
壊れた僕が「立ち返る場所」を見つけるまで
1. 100点じゃないと、ここにいられない
社会人1年目の僕は、毎日怯えていた。
配属先の上司はとにかく怖い人だった。声が大きく、要求が高く、ミスをすれば容赦がなかった。報告に行くたびに胃がキュッと縮み、会議の前は指先が冷たくなった。
でも、それを誰にも言えなかった。
「社会人なんだから当たり前だろ」
「怖いなんて思うのは自分が弱いからだ」
「もっとちゃんとやれば怒られない」
自分にそう言い聞かせて、毎朝満員電車に乗った。
人に頼るなんて考えもしなかった。頼んだら迷惑をかける。自分でやった方が早い。何より、「仕事ができる自分」でいないと、ここにいる意味がないと思っていた。
朝は誰よりも早く出社した。夜は終電まで残った。家に帰っても頭の中はずっと仕事のことで、布団に入ると明日の段取りが自動的に再生された。
それが「頑張っている」ことだと思っていた。
今なら分かる。あれは頑張りじゃなくて、恐怖で動いていただけだった。
2. 身体が先に壊れた
社会人2年目のある朝、いつも通り満員電車に乗っていた。
イヤフォンから音楽が流れている。いつもの通勤。いつもの朝。
振り返れば、前兆はあった。
「怪我でもすれば、会社に行かなくて済むのに」
そんなことを、自然に考えるようになっていた。
通勤途中に、ふと「このまま消えてしまいたい」と思うこともあった。
今思えば、明らかに普通じゃなかった。でも当時の僕は、その感覚が異常だと気づけなかった。毎日が必死すぎて、自分の心のサインを読み取る余裕がなかった。
そして、その日は来た。
音楽が、だんだん遠くなっていく。フェードアウトしていくように、音が薄れていく。同時に、視界がサーッと暗くなっていった。
「あれ、おかしいな」と思った瞬間には、もう身体の自由がきかなくなっていた。
気がついたとき、僕はホームに倒れていた。満員電車の人波に押し出されたらしい。駅員さんが声をかけてくれていた。そのまま救急車で病院に運ばれた。
「うつ病です」と言われた。
正直、実感がなかった。自分がうつ病? まさか。ただの疲れだろう。少し休めば治る。そう思っていた。
でも、治らなかった。
1週間休んでも、1ヶ月休んでも、身体は重いままだった。好きだったことに興味が湧かない。テレビの音がうるさい。人と話すのがしんどい。
そしてこの期間、僕はずっと自分を責めていた。
「なぜ倒れたんだ」
「もっとうまくやれたはずなのに」
「みんなは普通に働いているのに、自分だけ脱落した」
休んでいる間も、頭の中では自分を裁く裁判が続いていた。
回復までに1年以上かかった。
3. 7年かけて、立ち直った
1年以上の休職を経て、なんとか社会に復帰した。
そこからの数年間は、少しずつ、本当に少しずつ、自分を取り戻していった時期だった。
大阪に戻り、新しい環境で仕事を始めた。好きなことを見つけた。いろんな人と出会った。毎日アクティブに動き回るようになった。
うつ病で倒れたことが嘘みたいに、日常が戻ってきた。
あの頃の苦しみは、もう過去のものだと思っていた。自分はもう大丈夫だと思っていた。
そして倒れてから7年後、ある人と出会った。
遠距離恋愛だった。見た目も中身もすごく好きで、一緒にいる時間は本当に幸せだった。しょっちゅう会えるわけじゃないから、会える時間がたまらなく大切だった。
でも、僕はその大切な時間を、自分の手で壊していった。
4. 大切な人を、自分の手で失った
離れている時間が怖かった。
少しでも連絡が途切れると不安になる。相手の行動が気になって仕方がない。「他に誰かいるんじゃないか」「自分のことなんて本当は好きじゃないんじゃないか」。そんな被害妄想が止まらなかった。
そして、その不安をそのまま彼女にぶつけてしまっていた。
「なんで返信遅かったの?」
「誰と一緒にいたの?」
「本当に好きなら、もっと連絡くれるはずだよね?」
今思えば、彼女は十分すぎるほど僕に向き合ってくれていた。でも当時の僕には、それが見えなかった。自分の不安でいっぱいで、彼女がどれだけ負担を感じているか、想像する余裕がなかった。
約1年後、別れを切り出された。
そしてその同じ日に、父方の祖父が亡くなった。
1日で、2つの大切な存在を失った。
どれだけ頼んでも、彼女との関係修復はできなかった。
失ってから気づくなんたら、ってよく言うけど、まさにそれだった。彼女はずっとサインを出してくれていた。「もう少し信じてほしい」「不安をぶつけられるのがつらい」と、何度も伝えてくれていた。
でも僕は、それを受け取れなかった。
それどころか、うまくいかない原因を彼女のせいにしていた。「もっとちゃんと安心させてくれればいいのに」と。
別れてから何ヶ月も、ずっと自分を責めた。
「なぜあんなことをしたんだ」
「もっとまともに振る舞えていれば」
「自分は結局、誰かを幸せにできない人間なんだ」
うつ病で倒れたときと同じだった。また自分を裁く裁判が始まった。しかも今度の被告人は、大切な人を自分の手で失った自分。判決はいつも「有罪」だった。
5. マインドフルネスとの出会い
失恋の痛みの中でもがいていたとき、偶然出会ったのがマインドフルネスだった。
カナダのバンクーバーで活動していたヨガの先生が開催していた講座。YouTubeでも人気のある先生で、その人のマインドフルネスに関する講座を受講した。
正直、最初は半信半疑だった。
「呼吸を観察するだけで何が変わるんだ」
「こんなことで、この苦しさが消えるわけがない」
