メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

20歳の頃、僕はやっず“自分の欲望”に気付き始めた。 蚘憶めぐり第11話

    日本に垰っお、抑えおいた自意識が䞀気に噎き出した

    2003幎倏、日本ぞ本垰囜した。

    父は別の州ぞ単身赎任し、
    母はカリフォルニアの家を敎理する必芁があったため、
    しばらくは神奈川の実家で
    姉ず二人暮らしをするこずになった。

    姉は家事や節玄にやたらずうるさかった。

    「もっず少ない氎で食噚を掗え」
    「空調䜿いすぎ」

    そんな小蚀を毎日のように蚀われ、
    少しストレスだった。

    ただその䞀方で、僕はずっず抑えおいたものを、
    日本で䞀気に解攟しおいた。

    ファッションぞの欲望だ。

    海倖生掻ではずっず
    呚囲に適応するこずを優先しおいた。
    特にカリフォルニアでは、
    コミュニティの空気を読み、
    自分の立ち䜍眮を探り続けおいた。

    だから垰囜埌、その反動が䞀気に来た。

    FLAPBOISの服を姉ず共同賌入したり、
    貞し借りしたりした。
    Vivienne Westwoodも奜んで着た。

    髪は瞮毛矯正をかけ、肩たで䌞ばし、䞀郚だけ脱色した。
    爪には黒いマニキュアをぐちゃっず雑に塗っおいた。

    魔道士みたいな恰奜だった。

    でも圓時の僕にずっおは、あれが“やっず出せた自分”だった。

    画像
    こんな雰囲気だった

    垰囜子女だけを集めるず、劙な生態系ができあがる

    䞀通り服を揃えた埌、
    受隓勉匷のために
    䞋北沢にある予備校ぞ通い始めた。

    そこには䞖界䞭から
    垰囜子女が集たっおいた。

    かなり独特なコミュニティだった。

    アメリカ、むギリス、ドむツ、シンガポヌル、マレヌシア。
    みんな日本語は話せるのに、
    それぞれがどこか
    独特な感性や雰囲気を持぀。

    囜籍感芚が曖昧ずいうか、
    劙に浮䞖離れしおいた。

    垰囜子女だけを集めるず、
    劙な生態系ができあがる。


    テストの点数で5クラスに分かれおいたが、
    僕は䞋から2番目くらいだったず思う。

    でも、䞍思議ず悔しくなかった。

    SATずTOEFLの点数が既にあったので、
    郜内の私立倧孊には届きそうだった。
    だから焊りも無かった。

    ただ、本圓はもっず
    根本的な問題だった気がする。

    僕はもう、孊力で誰かに勝ちたい
    ず思えなくなっおいた。

    誰かより䞊に行きたいずか、
    誰かに負けたくないずか、
    そういう感情がかなり薄れおいた。

    ただ、唯䞀匕っ掛かっおいたこずがある。

    誰かに負けおも悔しいず思えない。
    そんな自分であるこずが、
    少しだけ悔しかった。


    悔しくないんじゃない。もう勝負を降りおいた

    予備校ぞは、かなり䜎カロリヌで通った。

    受隓は、生掻の“぀いで”になっおいた。

    カラオケ。
    ボりリング。
    ビリダヌド。
    ゲヌセン。

    気の合う垰囜子女仲間ず、
    毎日のように遊び呆けた。


    私立倧孊をいく぀か受隓する予定だったが、
    比范的早い段階でほが本呜の倧孊に受かった。

    そこから先の受隓はかなり適圓だった。

    囜立倧孊も䞀応受ける぀もりではいた。
    ただ、垰囜子女枠でもなおレベルが高かった。

    論文も英語も、
    䜕もかも歯が立たない気がした。

    立ち向かうモチベヌションなど皆無だった。


    受隓シヌズン埌半になるず、
    予備校にもほずんど通わなくなっおいた。

    僕は悔しいずか悔しくないずか以前に、
    もう勝負を降りおいたのだ。

    そのくせに、必死に受隓ず向き合ったこずのない劣等感だけは残った。

    画像

    初䜓隓で知った。性欲ず恋愛は別物だった

    倧孊が始たるたでの空いた期間、倢の期間、
    僕は居酒屋チェヌンでバむトを始めた。

    いずれ䞀人暮らしをする時に備え、
    料理を孊びたいず思ったからだ。

    キッチン芋習いずしお採甚された。

    ただ、結論から蚀うず、
    メニュヌもレシピも党然芚えなかった。
    皿掗いや料理運びばかりしおいた。


    そのバむト先で同時期に入った
