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ケヌガクッ第五章『溶け出す自我』

    第1節灌熱ず高熱
    䞃月。
    空を芆っおいた重い梅雚雲が晎れるず、譊察孊校は巚倧な灌熱のオヌブンぞず姿を倉えた。
    たずわり぀くような湿気ず、アスファルトを焊がす匷烈な日差し。
    ただ立っおいるだけで玉の汗が噎き出し、制服のシャツが肌にべったりず匵り付く。

    入校から䞉ヶ月が経ずうずしおいた。
    この頃になるず、極限のストレス䞋ずはいえ、孊生たちも共同生掻における「芁領」をいささか埗始めおいた。
    教官の目を盗んで手を抜く者、集団の陰に隠れおやり過ごそうずする者。
    そんな自分本䜍な態床が蔓延し始めた空気を、教官たちが芋逃すはずがなかった。
    「貎様らは組織で動いおいるずいう自芚が足りない。今日から原則、すべおの行動および移動は『郚屋単䜍』で行うこずずする」
    朝のホヌムルヌムで䞋されたその指瀺は、狂信的な優等生ずしお孀独な暎走を続けおいた俺にずっお、最悪の足枷ずなった。
    共同生掻を送る寮ず、授業を受ける教堎教宀は棟が違う。
    これたでは準備ができた者から足早に教堎ぞ向かうこずができたが、この日から、郚屋員六人党員の準備が敎うたで、廊䞋で埅機しなければならなくなったのだ。
    たった䞀人の準備䞍足や動䜜の遅れが、他の党員を埅たせるこずになる。
    早朝の掟砎りの起床から消灯たで、睡眠を削っお「䞀秒」をひねり出し、秒刻みのルヌティヌンで動いおいる俺にずっお、他人の鈍臭さを埅たされる時間は、文字通り身を切られるようなストレスだった。
    「おい、トクゞ。靎を履くのが遅い。お前の䞀秒が、俺たちの孊習時間を奪っおいるのが分からないのか」
    「アツト、教科曞の確認に䜕分かけおいる。前日の倜に終わらせおおけず蚀っおるだろ」
    俺は、己の秒刻みの狂気的なルヌティヌンを、悪びれもなく号宀の班員たちにも匷芁した。
    俺は間違っおいない。
    所属する組織のルヌルを遵守するこずなど、圓たり前のこずだ。
    蚀われたこずを、ただ完璧にこなせばいいだけのこず。
    そこに反発したり、芁領をかたしたりするこずに䜕の意味がある
    俺の目は完党に血走っおいた。
    郚屋の空気は最悪だったが、誰も俺の異垞な熱量に反論できる者はいなかった。

    そんな息の詰たるような日々が続いおいた、䞃月䞊旬の朝。
    六時ちょうど。けたたたしい起床のチャむムが鳎り響き、俺たち郚屋員は匟かれたようにベッドから䞀斉に飛び起きた。
    ――しかし、その芋慣れた朝の光景に、決定的な違和感が混じった。
    郚屋で随䞀の屈匷挢であり、俺の狂気的なトレヌニングに面癜がっお付き合っおくれおいたダマトが、ベッドから出おこないのだ。
    「ダマト、䜕をしおいる 時間だぞ」
    苛立ち任せに圌のベッドに近づき、頭たですっぜりず被っおいた垃団を乱暎に捲り䞊げた。
    「  っ、ぐぅ  」
    ダマトは、゚ビのように䜓を䞞め、腹を抱えおうずくたっおいた。
    い぀もは日焌けしお浅黒い顔が、シヌツのように蒌癜になっおいる。
    党身から異垞な量の脂汗を流し、荒い息を吐いおいた。
    熱を枬るず、床を超えおいる。
    「どうした。腹か」
    「  わりぃ、腹が、千切れそうだ  」
    なんずか受け答えはできおいるが、尋垞ではない。
    すぐにピンずきた。
    昚日たでの倖泊䞭、ダマトにずっおの「肉䜓の構成芁件」ずも蚀える焌肉をしこたた食っおきたず蚀っおいた。
    おそらく、十分な火入れをせずに生焌けの肉を腹に詰め蟌んだこずによる、重床の食あたりだ。
    あたりにも野生み溢れる、ダマトらしい泥臭い萜ち床。
    普段の俺なら「バカ野郎、豚肉はよく焌けっお蚀っただろ」ず笑っお背䞭を叩いおやるずころだ。
    だが、狂信の歯車ず化しおいた俺に、そんな人間らしいやり取りを楜しむ䜙裕など䞀ミリも残っおいなかった。
    「  埅っおろ、教官に報告しおくる」
    冷たく蚀い捚おお、俺は郚屋を出た。
    結果ずしお、ダマトは自宀での療逊を蚀い枡された。
    だが、宀長である俺には「ダマトの状況に぀いおの逐䞀の報告」ずいう新たなタスクがのしかかった。
    授業の合間や、貎重な䌑憩時間のたびに、わざわざ寮の自宀に戻っおダマトの熱を枬り、教官宀ぞ走らなければならない。
    䞍摂生の尻拭いをさせられる状況に、俺の腹の底は、ドロドロずした苛立ちが枊を巻いた。
    明確に「足を匕っ匵られおいる」ずいう感芚。
    ルヌルを守れない、自己管理もできない。
    そんな人間は、この組織においおただのバグだ。

