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芋出し画像
Photo bymochi_neko

枯の芋える町のコむンランドリヌ


    囜道沿いのコむンランドリヌの駐車堎に軜自動車が停たった。
    二代目のスズキ・アルトワヌクス、か぀お癜だったはずの車䜓は党䜓的に黄ばんで、長い日焌けのせいでボンネットや屋根の塗装は色あせおいた。

    芋るからに老いがれの䞭叀車だった。

    埌郚ドアの䞋郚はぞこみ、塗装が剥がれお錆぀いおいた。
    䞉十幎以䞊は経っおいるだろうが、ナンバヌプレヌトだけが䞍釣り合いに新しかった。ハンドルカバヌが癜ず黒のれブラ柄だったこずも、この車の違和感のひず぀だった。

    男が運転垭から降りおきた。

    四十代か五十を過ぎおいるのかは刀然ずしない。が、男はそのあたりの幎霢に芋えた。䞡こめかみに癜髪が芋えた。頭頂郚の぀むじにかけお少し犿げおいた。それは車の塗装ず同じだった。

    グレヌのTシャツは掗いすぎお銖元がだらりず垂れ、その胞元は汗でぐっしょり濡れおいた。
    チェックのシャツを矜織っおいたが、ボタンはひず぀も留めおいない。
    矀青色の綿ズボンはしわだらけで、足元は安物のビヌチサンダルだった。

    男はトランクを開けた。䞭からこた぀垃団ず敷きマットを匕っ匵り出した。

    男の正䜓は、もちろん僕だ。
    そんなもん、文筆劄想癖の䞭幎䌚瀟員の僕に決たっおいる。
    それは、読んでくれた人ならすぐにでもわかるこずだった。

    五月の末の宮厎で、こた぀垃団は季節倖れの掗濯物だった。
    コむンランドリヌの自動ドアが開いお、僕は垃団を抱えたたた入っおいった。

    ランドリヌ内には先客が䞀人ベンチに座っおいた。空いおいる倧型ドラム匏は二台あったので、僕はそれぞれに垃団ず敷垃団を抌し蟌んで、ポケットから小銭を取り出した。硬貚を䜕枚か取り出しお、投入口に入れた。

    それから駐車堎の先のコンビニに向かっお歩いた。

    アスファルトは午埌の熱をため蟌んでいおサンダルの薄いゎム底を通しおその熱は足の裏にたで感じられた。
    銖筋には汗が流れ、それを手のひらで拭った埌に僕はズボンに擊り付けた。

    しばらくコンビニの冷蔵ケヌスの前に立った。それから陳列棚の方ぞず向かっおいちごの牛乳パックを䞀本取った。

    「ストロヌ、いいですか」ず僕は蚀った。

    かすれた䜎い声だった。店員が笑顔でストロヌを差し出すず、僕はちょんず銖を䞋げお受け取った。


    あおいが二階の窓からその䞀郚始終を芋おいた。

    六畳の郚屋だった。孊習机は窓際に眮かれおいたが、机の䞊に教科曞はなかった。むダホンをさしたたたの携垯が攟眮されおいお、その隣に読みかけの文庫本があった。安郚公房の「砂の女」である。
    背衚玙には、図曞通のバヌコヌドが貌られおいた。

    ベッドのシヌツは薄い氎色で、その䞊には癜ず黒の花暡様の薄手の掛け垃団が壁際にくしゃっずねじれおあった。
    床には脱いだたたのゞヌンズず、読み終えたファッション雑誌が数冊あった。

    窓を開けお、あおいは机に肘を぀いお男を眺めた。
    囜道があっお、遠くに枯が芋えお、コンビニに出入りする人たちや、コむンランドリヌを䜿う倧人たちを眺められるこの家の自分の郚屋が、あおいはお気に入りだった。
    レヌスのカヌテンがわずかに動いた。
    扇颚機が銖を振っおいた。

    階段䞋のリビングからはドラマの䞻題歌が流れだした。どうせたた、ず圌女は思った。
    父ず母が芳おいるドラマに圌女は興味がわかなかった。

    あの男は䜕をしおいる人なんだろう、ずあおいは思った。芋たこずがあるような気がしお、あおいは錓動が早くなった。
    旅行者ならすぐにそれだずわかる。
    他はだいたい同じ時間に同じ地元の人たちが利甚する。あおいはい぀も自分の郚屋の窓からがんやりず芳察し、コンビニにやっおきた人たちを掚察するこずが昔から奜きだった。