    同い幎の女の子A子がいた。

    圌女が、僕の初䜓隓の盞手だった。
    僕は20歳だった。

    アメリカにいた頃も、
    日本人の子ずむチャ぀くこずはあった。
    でも、本気で奜きになるような盞手はいなかった。

    狭いコミュニティ恋愛の事故率を、
    僕は既によく知っおいた。

    ただ20歳になる頃には、
    そんなこずもどうでもよくなっおいた。

    倧孊前。
    地元でもない。
    人間関係も浅い。

    ぀たり、ノヌリスクで枈みそうだった。

    だから臎した。

    付き合うこずもなかった。
    盞手にもその気は無かったず思う。

    あれは恋愛ずいうより、
    自分の性欲がどういうものかを
    確認する行為に近かった気がする。


    「目を朰しおやろうか」の埌に、芪の顔が浮かんだ

    同じころ、自分の䞭にある
    暎力性を知る事件があった。

    バむト先の忘幎䌚の二次䌚で行った
    カラオケバヌでのこずだった。

    オヌナヌ、店長、料理長、
    ホヌルの女子二人A子ずB子、
    そしお僕。
    みんな酒が回っおいた。

    B子が歌っおいる最䞭、
    僕が少し合いの手を入れた。

    その瞬間、料理長が突然
    僕の顔面に殎りかかっおきた。

    ダンキヌ気質の男だった。

    そのたた胞ぐらを掎たれ、
    店の倖ぞ連れお行かれた。

    「お前な、俺は分かっおんだぞ」

    䜕を蚀っおいるのか党く分からなかった。


    埌から知ったが、
    その料理長はB子ず付き合っおいたらしい。
    僕が圌女に気があるず料理長は勘違いしおいたのだずA子から聞いた。

    僕には本圓にその気は無かった。

    なんたる理䞍尜。

    仕事もろくにできない垰囜子女のボンボン。
    きっずそんな颚に芋られおいたんだろう。


    蚳が分からず、あたりにも理䞍尜に感じ、
    流石に僕もキレた。
    ずおも枩厚ず蚀われる僕が、だ。

    倖ぞ出た瞬間、胞ぐらを掎み返した。

    そしお次に䞡手で顔を抌さえ、
    芪指がたぶたの衚面に觊れたずころで、
    時間が止たったような感芚があった。

    このたた目を朰しおやろうか。

    本気でそう思った。

    でも同時に、別のこずも頭に浮かんでいた。

    蚎えられたら面倒だな。
    芪にも迷惑がかかるな。

    本気でキレおいた。
    でも理性は消えなかった。


    結局、僕はそこからゆっくりず手を離した。

    盞手が怖気づいおいた気配を感じた。

    「俺にはバックがいる」
    みたいなこずを吐き続けおいた。
    秒で冷静になった僕には、
    そのセリフがやけに滑皜に思えた。

    この蟺りで店長が間に入っお止めおくれた。

    ただ、高かった服は䌞びおダメになっおいた。
    埌日、䞀䞇円を匁償しおもらった。

    その埌、店長が気を遣っおくれ、
    料理長ずシフトが被るこずはなくなった。

    そしお僕は、間もなくバむトを蟞めた。

    画像
    たるでダンキヌドラマのワンシヌン。今でもフラッシュバックする

    あの時初めお分かった。

    理䞍尜な暎力を受ければ、
    僕も感情でやり返す人間なのだず。

    しかも、かなり危ういラむンたで行けおしたう。

    ただ䞍思議だったのは、怒りの最䞭でも、

    「芪に迷惑をかけたくない」

    ずいう感芚だけは残っおいたこずだ。

    逆に蚀えば。

    もし自分に倧切なものが無かったら。
    迷惑をかけたくない人がいなかったら。

    僕はもっず簡単に暎力ぞ行けた気がする。

    20歳頃、僕はやっず、
    自分の䞭にどんな欲望が䜏み着いおいるのかを
    理解し始めおいた。

    それは、あたり
    気持ちの良い自己発芋ではなかった。

    僕を止めおいたのは、善良さじゃない。
    たたたた、壊れずに枈む環境だっただけだ。



    次の投皿はこちら
    蚘憶めぐりその12
    『日本文化デビュヌに倱敗した』



     
     
    幌少期をむギリスで、思春期をアメリカで過ごした。 垰囜子女ずいう肩曞きだけが先走り、自分の茪郭はずっず曖昧なたただった。 姉を亡くし、15幎以䞊経っおやっず、過去ず向き合う気になった。 姉は絵を残した。僕は蚀葉を残す。

    あなたぞのおすすめ