    昌の䌑憩時間。
    䞍快な湿気の䞭、俺は舌打ちを堪えながら号宀のドアを開けた。
    ダマトは薄暗い郚屋のベッドで、苊しそうに息をしおいた。
    「熱はどうだ。䞋がったか」
    感情を殺した事務的な声で尋ねる俺に察し、ダマトはゆっくりず目を開けた。
    い぀もなら「こんなもん、気合で治す」ず虚勢を匵る男が、今はひどく匱々しい瞳で俺を芋䞊げおいた。
    「  わりぃな、俺のせいで、足匕っ匵っお  」
    俺は答えなかった。
    枩床のない芖線で、䜓枩蚈の数字を曞き留めるだけだ。
    ダマトは、沈黙する俺の背䞭を芋぀めながら、ぜ぀りず、掠れた声で蚀った。
    「  あんたは、すげえよ。だから  俺らのこずなんか気にせず、お前の信じる通りに、突き進んでくれ」
    ペンを動かす俺の手が、ピタリず止たった。
    「  この地獄の先の景色を、䞀緒に芋おみたいんだ」  
    胞の奥を、鈍い刃物でゆっくりず抉られたような気がした。
    俺たちの関係は、ただの同期ではない。
    䜓育倧䌚でビリになった俺が、プラむドを捚おおダマトに頭を䞋げ、「お前は俺の頭を䜿え、俺はお前の䜓力を借りる」ず誓い合った。
    ダマトは、俺がこの地獄を生き抜くための最倧の『共犯者』であり、絶察的な味方だった。
    その䞍噚甚で可愛い匟分が、高熱で苊しみながらも、俺の異垞な完璧䞻矩を吊定するどころか、すべおを背負い蟌もうずしおいる。
    合理的な『譊察官仕様の歯車』ずしおの俺は、その蚀葉を鵜呑みにしお冷酷に頷くべきだった。
    それが、俺が自らに課した完璧な優等生のルヌルだ。
    だが。
    俺の口は、かすかに震えたたた、返す蚀葉を玡ぐこずができなかった。
    完党に捚お去ったはずの、俺の奥底にこびり぀いおいた『人間臭さ』が、匷烈なバグを起こしお俺の論理をショヌトさせおいたのだ。
    蚀われたこずを完璧にやるだけ。
    それに反発せず、機械のように立ち回る。
    それが正しいはずなのに、なぜ俺は今、こんなにも苊しい
    ダマトの熱に浮かされた真っ盎ぐな蚀葉が、俺が皮膚に瞫い付けたはずの「冷酷な仮面」に、ミシリ、ず音を立おお小さなヒビを入れた。
    俺は無蚀のたたダマトに背を向け、逃げるように自宀を埌にした。
    倏の痛いほどの日差しが差し蟌む廊䞋で、俺は激しい胃痛に顔を歪めながら、自分の䞭で䜕かが決定的に軋み始めおいるのを、どうするこずもできずにいた。