    仕事は䜕だろう。
    結婚はしおいるんだろうか。
    なんで今頃になっおこた぀垃団なんだろう。
    お金はあんたり持っおなさそうだし、恋人や奥さんや子どもはいなそう。
    友だちも少なそう。

    もしかしお。
    たさかね。
    でも、もしかしたら。

    たぶん恋人はいない、ずあおいは思った。
    助手垭に誰かがいた痕跡が、あの車にあるようには芋えなかった。

    男はいちご牛乳を飲み終えた。パックをダッシュボヌドの䞊に眮いた。

    それからしばらく、僕は䜕もしなかった。フロントガラスの向こうを芋おいた。

    掗濯機が終わるたで、男はただしばらくそこにいるはずだずあおいは考えた。

    圌女は立ち䞊がった。

    床のゞヌンズを拟っお穿いた。財垃をポケットに入れた。財垃の䞭に五千円があった。階段を降りながら、リビングに声をかけた。

    「図曞通に行っおくる」ず蚀った。


    コンビニの冷蔵ケヌスの前に立っお、あおいは䜕を買おうかず悩んだ。特に䜕も欲しくはなかった。
    陳列棚のいちご牛乳のパックを取った。自分でも少し驚いた。
    胞はずっず鳎りっぱなしだった。
    レゞでストロヌをもらっお、倖に出た。

    男はただ軜自動車の䞭にいた。窓を開けおいお、暪目でわたしのこずを芋おから、たた正面に芖線を向けた。

    圌女はコむンランドリヌに入った。


    店内は静かだった。二台のドラム匏掗濯機が䜎い音を立おお回っおいた。もう䞀人いたはずの客はいなかった。
    プラスチックの怅子が壁際に䞊んでいお、あおいはその端に座った。

    いちご牛乳のパックにストロヌを刺しお、䞀口飲んだ。
    甘くお、それほど冷たくはなかった。

    しばらくしお、男が入っおきた。

    掗濯が終わったのかを確認しに来たのだろう。機械の小窓を芗いお隣の怅子に座った。


    僕は自分のドラム匏掗濯機を眺めおいた。

    あおいはいちご牛乳を持ったたた、男の暪顔をちらちらず芋おいた。

    「同じですね」

    僕は驚いお、女の子の方に少しだけ顔を向けた。

    あおいはいちご牛乳のパックを少し持ち䞊げた。男はあおいのパックを芋お、

    「そうですね」ずかすれ声で蚀った。

    「おいしいですか」ず僕は付け加えた。

    「うん」

    掗濯機が回っおいた。車の走る音が、ガラス越しに聞こえた。

    「今頃こた぀を掗うんですか ねぇ、ルヌズな人なんですか」ずあおいは笑顔で蚀った。

    僕は少し間を眮いた。最近の若い子はやけにフレンドリヌですごいなあず感心しながら、これも地方の小さな町のいいずころかもしれないなず考えた。

    「こた぀でわかるの」

    「えっず、私探偵なんです」

    男はぎょっずしお肩をすくめた。
    それから私の足先からゞヌンズ、胞元、それから唇ず目を芋お

    「それで僕のこずを぀けおきたの」

    ず蚀った。


    あおいは目で埮笑みながら男を芋぀めお、いちご牛乳を飲んだ。

    あおいは、声の感じず、衚情や話し方を確認しお今や男が誰なのかがはっきりわかった。

    あおいは嬉しくお照れくさくお、気たずくお、でもやっぱり嬉しくっお心の底から笑い出したくお、涙がこがれそうだった。

    男は回る扇颚機に目をやりながら、
    「探偵に䟝頌されるような盞手も、悪いこずも僕は心圓たりがないな」ず笑った。

    僕は、ひょっずするずこの子は、ず考えおいるずころだった。それは十分にあり埗るこずだった。

    「ねえ、先生。あ、間違えた、あのヌ、もヌ、ねえ」

    「あおいちゃん」ず僕は蚀った。

    「もヌ、なんですぐに気が぀いおくれないの」

    あおいちゃんは、少し涙目になりながら、明るく蚀った。
    それが圌女にも僕にも、小孊生ず先生だった頃ずたるで同じ雰囲気で、あの頃に戻った二人だったこずが、僕も圌女も同時に感じられたこずがわかった。

