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女子高生の危ない部活<第3章 15歳 12月> 6

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         6

     翌日から、さっそくわたしは単独行動に出た。
     無為に過ごしてきた年数を数えると、実に八年ぶりかもしれない。わたしがこうやって自発的に何かに取り組むのは。

     鈍行の電車に揺られ、馴染みのない車窓から山の景色を拝む。感傷にふけることは決してないが、いつぞや施設に引き取られ、初めて『糸井の里』に向かう車の助手席から見た景色を思い出した。
     四方八方を山で囲まれたこの忌まわしい土地は、自然の監獄だと子どもながらに思った。いまからわたしは古巣の跡地に向かう。

     明科方面へ向かう大糸線は各駅の停車時間が長い。
     運行本数が少ないからだろうか。無人駅ばかりで小ざっぱりした駅のホームには好感が持てるが、時期的に寒いので早く進んでほしいと気持ちが逸る。ソノは贄田家の足があって羨ましいものだ。
     しかしながら、わたし自身、この鈍行のおかげで一連の事件の推理に時間を当てることができた。

     ソノは、そもそもの最初から宍戸家で起きた珍事について「胡散臭い」と評していた。わたしもそれは同感で、彼女たちが日常を脅かされた被害者には見えない。それよりも、暴かれそうな秘密を必死で守る後ろ暗さのようなものをあの家には感じる。
     それがどう繋がっているのか、そこが肝心だ。

     バスを乗り継ぎ、路線がないところは徒歩で移動し、松本から電車含めておよそ三時間も移動に費やした。そうしてわたしは『糸井の里』という古巣に辿り着いたのだ。
     味気ない雑木林に挟まれた道幅の狭い道路を登り、奥まった山際に朽ち果てた廃墟がひっそりと佇んでいる。火元と思われる『営みの家』は完全に焼け落ち、そこからの延焼で本棟のほうも半分近くは焦げ、屋根も倒壊していた。玄関ホールのガラス戸はすべて割れ、中の白い壁に不良が書いたと思しき大きくカラフルな落書きも見える。

     実に八年ぶり――小学二年以来だが、しかと記憶はあり、いまでも誰がどの部屋に暮らし、同居していた子どもがどんなおもちゃやゲームで遊んでいたのかまで思い出せる。

     ここで、あの酸鼻を極める蛮行が行われていたと思うと不思議でたまらない。離れに位置する『営みの家』こそがその巣窟だったのだから、本棟は平和だったと言えるが、それでもあの姦計は施設全体で謀られていたもの。
     我ながら危ない橋を渡ったものだ。
     わたしはさっそく朽ち果てた廃墟に侵入し、何か役に立ちそうなものがないか調べて回ることにした。当然ながら、中は当時の家電や布団といった持ち出しに不便なものだけが残され、小物類や書類といった重要な資料は一切残されていない。二階の子ども向け住居スペースに向かおうとしたが、階段部分が焼け爛れ、身の危険を感じて諦めた。

     収穫は無しだ。本来の目的地に向かおうと踵を返したとき、一台のランドクルーザーがかつて駐車場としていた砂利に頭から突っ込んできた。わたしは身構えた。だが、フロントガラス越しに見えた運転手の姿を確認し、少しばかり安堵する。

    「花津谷先生……」

     自然を愛する温厚な老師が現れた。
     一つの答えに近づいた。
     花津谷先生は正面にいるわたしを見据えながら、おもむろに車を下り、困惑げな表情で声をかけてきた。

    「きみはこないだ訪ねてきた……」
    「浅海……いえ、神通川沙耶です」

     正直にわたしは言う。

    「ああ」花津谷先生は表情をやわらげる。「やっぱりそうだったのか」

     教え子としてわたしを迎え入れてくれた表情だった。
     寒いから、とSUVの愛車をアイドリングにして暖房を利かせ、花津谷先生はわたしを助手席に招く。車に入ると、荷台に詰んだたくさんの花束の芳醇な香りが充満していた。

    「先日、きみが中学に現れたとき、私はついに報いを受けるときが来たんだと思ったよ」

     花津谷先生が告白するように言う。
     わたしは荷台の花束を一瞥し、質問することにした。

    「この花も償いの思いで、ということでしょうか?」
    「償い……どうだろう。私がこの件で償うとしたら、もう少し別の形があると思うな。花はあくまで弔花だよ。理不尽に亡くなったこの施設の子どもたちに向けて、私にできるのはこれくらいだろう」

     花津谷先生の豊かな白い髭が震えていた。

    「いまからでも遅くないと思いますが」
    「私は――私はもうこんな老骨に成り果てて、それまでずっとこの後悔を溜め込んできたというのに、それをいまさら」

     先生は自嘲気味に息をはっと吐き出した。

    「きみにとって、ほんの数年前に起きた出来事かもしれない。だが私にとってはもう――そうだな。それこそ実に十五年も重ねてきた罪だ。十五年だぞ? もうこの積年の後悔は墓場まで持っていこうというつもりだった」