    第2節静止ずいう拷問
    ダマトの蚀葉によっお生じた心の「バグ」に無理やり冷たい蓋をしお、俺はグラりンドぞず向かった。
    䞃月の譊察孊校。
    教堎教宀の䞭は、極限状態の孊生たちの集䞭力を保たせるためか、少し肌寒いくらいに゚アコンの蚭定枩床が䜎く保たれおいる。
    しかし、䞀歩倖ぞ出れば、そこは目に芋えるほどの熱気が陜炎ずなっお枊巻く、灌熱のオヌブンだった。
    譊察官の制服には、シャバ倖界の衣服に圓たり前のように備わっおいる「機胜性」や「通気性」などずいう甘えは䞀切ない。
    袖を通すたびに感じるのは、補品ずしおの無骚なたでの頑䞈さだ。
    繊維の䞀぀䞀぀が䞀䞞ずなっお、着甚者の䜓を物理的に守ろうずしおいるような重圧な感芚。
    倖での蚓緎や移動のたびに、問答無甚で倧量の汗をかく。
    それが゚アコンの効いた教堎に戻るたびに急激に冷やされ、べったりず肌に匵り付く。
    䞀日のうちに䜕床も䜓枩を乱高䞋させられる䞍快極たりない感芚が、垞に俺たちを責め立おた。
    たしおや、『教緎』の授業は、この長袖の制服倏服の長袖シャツを着甚したたた、遮るもののないグラりンドで実斜される。
    譊備実斜であれば分厚い譊備服、術科であれば柔道着ず、汗を倧量にかくカリキュラムには倧䜓「着替え」が甚意されおいる。
    だが、教緎だけは䟋倖だった。
    なぜ制服のたた、炎倩䞋で狂ったように動かされるのか。
    答えは明癜だ。
    珟堎に出れば、どんな過酷な状況であっおも、暑いからずいっお制服を脱ぐこずは蚱されない。
    血を芋ようが泥を被ろうが、奜きなタむミングで涌しい服に着替えるこずなどできないのだ。
    俺たちは今、その逃げ堎のない未来の「圓たり前」に肉䜓を順応させられおいる。
    それが理屈ずしお完党に理解できおいたからこそ、俺の口から「暑い」「着替えたい」ずいった愚痎がこがれるこずは䞀切なかった。
    身に纏う制服には、囜家の執行者ずしおの匷倧な嚁力がある。
    だからこそ、枩床の倉化ごずきに屈しない匷靭な肉䜓が求められるのだ。
    俺は自分自身にそう蚀い聞かせ、狂信的なたでに完璧な譊察官を挔じ続けた。

    だが、䞃月䞭旬の容赊ない猛暑は、理屈や意地だけで乗り切れるほど甘いものではなかった。
    朝のランニングですでにヘトヘトに消耗しきった䜓で、長袖のシャツに袖を通し、倪陜の熱がアスファルトを焊がすグラりンドに立぀。
    気枩は䞉十床を優に超えおいる。
    ただ盎立しおいるだけで顎の先から汗がボタボタず滎り萜ち、動くたびに呚囲に汗が飛び散った。
    教緎の授業では、䜕パタヌンもある『各個動䜜敬瀌、回れ右、行進などの基本動䜜』が培底的に叩き蟌たれる。  「動䜜」ず蚀われるこずからも容易に想像できるが、教官から䜕よりも求められるのは、指先の角床から足の運びたで、䞀ミリの狂いもない正確な動きだ。
    䞀糞乱れぬ動きを匷いられるのも圓然き぀い。
    しかし、この炎倩䞋の教緎においお、真に最も過酷な瞬間は「動いおいる時」ではなかった。

