メインコンテンツへスキップ
見出し画像

第2章|覆面の音

    SlowRushの音は、ずっと前からこちらを向いていた。
    覆面の中に隠していたものは、もう一人では鳴らしきれなくなっていた。
    誘われたのではなく、たぶん最初から引っ張られていたのだ。


    カイの部屋は、昼でも暗い。

    カーテンが閉まっているから、というのもある。
    でも、それだけじゃない。
    この部屋はたぶん、ずっと「表」と「裏」のあいだにあった。

    机の上にはオーディオインターフェース。
    モニターには配信ソフト。
    足元にはエフェクター。
    壁に立てかけられたMUSIC MANの七弦ギター。

    弦を弾けば、画面の中で波形が跳ねる。
    人の言葉は信用できなくても、波形はだいたい裏切らない。

    カイは、配信ではよく喋る。
    コメントも拾うし、冗談も言う。
    でも本当のことは、あまり喋らない。

    中学のある日から、学校へ行けなくなった。
    理由は分からない。
    体が勝手に拒否した。

    別に世界が終わったわけじゃない。
    ただ、自分だけが少しだけ外れた。

    そこから先は、ギターだった。

    練習した。
    配信した。
    数字がついた。

    気づけば「カイゼロ」は、それなりに知られた名前になっていた。
    フォロワーは五十万人を超えた。
    案件も来る。
    スタジオ仕事も少しずつ増えた。

    食っていくことは、たぶんできる。

    でも、ステージだけは別だった。

    配信の向こうに観客はいる。
    けれど、あれは壁越しだ。
    熱気は、液晶の向こうには乗らない。

    だから、SlowRushを見た時、少しだけ腹が立った。

    なんであんなに真っ直ぐなんだろうと思った。
    どうしてそんなに前に出られるんだろうと思った。

    五百人ワンマンの配信も見た。
    ルナのピンクの長い髪が、照明の下で揺れていた。
    歌は上手いとかじゃなく、危うかった。
    危ういくせに、ちゃんと届く。

    ああいうのを見せられると、こっちはちょっと困る。
    画面の中で上手く弾いているだけじゃ、足りなく見えてくるからだ。

    通知音が鳴る。

    ユイナからのDM。

    《今度、うちのスタジオ来ない?》

    短い。

    でも、その一文の後ろにある空気は分かる。

    《ルナがギター探してる》

    カイはしばらく画面を見つめた。

    ギターを増やすなら、自分しかいない。
    そう思ったことは、一度じゃない。

    SlowRushの音には、もう一本必要だと前から思っていた。
    空間を押し広げる、別の刃。
    リードで前に出るギター。

    でも、それが自分にできるのかと考えると、急に足が止まる。

    今の関係は、配信と視聴者みたいなものだ。
    距離があるから、ちょうどいい。
    実際に会って、音を出して、合わなかったらどうする。

    画面の向こうの憧れは、たいてい現実にすると少しだけしぼむ。
    それが怖い。

    でも。

    他の誰かがその場所に入ったら、たぶん後悔する。

    カイは知っていた。
    そういう後悔だけは、時間が経っても薄くならない。

    返信欄を開く。
    閉じる。
    また開く。

    五分くらいかかった。

    《行ってみたい。詳しく教えて》

    送信したあと、部屋は急に静かになった。

    カイは七弦を手に取る。
    何となく、SlowRushの配信アーカイブを流した。

    ルナの弾くコード。
    少し不器用な間。
    ユイナのドラムの勢い。
    ユウのベースの落ち着き。

    上手くいくかどうかは分からない。

    でも、行かなかった方の未来だけは、たぶんずっと嫌いだと思う。

    その夜、カイはギターをしまわなかった。


    次の話へ

    総目次|SlowRush

     
     
    📘 Novel × 🎵 Music × 🎥 MV すべてAIで創り続けるプロジェクト。 小説「Parallel Lights」を元にした楽曲 『Before the World…』を公開中。 小説・作詞・作曲・アレンジ・MVをSuno / Sora2 / Canva など

    あなたへのおすすめ