
【小説】花泥棒と秘密の猿たち 〈あらすじ・第1話〉
あらすじ
江戸川区の川原で父親の死体が発見された。演奏旅行でアメリカに渡った過去を持つ叔父にドラムの手解きを受けた「僕」、そして遺族は衝撃を受ける。弟を溺愛する母親は警察に過剰なまでの協力を申し入れる。天才児だった弟は父を失った悲しみを「僕」と心を通わせて寄り添いながらも、ある日、忽然と姿を消した。みずからのバンドのライブをこなし、体調を崩して入院した叔父の見舞いをしながらも、度重なる悲劇に直面し、耐えきれなくなった「僕」は夜中に現実逃避で夜を走る。すると、突如として未確認飛行物体が襲来した。音楽好きの宇宙人に誘拐された「僕」は彼から突飛な依頼を受けるが……。時系列が歪む、少年憧憬社初期の代表作である青春小説。
第1話
業務連絡、あくまで紳士的なふるまいを維持するように。
『ピグマリオン』
1979-2012
「きっとお前は王様になる」と、母親の恋人は僕にことあるごと言った。その言葉は呪詛のように耳に絡みつき、その後の僕の行動を抑制した。
脊椎が理由だった。盲目のハンディキャップを抱える彼は、若い自分に武者修行と称して日本から単身アメリカに渡っている。本場のカイロプラクティックを学び、整体士として研鑽を積むためだ。一時帰国の里帰りついでに我が家へ遊びにきて、まだ幼かった僕の身体に触れたことがきっかけで言うようになった。いわく「億人に一人」という脊椎のかたちをしているそうだ。
そのとき僕はまだ保育園に通っている子供だったから、思い描いた「王様」という語の持つイメージは「絵本にでてくる偉い人」という抽象的なものだった。傲慢なオズの魔法使い、魔女と同一人物の女王に振り回されるうだつの上がらない白雪姫の王。その他いろいろ。どれも純粋な冒険心を持った物語の主人公とはかけ離れていた印象だったから、あまり良い気分にならなかった記憶がある。それから歳月が流れ、世界に対する認識が深まったころには、「王様」の冠に「裸の」がつくのだろうと軽く認識を揺らして諧謔的になる処世術は身につけていた。あまり意識してふてぶてしくなるのも、ちょっと考えものだったからだ。
でも母親の恋人の話し方には一概には無視できない、ある種の説得力があった。彼は在米中、人種および老若男女を問わず、数え切れないほどの脊椎に触れてきたという。人と人とが対面する以上、その人物の顔つき、身の動かし方、またカルテから得たその人物の簡単な歴史、といった情報などをまず得られる。そして、文字通り彼の指は患者の身体幾多の人生に触れてきたのだ。彼の経験はある種の統計学として僕の目に映った。雑誌の星占いよりはいくらか信憑性の高いものだと思えたまた、彼の「王様」という言動が僕の鼓膜をそれからも何度も繰り返し振るわせて、確信は深まった。
未来の自分が組み込まれる可能性の高い領域について、興味関心を払わないなんてどんな傑物だって不可能だ。あるいは、前兆があれば、その運命を受け入れられるかもしれない。だから最後の晩餐に臨んだキリストは、裏切り者の存在を知りつつも弟子に全てを委ね、何一つ糾弾しなかった。そしてゴルゴダの丘に登り磔刑に処されたのだ。
運命を乗り越える意志の有無を問われる時は、無作法な客のように時と場合を選ばずに襲いかかる。「自分が何者であるか」という類いの問いかけに対し、ある程度の答えを用意できた人生を得た自分は幸福な部類なのだろう。
僕は周囲に気取られぬよう、「王」という存在について、自分の血肉とするべく考察を続けた。
☆
「母親の恋人」について。一歩ひいて家系図から眺めると、彼は僕の叔父にあたる。たびたびの帰国時に僕ら家族に姿を見せていた彼とは、父が死ぬ三年前から寝食をともにするようになった。僕と弟はすでに思春期を迎えていたが、家が荒れていたのが潤滑油になったのかもしれない。同居後の彼は汚れた食器に洗剤をたらしたときのように、瞬く間に陰鬱だった僕ら家族の雰囲気を明るくした。
彼は生来の—あるいは盲目で世界のかたちが見えない、その特質が人格形成に影響を及ぼした可能性は捨てきれないけれど—陽気さで、僕と弟が抱えていた家族への冷たい感情を温かく溶かした。僕の家は一般に比べて裕福だったし金銭的に余裕はあったけど、叔父は甘えることなく生活費を入れてくれたから、父も同居を快諾していた。多忙で家を空ける機会が多く母に対して負い目を感じていた父にとり、叔父は番犬としても適任の人材だと考えたのに違いない。
☆
叔父は子供の時から目が不自由だった。けれど全盲ではなかった。その頃はまだ片目は見えており、漫画を読むのが好きな内向的な少年だったという。漫画の登場人物に強く感情移入するような子供だった。彼と同じく片目が不自由なゲゲゲの鬼太郎や、片腕をサイコガンに変えたスペースコブラ、全身の器官を妖怪に奪われた“どろろ”の百鬼丸のように、その時代は欠損を抱えた主人公が主流だったのも要因のひとつかもしれない。やがて叔父は鉛筆を手にとり、雑誌の中でいきいきと活躍するルサンチマンの主人公たちをノートに描き出すようになる。