     花津谷先生はこの乾燥しきった車内で一挙に喋りすぎたせいか、後半は喉ががらがらになり、言い切った最後に大きく咳き込んでいた。

    「このまま『糸井の里』を野放しにしておけば、また犠牲者が出るかもしれません。それは何処かで生きているスイちゃんかもしれないし、わたしかもしれません」

     花津谷先生が目尻に涙を浮かべている。
     だが、それもすぐ乾いた瞼の奥に吸収された。

    「小学生のきみにカメラを強請られたとき、理屈抜きにして貸しておけばよかったのかもしれないな。そうすれば、あの時点で私のカメラは証拠品として押収されて、この施設の実態も明るみになっただろう。あのときにすべて終わっておけば……」
    「そうですね。けど、花津谷先生はあの時点では、この施設で何が行われていたのかは知らなかったんですよね?」
    「そうとも。だが、どうやってそれを証明する? それに知らなかったとはいえ、私がこの施設で繰り広げられた陰惨な犯罪のために道具を提供したことは事実だ」
    「撮影用のカメラですね」
    「そうだ。きみはどうしてわかった?」
    「時系列に沿って考えれば、不思議なことだらけだったんです」

     わたしは花津谷先生に種明かしをすることにした。

    「山岡先生のことです。彼が公認会計士の事務所を畳むことになったのは二十年前――つまり、西暦2000年ですね。そのとき、逆算すると彼は二十九歳だったはずです。あの人の教員としてのキャリアは、もう既に十五年は経っている。紙漉中を追われたのはほんの一年前の話で、紙漉中には長いこと在籍していたはずでしょう。十五年ですよ。花津谷先生は紙漉中学校に異動となったのは、そのさらに後ですよね。だって、わたしが紙漉小に通っていたときには、まだ花津谷先生は小学校の理科教師だったんですから。なのに、花津谷先生が〝世代的に山岡先生の指導教員になった〟ということはあり得ないと思ったんです。花津谷先生が小学校から中学に異動したときには、もう山岡先生もベテランだったはず。……ところで、花津谷先生のご実家の繩手通りの花津谷カメラ店ですが、廃業したのは何年でしたか?」
    「それを聞くということは、とっくに調べてあるんだろう?」
    「はい。……少し意地悪な質問でしたか? 花津谷カメラ店は十年前――2010年に廃業しています。カメラ店はずっと昔に廃業しているのに、山岡先生には実家のカメラをプレゼントするというのは少し変ですね。しかも子弟関係でもない同僚の教師に。もしかして花津谷先生は山岡先生と知り合う以前から、どこかへカメラを提供していたのでは」

     花津谷先生は静かに語り始めた。

    「私は知らなかったんだ。近くの児童養護施設が子どもの記録撮影に使いたいと寄付を求めているを聞きつけ、実家の売れ残りのカメラを何台か寄付したんだ。フィルムカメラに、ビデオカメラも――型番が古くても喜んでくれたし、それが子どもたちの為になると思っていた。それがまさかあんな野蛮な行為に使われているだなんて」
    「気づいたのは、花津谷先生が紙漉中に転勤してからですね?」
    「……あの男は撮影係だった。前職の仕事で失敗してから、誰かの手づるで紙漉中学校に斡旋された。詳しくは知らないが、きっとそういう良からぬ連中のネットワークと、元々汚職に手を染めていた当時から繋がっていたのだろう。でなければ、おかしいじゃないか。公認会計士の資格まで持つような人材が、どうしてこんな片田舎の中学校で数学など教えるんだ? 都会の進学校ならまだしもだ。どうやら仕事の紹介で、教師という肩書きを隠れ蓑にして撮影役という汚れ仕事のために、ここへ来たんだろう」
    「先生は、彼のカメラが実家で販売してたものだと気づいたんですね」
    「もしかしたら、あの男と会うずっと前からもう、怪しいと思っていたのかもしれない。糸井の里の仄暗い噂は、あの事件が起きる前から学校でも囁かれていた。主に学校に通う子の様子が変だったからね。――変といえば神通川さん、きみもだけど。
     きみの場合はもっと違うベクトルで変わっていた。入学したきみを見たとき、大物になる気がしていた。私のところによく遊びに来てくれていたね。真っ直ぐな目をしたきみと話すと、もしかしたら『糸井の里』の噂は全部デマじゃないかと思ったほどだよ。
     カメラを貸さなかったのも、糸井の里の真の姿を見たくない、という私の現実逃避だったかもしれない。ともあれ、私がその現実に目を向けたのは施設がなくなり、たくさんの被害者が出た翌年のことだ。
     学校側でも大きな人事異動があって、近所の紙漉中学に赴任したときだ。――あの男、山岡は早々に私に接触してきたよ。そのとき、彼はなんと言ったと思う? 〝ツール提供、ご苦労さん〟だ。初めて会った私に対し、突然そう言ったんだ。そのときすべてを悟ったよ。
     この男はあの施設に精通している、と。坐りが悪くなった私はすぐに彼を追及した。山岡にあの施設で本当は何が起きていたのかとしつこく聞いたんだ。すると、あいつは突然笑って〝知らなかったのか〟とあざけ笑ったんだ。そして私が真実を知った後、山岡は私を脅してきた。
     ――ポルノの撮影に実家のカメラを提供していたと知られたら、あんたはどうなるだろうな、とね」

