
50代で早期退職して、自由になれなかった ~デイトレで失敗して気がついたこと~
疲れた顔で電車に乗らなくていい。
議論のない空虚な会議に参加しなくていい。
そして何より、組織の中で、自分の感情を押し殺さなくていい。
彼は、会社を辞めて、束縛から解放された。
自由になった——

決断のとき
彼は50歳を過ぎて、早期退職を決断した。
給与に不満があったわけではない。
肩書きもあった。
でも、「このままでいいのか?」という不安が強くなり、自分の人生を再設計したくなった。
具体的な設計図はなにもない。
ただ、早く自由になりたかった。
勢いで会社を辞めた。「飛び出した」という表現が正しいかもしれない。
会社へ通う日常がなくなり、カレンダーは空白になった。
毎月の安定した給料はなくなり、銀行口座の数字は減るのみだった。
新たな生活は、思ってもみなかった静かさがあった。自分の不安の声まで聞こえ始めた。

選択は正しかったのか?
彼は数年前から始めた株式投資で少しずつ利益が出始めていた。
これが会社を飛び出す決断の心の支えにもなった。
「なんとかなるだろう」
楽観的に考えていた。
自然と投資に費やす時間が増えていった。
長年の会社勤めで積み上げてきた大切な退職金の一部も証券口座に入れた。
知っている会社の株を買い、持ち株を増やしていった。
今までは無欲でしてきた投資であったが、「勝つぞ!」という邪念に満ちた投資になっていった。
タイミングか、銘柄の選択か。理由はわからないが、プラスになった。
「えっ?簡単やん」
すぐに利益を確定させ、また別の銘柄を買った。
また、上がった。
証券口座に追加で入金し、また別の株を買う。
今度も、上がった。
自分が王様になったような気がした。
気づけば彼は、一日中株価のチャートと向き合うようになっていた。
「もっと稼ぐぞ!」
短い時間で、利益を積み上げていく。その手応えが、たまらなく気持ちよかった。
やっと自由になれた気がした。
早期退職して、自分の選択は間違っていなかったと思えた。
彼はお金を増やしたかったのではない。会社を辞めた自分を正解にしたかったのだ。
ただ、彼の投資は、経済活動ではなかった。お金をゲームセンターのコインのように扱っていた。
そして、「ビギナーズラック」という言葉が、この世にあることも気がついていなかった。
人は、ときに自分を見誤ることがある。

デイトレ
自分は株の才能がある……天狗になっていた彼は、1日で売り買いを終える、デイトレ(デイトレード)を始めることにした。
きっかけは、SNSで見かけた「デイトレは稼げる。月100万いける」という投稿。
彼はその一歩を踏み出した。
取り組み始めて、数日は実際に勝てた。
ある日のこと——
季節外れの寒さで、指先がかじかんでいた日だ。
買った株が、暴落といえるほど大きく下がった。
「大丈夫、すぐに戻る」
株価のチャートを凝視していた。
戻らない。さらに下がる。
「もうそろそろ戻る」
何を考えたのか。下落トレンドの中、戻るのを期待して、買い増す。いわゆるナンピンという取引だ。
「どういうこと? そろそろ上がるタイミングやろ?」
そんな勝手な思い込みが誰かに読まれているように、下落の速度が高まっている。マイナスを示す赤い数字が増えていく。
「えっ?」
そのひとこと以外に言葉は出てこなかった。
「ここで買って、元に戻れば一気に取り返せる」
さらに買い増す━━
「下げ止まったようだが、上にはいかない。戻らない……」
画面に表示されている赤い数字を見ると、心臓が破裂しそうになる。気のせいか、震えている。手は汗で濡れている。
「どうしよう」
決済する以外の選択肢は思い浮かばなかった。
震える手を落ち着かせ……クリック。
持ち株を全部マイナスで売った。
「終わった」
積み上げてきた利益がすべてなくなった。それだけじゃない。汗と涙の結晶、退職金まで吹っ飛んだ——
わずか5時間の出来事。
「俺、何やってんだ?」
立ち上がることができなかった。喉が渇いていることも、お腹が空いていることも、忘れていた。
人生さえ終わったように思えた。
彼がしたことは、ギャンブルだった。

正しい道へ
あの日から数日、どこでなにをしていたのか記憶にない。
気づいたことがひとつ。デイトレについての知識を持たずに取引をしていたのだ。知っていたのは、「安く買って、高く売る」ということだけ。
デイトレから勉強を始めた。
意外だったのは、「デイトレで勝ち続けるのは難しい」との記述が多かったこと。
さらに「デイトレは心理戦だ」との解説も読んだ。
「そんな困難なチャレンジをしていたのか?」
心理戦というのは、心当たりがある。
彼は、「絶対に勝てる」「負けたくない」「取り返そう」と自己中心的な気持ちで動いていた。負けるべくして負けたのだ。
デイトレは選択肢から外し、投資の本質から学び直した。
投資とは本来、経済への参加。応援したい会社に文字通り投資し、成長を期待して長く付き合っていくこと。お金にも働いてもらい、ゆっくりと何年もかけて育てていくこと。
彼は、ゆっくりと投資を再開した。
短期で売買を繰り返すデイトレはやめた。一日中、株価のチャートと向き合うこともない。
基本原則といわれる長期と分散は徹底。
いつしか心は穏やかになった。
会社を辞めたあの日、彼は自由になった。
でも何でもできることが、自由ではなかった。
本当の自由は、自分で見極めた正しい道を歩んでこそ得られる。
道を見失って遠回りをしたが、再び走り出す——
再スタートだ。
本当の自由とは?
——ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
「彼」の話は、私の実体験をもとに書きました。震えていたのも、手に汗をかいていたのも、私です。
デイトレで大きな損失を出した話は、ある1日の出来事を切り取って書きました。
失ったお金は、総額で数百万円。次の桁に近い額です。数か月にわたる無茶苦茶な取引の結果でした。
今でも、思い出すと胸が強く痛みます。
過去にも同様の記事を書きましたが、今回小説風でリライトしました。
これだけは、あなたに伝えたいから。
ある朝、彼は世界同時株安の記事を見た。
以前なら、心臓の鼓動が高まっただろう。
——今は、違う。
コーヒーを飲みながら、背景を読み解く。
そして、朝のジョギングに出る。
会社を辞めて欲しかったのは、こんな穏やかな自由だった。
▼大きな失敗を忘れないように、繰り返さないように書き留めた記事
▼失敗から学んだ「守り」の鉄則
▼Kindle本でもルールについて書きました