
第12章 | 再会、そして確信
未来は、たった一枚の写真から動きはじめる。
失われた名前が世界に戻り、物語は息を吹き返す。
そしてふたりは確信する──“いた”という事実が、すべてを変える。
──2040年/東京
ルナは、駅前の広場に立ち尽くしていた。
顔に当たる風。コンクリートの匂い。
体の奥に、時間の跳躍の余韻だけが、まだ微かに残っている。
「……帰ってきた」
声に出してみて、ようやく実感が追いついた。
何も変わっていないはずの街並みが、
どこか透明な膜を一枚はがしたみたいに、少しだけ鮮やかに見えた。
照人のスタジオは、以前と変わらず、
四階建ての雑居ビルの最上階にあった。
ドアを開けた瞬間、懐かしいアンプの匂いが鼻をくすぐる。
「ルナ……!」
カメラを手入れしていた照人が、目を見開いてこちらを見る。
言葉を失ったまま数秒固まり、それから一気に表情を緩めた。
「戻ってきたんだな」
「うん。あの写真のおかげ」
「……やっぱり、あれは君だったんだ」
照人は胸ポケットから写真を取り出した。
未来のはずの光景。
アオサギの三人がステージに立ち、何万人もの観客が拳を突き上げている。
「実はさ、この写真を見た日から、いろいろ変わったんだ」
「っていうと?」
「やたら“アオサギ”って単語を耳にするようになった。テレビでもネットでも。
気づいたら、みんな知ってるバンドになってて……
今日なんて、ワールドツアー決定ってニュースが流れてた」
「……ほんとに、戻ったんだ」
ルナの声が、わずかに震えた。
長い夢から覚めたあとみたいな、静かな安心が胸に満ちていく。
「でもさ、実はもうひとつ──ちょっとした事件があってな」
照人がソファに腰を下ろし、苦笑する。
「あの島で、俺、わりと本気で“通報寸前”だった」
「えっ?」
「朝の港で、でっかいリュック背負って、カメラ首から下げて、
真顔で周囲を見回してたからな。完全に怪しい大人だった」
ルナは思わず吹き出した。
「地元のおばちゃんにガン見されてさ。
そしたら近くの橋の方から子どもの叫び声がして、
みんな一斉に走り出して……俺もつられて走って――」
「……!」
「女の子が川に落ちかけててな。
それを、ひとりの子が飛び込んで助けた。
渚って子だった、たぶん」
照人は少しだけ視線を伏せた。
「あとで聞いたけど、普段はあんな時間に誰も通らないらしくてさ。
つまり──」
「照人が“不審者”だったおかげで、人が集まったんだ」
「そう。実質、島の治安を乱した救世主だ」
ルナは、もう笑いを堪えきれなかった。
「……ありがとう、不審者」
「どういたしまして、有名人」
ふたりは顔を見合わせて、ようやく張りつめていたものをほどいていった。
「でもね、照人。ほんとは、もう気づいてたよね?」
「……ああ。未来を送り付けてくる人物は、君しか思い浮かばなかった」
「だから、信じてくれたんだ」
照人はそっとカメラを構え、ファインダー越しにルナを見る。
「君が信じた未来を、俺が信じなかったら──誰が信じるんだよ」
その言葉に、ルナは静かにうなずいた。
「渚も、生きてる。アオサギも、続いてる。
それだけで……もう、十分」
「でも、たぶんこれが始まりだよ」
照人が穏やかに言った。
「アオサギの物語も、君の物語も」
その日の空は、奇跡みたいに澄んでいた。
照人は、ルナのリクエストで一枚だけ写真を撮る。
──「この空、未来でも見られるように」
そこに写っていたのは、ただの夏の空。
何の奇跡も、何の証明もない。
けれど、ルナにとっては、それが世界のすべてだった。