場所になったのは。

    それは、
    世界でいちばん小さい秘密基地だった。
    壁も屋根もない。
    誰でも通り過ぎられるし、
    明日なくなっていてもおかしくない。

    でも、
    十三歳の私には十分だった。

    そこに行けば、
    昨日より少しだけ歌える自分がいて、
    昨日より少しだけ笑える自分がいた。

    そして何より、
    トウマがいるかもしれなかった。


    次の話へ

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    📘 Novel × 🎵 Music × 🎥 MV すべてAIで創り続けるプロジェクト。 小説「Parallel Lights」を元にした楽曲 『Before the World…』を公開中。 小説・作詞・作曲・アレンジ・MVをSuno / Sora2 / Canva など

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