     山岡の小悪党めいた顔を思い出し、妖怪の顔を容易に想像できた。

    「調べれば花津谷先生が無実だって証明できたのではないでしょうか……」
    「神通川さん。とりわけ社会というものは真実には目を向けない。それより都合が良くて解釈しやすい悪者に飛びつくんだ。私の両親のカメラ店は十年前に廃業した。そのときの実家のカメラはほとんど破産手続きで失ったが、幸いにも糸井の里に寄付したカメラは破産前の隠匿に当たらないものとして、管財人に召し上げられずに済んだ。私が児童養護施設に寄付したものが型落ち品ばかりで、資産にみなされないと判断されたんだ。
     だが、私はそこに後ろめたい思いがあった。カメラ好きが講じて自然を愛し、理科教師になったからね。実家の思い出であるカメラは少しでも良い形で残したかった。糸井の里に寄付したのはぎりぎりの賭けだったんだよ。そういうわけで、カメラを寄付した行為自体が私の企みでもあったんだ。
     そんな中、山岡にあの施設の児童ポルノの撮影に使われていたと聞かされたとき、天罰が下ったと思った。その後ろめたさもあって憔悴していた。山岡はそんな私の弱さに付け込んだんだ。そのうち大胆にも、あいつはカメラを中学校に持ち込み始めたんだ。まるで、そのうちカメラの出処がバレるぞ、と脅しているかのようだった」
    「それで山岡先生はしばらく学校で身勝手な盗撮を続けることができた」

     花津谷先生は山岡に助け船を出さざるを得なかった。
     山岡が摘発されれば、花津谷先生も共犯になるか、糸井の里の犯罪に関与していたと疑われる可能性すら出てくる。
     それゆえ、花津谷先生は過剰に山岡先生に干渉した。その様子が周囲には〝子弟関係に見えた〟というわけだ。
     わたしは続きを待った。
     山岡のもとに訪れた転機については目星が付いている。

    「山岡は……最後まで憎たらしい男だった。二年前、突然この学校を辞職することにしたんだ。まるで逃げるように」
    「逃げるように……? 盗撮が疑われて学校から追放されたのでは?」
    「いや、学校側はそういうことにしているが、突然あの男が校長に自白したんだ。カメラを設置して授業風景を無断で撮影していた、と。証拠の写真も残してな。そして唐突に辞めていった。まるで辞める口実を作り出したかのように」
    「なぜ山岡先生は自分が不利になることを自白したんでしょうか?」
    「私にもわからない。何か問題が起きたのかもしれない。元々、彼が赴任したのも糸井の里の悪行に手を染めるためだったからね。私のほうも呪縛から解放された。それから一年間は復讐心を抱えたままだったが、いまさら彼に報復して何になる? 私はもうすべて忘れ、墓場まで秘密を持っていこうと思っていた。そんな矢先、きみが現れた」
    「わたしはあの事件の後も普通に生きて、普通に学校に通っていましたよ。突然生き返ったわけじゃないです」
    「わかっているとも。けれど運命というものはあるんだ。今日、このタイミングで糸井の里の跡地で、我々がばったり出くわしたことは偶然じゃない。私は子どもに理科を教える科学の信奉者で、無神論者だが、それでもこの偶然には何かの導きを感じる。すまない。私は卑怯な臆病者で、何度も過ちを繰り返した。だから……私はちゃんと自分の罪と向き合うことにするよ。山岡のことは自分のことともにしっかり告発しようと思う」

     花津谷先生は話すうちに覚悟が固まったのか、決然とした面持ちでいた。
     わたしとしてはいま、山岡先生に逃げられ、首謀とともに行方を晦ませられたら困る。

    「花津谷先生、わたしに負い目を感じているのなら、山岡先生の告発はもう少し待ってほしいです」
    「どうしてだ? 彼はきみの友達を食い物に……」
    「山岡先生だけではないです。この事件は複雑怪奇に入り組んでいます」
    「もちろんだ。これまでのことがある。わたしの罪滅ぼしのためにも協力させてくれ」
    「では、確認させてほしいことがあります。このあと、紙漉中学校に連れていってもらえませんか?」
    「構わないが」

     花津谷先生は固唾を呑んだ。

    「なぜあらためて学校に? 中学の出来事はすべて話したはずだが……」
    「先生たちの関係については」わたしは言葉を切る。「先日、わたしの連れが質問したことを覚えてませんか? 山岡先生が盗撮していたと思われる、ある生徒のことです」

     花津谷先生は表情がこわばった。
     これ以上、身の回りに一つたりとも埃は出てきてほしくないという思いのようだ。
     残念だが、叩けばまだ埃は出る。


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    ※毎日2話更新(12:00頃/17:00頃)


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    第35回ファンタジア大賞 大賞受賞、実績はそれ一つです。

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