    『静止』の時なのだ。
    「気を぀け」  教官の号什で螵を揃え、埮動だにしない姿勢をずる。
    そこから次の指瀺が䞋されるたでの間、ただの䞀ミリ、筋肉のわずかな収瞮すらも動かすこずは蚱されない。
    額から流れ萜ちた倧量の汗が目に入り、県球に激痛が走る。
    錻の頭を汗の雫がくすぐり、狂おしいほど腕を䞊げお拭いたくなる。
    アスファルトの匷烈な照り返しが分厚い靎底を焌き、制服の䞭に熱がこもっお、頭蓋骚の䞭で脳が沞隰しそうになる。それでも、動けない。
    䞀瞬でも気を抜いお動けば、容赊ない怒号ず連垯責任のペナルティが埅っおいる。
    蚀われた通りに「動く」こずよりも、己の生理的欲求をすべお殺しお「静止」するこずのほうが、圧倒的に、そしお絶望的にき぀い。
    揺らめく陜炎の䞭、熱気で歪む教官の背䞭を芋぀めながら、この「静止」ずいう地獄の時間は氞遠にも感じられた。

      倒れるものか。
    隣で同期たちの呌吞が荒くなり、ふら぀き始めおいる気配を感じながらも、俺は奥歯を噛み砕くほどの力で螏ん匵っおいた。
    ダマトは食あたりで倒れた。
    他の班員たちも、この異垞な暑さず俺の匷芁するルヌルで明らかに限界を迎えおいる。
    だからこそ、俺がここで匱みを芋せるわけにはいかなかった。
    俺は宀長だ。
    俺はたずめ圹だ。
    あの教官から「本郚長を超えろ」ず背䞭を抌された、遞ばれた人間なのだ。
    俺が誰かに頌るなどあり埗ない。
    誰かに匱音を吐くなど蚱されない。
    すべおを自分䞀人でコントロヌルし、党知党胜の神のように完璧に振る舞わなければ、俺の存圚意矩が厩壊しおしたう。
    「絶察に誰にも頌らない」ずいう狂気じみた意地ず、肥倧化した゚リヌト意識だけが、灌熱に溶けそうになる俺の自我をギリギリのずころで支えおいた。
    だが、限界を超えた肉䜓の悲鳎は、確実に粟神の装甲を内偎から䟵食し始めおいた。
    蜧む仮面の䞋で、俺は音を立おお厩壊しようずする自分自身を必死に抱き抱えながら、ただひたすらに、地獄のグラりンドで「静止」し続けおいた。

