
エピローグ | この歌が、海を越えるなら
小さな島で生まれた夏の音は
めぐりめぐって、未来の誰かを笑顔にする
物語は終わっても、音だけはそばにいる
──2040年・東京
夏の午後の光が、ブラインドの隙間から静かにこぼれている。
照人のスタジオは、機材のランプが点滅する音だけがかすかに響き、
この世界でいちばん落ちついた時間が流れていた。
ルナはモニターの前で静かに呼吸を整える。
画面には、2038年11月15日──ドームの映像。
五万人の歓声。
白いテレキャスターを掲げる渚。
ノエルの低音、リアムの跳ねるスネア。
そのすべてが、確かに“未来”としてそこに在った。
「……本当に、取り戻せたんだね」
呟くと、隣で照人が小さく笑った。
「君がつないだんだよ。あの夏の一音が、全部を」
ルナは、映像に吸い込まれるように目を細めた。
彼らがあの夜に鳴らした音。そのはじまりに自分がいたという事実が、
胸の奥で静かに熱を宿し続けている。
「ねえ照人。
もし、またどこかで何かが狂ったりしたら……
そのときは、また私を見つけてくれる?」
照人はカメラを支えた手を下ろし、真っすぐに彼女を見る。
「今度は最初から信じてるよ。
君が見ている未来は、きっと本物だ」
ルナはそっと笑い、アコースティックギターを抱えた。
指先が弦に触れた瞬間、スタジオの空気がわずかに震える。
あの島の夜の残響が、たしかに戻ってくる。
ホタルの光、花火の匂い、渚の笑顔。
そして、あのとき生まれた始まりの音。
「……歌ってもいい?」
「もちろん」
ルナは軽く息を吸い、未来へ向けるように声を放った。
♪── Fly high, firefly summer
夜空に叫べ、夢の名前
We’re alive tonight, nothing can stop us
光を集めて、胸を焦がせ
歌詞が空気の中を泳ぐたび、
あの日の島の風が、ほんの少しだけスタジオを撫でていく。
照人は静かにシャッターを切った。
未来のために残すべき“いま”を、そっと一枚に閉じ込めた。
ただ、夏の午後に歌う一人の少女がいるだけだ。
けれど、それで十分だった。
世界は静かに息を整え、
次の音を迎える準備をしている。
アオサギの音は、まだ遠くで鳴っている。
ルナの歌も、どこかで誰かに拾われ続けている。
それは終わりではなく、
ただ場所を変えただけの話だ。
風向きが、少し変わった。
それだけで、世界はまた別の顔を見せる。
そして――
まだ名前のついていない出来事が、
もう動き始めている。
誰も気づいていない。
気づく必要も、まだない。
次に音が鳴るとき、
それが“はじまりだった”と知るのは、
いつも、少し後になってからだ