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自分が作った曲が、1300年前に存在していた/漫画『巡礼の印』第1話(巻末歴史解説付)



売れないバンドマン・竜星が迷い込んだ地下のライブハウス。
ペルシア音楽のバンドが奏でるかつて自分がつくった曲によく似たメロディ。
その異国の旋律は、遠い奈良時代へとつながっていた。


第1話本編(ビューア)

英語版の漫画はこちら↓


次の話(第2話)

ビューアが落ちるときは(第1話本編)

次の話(第2話)


★巻末歴史解説シリーズ「天平の奈良」

天平の奈良は世界につながっていた

『巡礼の印』が始まる西暦732年、平城京は日本の都であると同時に、唐を通じて世界の文化が流れ込む国際都市でした。

宮廷では唐楽や林邑楽、散楽のような異国由来の音楽や芸能が知られ、貴族たちは海の向こうの文化を、音や衣装や器物として感じていました。

この日本の首都は東西ユーラシア貿易の東端であり、シルクロードの終着点ともいわれます。

けれど、その華やかさの裏側で、朝廷は揺れていました。長屋王の変(※2)を経て藤原氏の力は強まり、聖武天皇の治世は不安を抱えて進んでいきます。

広成たちが藤原邸で耳にする胡人(※1)の音楽は、ただの異国趣味ではありません。

世界へ開かれた奈良と、権力の渦に巻き込まれていく人々の時代を告げる音でもあります。
そしてその世界の中心には、唐がありました。

(※1 胡人)
「胡人」は、西域や異域の人々を広く指す言葉で、特定の民族名ではありません。
唐の長安には中央アジアや西アジア系の人々も多く暮らし、その音楽や服飾は日本にも伝わりました。
作中の胡人楽師は、そうした国際都市・奈良の空気を表しています。

(※2 長屋王の変)
中臣鎌足の子で大宝律令の編纂にも関わった藤原不比等の死後、その息子である武智麻呂・房前・宇合・麻呂の藤原四兄弟は、妹の光明子(安宿媛)を聖武天皇の皇后に立て、外戚として力を強めようとしていました。
その動きの前で、皇族出身の有力政治家・長屋王は障害となる存在でした。
天武天皇の孫であり、その妻の吉備内親王もまた皇族。藤原四兄弟にとって目の上のたんこぶでした。

藤原四兄弟


729年、聖武天皇と光明子の子、基皇太子の死をきっかけに、長屋王は謀反の疑いをかけられ、宇合らが兵を率いて屋敷を包囲しました。

追い詰められた長屋王は、妻子とともに自害した。事件後、光明子は皇族以外で初めて皇后となり、藤原氏の発言力はいっそう強まりました。

なお、基皇太子が病死した際、
「長屋王が呪術をもちいていた」という密告がありました。 
これがこの冤罪事件の発端ですが、皇位継承権において有力な長屋王とその妻・吉備内親王の血筋に脅威を感じていた聖武天皇の意向も見え隠れします。

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