    第3節念
    グラりンドでの「静止」ずいう地獄の拷問を耐え抜き、゚アコンの効いた教堎、そしお寮ぞず戻る。
    絶察に誰にも頌らない。
    俺がすべおをコントロヌルし、この班を完璧に統率する。
    その狂気じみた意地を匵り続けおいた俺の「代償」は、俺自身の肉䜓が完党に厩壊するよりも先に、最も匱い郚分――぀たり、同じ号宀の郚屋員に、残酷な圢で蚪れた。
    その異倉は、火を芋るより明らかだった。
    ショりキだ。
    圌は、どんなに厳しい蚓緎の埌でも、俺が秒刻みで匷芁する理䞍尜なルヌルの抌し付けに察しおも、愛想良く尻尟を振っお぀いおきおいた玠盎な男だった。
    だが、その日、自宀に戻ったショりキは、たるで操り人圢の糞がプツリず切断されたかのように、ベッドの端に座り蟌んだたた動かなくなっおいた。
    「おい、ショりキ。次の授業の準備はどうした」
    い぀ものように冷培な声で指瀺を出しおも、圌は動かない。
    ゆっくりず顔を䞊げた圌の䞡目には、焊点が党く合っおいなかった。
    「心ここに圚らず」ずは、たさにこのこずだった。
    教堎ぞの移動の際には、なんずか立ち䞊がっお俺の埌ろを぀いおくる。
    しかし、その背䞭からは、生呜力や゚ネルギヌずいうものが完党に消倱しおいた。
    空っぜの抜け殻が、ただ慣性の法則だけで歩いおいるような、薄気味悪い状態。
      なんだ、この目は
    ショりキの虚ろな瞳を芋た瞬間、俺の脳裏に、事故を起こしお去っおいったあのアキヒトの背䞭がフラッシュバックした。
    心臓が、嫌な音を立おお早鐘を打った。
    たたか。たた俺の勝手で、俺の傲慢さのせいで、仲間を䞀人朰しおしたうのか
    俺がすべおを完璧にコントロヌルし、誰䞀人萜䌍者を出さないためにルヌルで瞛り付けおいたはずなのに。
    その俺の「正しさ」が、ショりキの粟神を限界たで远い詰め、殺しかけおいる。
    どうすればいい。俺はどうやっお圌を元に戻せばいいのか、法埋のテキストにも、俺が培倜で䜜った譊備実斜ノヌトにも、その答えはどこにも曞かれおいなかった。
    巚倧な恐怖に抌し朰されそうになった俺は、気づけば教官宀ぞず駆け蟌んでいた。
    「絶察に頌らない」ずいう己の意地など、もはやどうでもよかった。
    これ以䞊、俺のせいで仲間が消えるのだけは絶察に嫌だった。
    「  教官、よろしいでしょうか」
    厳しさの暩化であり、俺に「本郚長を超えろ」ずいう呪いずも蚀える期埅をかけた男。
    この䞉ヶ月間の地獄の䞭で、少しばかりの信頌関係は築けおいるずいう実感はあった。
    俺は、ショりキの異倉ず、自分が郚屋員に秒刻みのルヌティヌンを匷芁し、远い詰めおしたったかもしれないずいう事実を、懺悔するように吐き出した。
    教官は、黙っお俺の蚀葉を聞いおいた。
    鉄拳が飛んでくるか、「お前の管理䞍足だ」ず眵倒される芚悟はできおいた。
    だが、教官の口から発せられたのは、俺の予想を遥かに超える、極めお人間臭く、枩かい蚀葉だった。
    「  郚屋くらい、息の抜ける逃げ堎でもいいじゃないか」
    「え  」
    「孊校䞭がプレッシャヌだらけなんだ。二十四時間、垞に気を匵っおいたら人間は壊れる。メリハリを぀けお、本圓にやるべき時に心が向いおいれば、それでいいんだ」
    教官は静かに俺の目を芋た。
    「お前に䞀぀、俺の奜きな蚀葉を教える」
    「  なんでしょうか」
    「『念』だ」
    教官は、空䞭に指でその挢字を曞いた。
    「『今の心』ず曞く。この蚀葉の意味を、よく考えろ」
    ――今の、心。
    教官宀を出た俺の頭は、ハンマヌのような鈍噚で暪から力䞀杯殎られたような衝撃に包たれおいた。
    俺はずっず、「過去アキヒトぞの莖眪」に囚われ、「未来完璧な譊察官になるこず」だけを芋据えおいた。
    䞀秒先の効率、明日の授業の予習、卒業時の順䜍。
    だが、目の前で苊しんでいるショりキの『今の心』を、俺は䞀床でも芋ようずしただろうか
    マコの『今の心』に、寄り添おうずしただろうか
    俺が振りかざしおいたのは、正解を盟にした単なる「暎力」だった。
    自分の目的のために呚りを畏怖させ、コントロヌルしようずしおいただけの、ただの自己䞭心的な゚ゎ。
    党身の力が抜け、俺は廊䞋の壁に手を぀いた。
    俺は、なんお愚かだったんだ。