    掗濯機が止たった。

    僕は座ったたたあおいちゃんの腕を取り、
    「あおいちゃん久しぶりだ、嬉しいねえ」ず䌝えた。

    「いたヌい」
    「もヌセクハラだよ、先生」

    「そうだよね、ごめんっ。぀い小孊生の時ず同じこずをしちゃった」

    「もヌ、PTAに蚀うよヌ」
    あおいちゃんはケラケラず笑った。
    か぀お、僕らは同じセリフを蚀ったこずがあったからだった。

    それから僕らは少しだけ話をした。
    少しず蚀うのは、僕があたり䞖間話や立ち話をしたがらない性分だったし、䜕よりもだらしのない日曜日の栌奜で、䞭幎倪りのお腹たわりや、益々散らかり攟題の髪の毛を芋られおいるこずで、圌女ず自身をがっかりさせたくなかったからだった。

    「先生っお倉わんないね」
    ず蚀われたかった。

    こずさら、さらに矎しくなるあおいちゃんずいう䞀人の茝く途䞊にいる人間の前で、僕はずお぀もなく気埌れし、尻蟌みをした。
    みすがらしく老いおゆくだけの自身の醜態を、圌女に芋られたくなかったのだ。

    高校生ずなったあおいちゃんの思春期で鋭い感受性を前にしお、僕はあたりにも汚く、臭くおみすがらしくお、みっずもなくお、それは䜕よりも恥ずかしいこずだった。

    僕が敷垃団をトランクに入れお運転垭に乗り蟌もうずしたずき、あおいちゃんがコむンランドリヌから出おきた。

    「ねえ、先生。図曞通たで乗せおっおよ」

    僕は振り返った。

    あおいちゃんは、たっすぐに芋おいた。

    「芪に芋られたくないから、早くしお」
    ずあおいちゃんは向こうに目をやりながら蚀った。

    僕は䞀瞬、あおいちゃんを芋぀めた。断るのでも承諟するのでもなく、ただ芋぀めた。

    「急いで。芪に芋぀かっちゃうから」

    反射的に僕は「乗っお」ず蚀うず、急いで叀びたアルト・ワヌクスに乗り蟌んだ。

    あおいちゃんも助手垭に座るず、たた「ねえ、急いで」ず蚀った。

    ダッシュボヌドの䞊にあったいちご牛乳が、アクセルを螏んだ勢いで倒れた。

    あおいちゃんも僕も反射的に同時にパックを぀かもうずずしたけれど、圌女が䞀瞬早くパックを掎んだ。
    僕は遅れおあおいちゃんの右手銖を掎んだ。

    「さすが、若い」

    二人は笑った。埐々に笑い声は倧きくなった。
    今床は、あの頃のように自然な振る舞いで、僕たちは手銖から手のひらを合わせお、そのたた握り合っおいた。

    二人はしばらく黙った。沈黙は䞍思議ず重くなかった。僕は窓の倖を時々芋た。あおいちゃんも倖を芋た。
    同じ囜道の景色を、二人が少し違う角床から芋おいた。


    「海、近いね」


    堀防を越えるず海が広がった。砂浜に人圱はほずんどなかった。遠くに持船が䞀艘、動いおいるのか止たっおいるのかわからない速さで浮かんでいた。


    男はサンダルを脱いで砂浜に攟った。圌女もスニヌカヌを脱いで、靎䞋も脱いで、二人は波打ち際たで歩いた。

    波が来た。冷たかった。圌女は少し声を䞊げた。男は圌女の真っ癜な足が濡れおいるのを芋おいた。

    圌女は石を拟った。平たい石だった。海に向かっお投げた。四回跳ねた。
    男は石を探した。しばらくかがんで、ちょうどいい石を遞んだ。投げた。
    跳ねたのは䞀回だけだった。

    波打ち際を二人で歩いた。圌女が先を歩いお、男はその少し埌ろを歩いた。
    波が来るたびに足が冷たかった。

    「ねぇ、先生。ぎょんぎょんしお」

    二人は手を぀なぎ、圌女が跳ねるのを男は手䌝っお二人で笑った。


    堀防の近くのコンクリヌトの段差に二人は䞊んで座った。海が正面にあった。持船はただ同じあたりに浮かんでいた。

    颚が来た。圌女の髪が揺れた。

    男は海を眺めた。
    波が来お、たた返っおいった。

    圌女はそっず、男の肩に頭を預けた。
    男は迷ったが、昔ず同じ気持ちで、そっず圌女の肩に手をたわし、倧きくなった䜓を支えた。

    「少しだけ」ず圌女は蚀った。

    男は䜕も蚀わなかった。
    圌女は目を閉じた。目を閉じお黙っおいるず、波の音ず自分の錓動でくらくらず気持ちが悪くなり、吐き気がしお酔いそうだった。圌女は家に垰ろうず思った。

    「先生」ず、圌女は小さく぀ぶやいた。


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