でも、他に頼れるものがなかった。藁にもすがる思いだった。
言われた通りに、毎日少しずつ、呼吸に意識を向ける練習を続けた。
最初は何も変わらなかった。座って目を閉じても、すぐに「なぜあんなことを」「自分はダメだ」が頭を占領する。
でも、2週間、3週間と続けていくうちに、ほんの小さな変化が起きた。
「あ、今、自分を責めてるな」
その瞬間に「気づけた」のだ。
それまでは、自分を責めている最中であることにすら気づいていなかった。感情に完全に巻き込まれて、ぐるぐると同じところを回り続けていた。
でも「気づく」ことができた瞬間、思考と自分の間にほんの少しだけ隙間が生まれた。
その隙間は本当に小さなものだったけど、僕にとっては革命だった。
6. 「気づく」が変えたもの
マインドフルネスを続けていく中で、変化は少しずつ広がっていった。
感情が乱れても、前より冷静でいられるようになった。以前だったらイラッとしていたことに、反応しにくくなった。
でも一番大きかった変化は、「自分のパターン」が見えるようになったこと。
不安になると相手にぶつける。
うまくいかないと誰かのせいにする。
そして最後に、全部自分のせいにして自分を責める。
このパターンが、まるで外から眺めるように見えるようになった。
「あ、今また不安が来てる」
「これ、前と同じパターンだな」
「ここでぶつけたら、同じことの繰り返しになる」
止められないこともあった。気づいても巻き込まれることもあった。でも、「気づける」のと「気づけない」のとでは、まったく違った。
気づけるようになって初めて、選択肢が生まれた。
「ぶつける」以外の選択肢。
「相手のせいにする」以外の選択肢。
「自分を責める」以外の選択肢。
それは、自分を変えるとか、強くなるとか、そういう大げさなことではなかった。ただ、自動的に動いていた心のパターンに「気づく」。それだけのことだった。
でも、それだけのことが、僕の人生を変えた。
7. もしマインドフルネスに出会っていなかったら
もし、あのときマインドフルネスに出会っていなかったら。
僕は今、ここにいなかったと思う。
失恋のあと、僕は自分の嫉妬深さと束縛癖の根深さを嫌というほど思い知った。しかもそれを相手のせいにしていた自分のみっともなさも。
もしあのまま何も変わっていなかったら、次に誰かとお付き合いをしても、同じことを繰り返していただろう。不安をぶつけ、束縛し、相手を疲弊させ、最終的に失う。そのループを何度も何度も繰り返していたと思う。
結婚なんて、できなかっただろう。
8. 今の家族のこと
マインドフルネスを続けて、少しずつ自分との付き合い方が変わっていった先で、今の妻と出会った。
不安がゼロになったわけじゃない。付き合い始めの頃、嫉妬の感情が湧くこともあった。「また同じことをしてしまうんじゃないか」と怖くなることもあった。
でも、そのたびに気づくことができた。
「あ、今また不安が来てる」
「これ、前のパターンだ」
「ここでぶつけなくていい」
気づいて、呼吸に戻る。それだけで、以前なら暴走していた感情が、静かに通り過ぎていった。
そうやって、初めて「相手を信じる」ということができるようになった。
信じるというのは、不安がないということじゃない。不安はある。でも、その不安に巻き込まれずに、「大丈夫だ」と思える余白が心の中にある。その余白を作ってくれたのが、マインドフルネスだった。
やがて結婚し、娘が生まれた。
娘と過ごす時間の中で、「今ここ」に意識を向けることの意味を、毎日実感している。
娘が笑っている。その笑顔を、ちゃんと見ている。明日の仕事のことではなく、昨日の失敗のことでもなく、今この瞬間の、この小さな手の温かさを感じている。
それができるようになったのは、マインドフルネスのおかげだと思う。
9. 立ち返る場所
今でも、しんどいことはある。仕事でうまくいかないこと、人間関係で悩むこと、自分を責めそうになること。
でも、もう以前のようには壊れない。
なぜなら、何が起こっても、どんな時でも、立ち返る場所があるから。
それがマインドフルネスだ。
静かに座って、呼吸に意識を向ける。
「あ、今こうなってるな」と気づく。
良いも悪いも判断しない。ただ、気づく。
それだけで、心に余白が生まれる。その余白が、僕を支えてくれている。
社会人1年目の僕は、100点じゃないと存在価値がないと思っていた。
失恋した僕は、誰かを幸せにできない自分を責め続けていた。
今の僕は、100点じゃなくてもいいと思えるようになった。
自分を責める声が聞こえても、「あ、また来たな」と思えるようになった。
完璧になったわけじゃない。
強くなったわけでもない。
ただ、立ち返る場所を見つけた。
それだけで、人生は思っていたより穏やかに進んでいく。
もし今、かつての僕のように、自分を責めて苦しんでいる人がいたら。
「やめよう」と頑張らなくていい。
ただ、「あ、今また責めてるな」と気づくだけでいい。
その気づきが、最初の一歩になる。
僕がそうだったように。
自分を責めるクセに悩んでいる方へ
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マインドフルネスを始めてみたい方へ。1日5分の呼吸瞑想から日常に定着させるまでを、すべて手順付きでまとめました。
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