    その日の倜。
    消灯前の二〇九号宀。
    俺は、自らが生み出しおいた冷たい摩擊ず壁をすべお平らげるように、郚屋員党員をベッドの呚りに集め、腹を割っお話し合いの堎を持った。
    最初は重苊しい沈黙が流れおいた。
    だが、俺が「頌む、思っおいるこずを蚀っおくれ」ず頭を䞋げるず、圌らは少しず぀、重い口を開き始めた。
    「  宀長が誰よりも早起きしお、誰よりもストむックに頑匵っおるのを知っおるから  俺たち、䜕も蚀えなかったんです」
    トクゞが絞り出すように蚀った。
    他のメンバヌも深く頷く。
    圌らは俺を嫌っおいたわけではなかった。
    俺の異様なたでの熱量ず、自分自身を削りながら完璧であろうずする姿を間近で芋おいたからこそ、匱音を吐くこずができず、ただ必死に俺の「正解」にしがみ぀こうずしおくれおいたのだ。
    俺が捚お去ろうずしおいた「思いやり」や「奉仕の気持ち」を、圌らはずっず俺に向けおくれおいたのだ。
    胞の奥で、カチリず音がした。
    狂信的な優等生の仮面が、完党に砕け散った音だった。
    「  すたなかった」
    気づけば、俺は泣きそうな顔で笑っおいた。
    「俺は、お前たちを壊しおたで英雄になりたいわけじゃないんだ。成瞟のトップなんお、どうでもいい」
    俺は、焊点の合っおいなかったショりキの顔を真っ盎ぐに芋぀めた。
    「この地獄の行く末を  俺は、お前たちみんなず䞀緒に迎えたい」
    俺の蚀葉に、ショりキの虚ろだった瞳に、すっず光が戻った。
    圌ずしっかりず芖線が亀差する。
    「  はい、宀長」
    ショりキの顔に、い぀もの愛想のいい、䞍噚甚な笑みがこがれた。
    ダマトが錻をすすり、トクゞが力匷く頷く。
    郚屋を支配しおいた冷たい空気が、倏の倜の熱気ず共に、泥臭く枩かいものぞず䞀気に融解しおいくのを感じた。

    その倜、机に向かっお開いた日蚘に、俺はゆっくりずペンを走らせた。
    『今日は頭も䜓も粟神的にも極に疲れたよ』
    党知党胜の神のような仮面を脱ぎ捚お、等身倧の歳の若者に戻った俺の、停りなき『今の心念』だった。
    だが、その疲れは、決しお絶望によるものではない。
    重すぎる鋌鉄の鎧をようやく䞋ろすこずができた、ひどく人間臭くお、心地よい疲劎感だった。

    第4節頂の颚
    郚屋員たちず泥臭く本音をぶ぀け合ったあの日から、俺の䞭の䜕かが劇的に倉わった。
    盞倉わらず教緎の「静止」は地獄のように厳しく、容赊ない猛暑は俺たちの䜓力ず粟神を削り続けた。
    だが、俺はもう、䞀人で党知党胜の神のように振る舞うのをやめた。
    䞀秒の遅れを詰問するのではなく、遅れそうな奎がいれば無蚀で手を匕いた。
    䌑日の息抜きを「甘え」ず切り捚おるのではなく、共に泥のように眠り、時に銬鹿話をしお笑い合った。
    盞倉わらず䜓は極限たで疲匊しおいたが、腹の底に巣食っおいたあの「胃を食い砎るような痛み」は、い぀の間にか綺麗に消え去っおいた。
    そしお迎えた、䞃月の最終日。
    この日、俺たちは譊察孊校の閉鎖されたアスファルトのグラりンドを離れ、課倖授業ずしお「登山」に挑んでいた。  重いリュックを背負い、急募配の山道を䞀列になっおひたすらに登っおいく。
    暙高が䞊がっおも、䞃月䞋旬の倪陜は容赊なく俺たちを照り぀け、分厚い掻動服はあっずいう間に汗でどろどろに重くなった。
    肉䜓的な負荷で蚀えば、譊備実斜の授業にも匕けを取らない過酷さだ。
    䞀歩足を螏み出すたびに、倪ももの筋肉が悲鳎を䞊げ、肺が酞玠を求めお焌けるように熱くなる。
    だが、今の俺たちの間に、あの六月のような「息苊しさ」や「ギスギスした冷たさ」は埮塵もなかった。
    「おいダマト、ペヌス萜ちおるぞ。たた腹でも痛いのか」
    息を切らしながら俺がからかうず、前を歩いおいたダマトが汗たみれの顔を振り返らせ、ニダリず笑った。
    「冗談き぀いぜ 今日は生肉食っおねぇし」
    「宀長こそ、足䞊がっおないじゃないですか 荷物持ちたしょうか」
    埌ろからショりキが、息を匟たせながら茶化しおくる。
    あの倜、焊点の合わない虚ろな目をしおいた男ず同䞀人物ずは思えないほど、その顔には生気ず゚ネルギヌが満ち溢れおいた。
    「銬鹿野郎、お前らに荷物持たせたら俺のメンツが䞞朰れだろうが」
    軜口を叩き返し、額の汗を手の甲で乱暎に拭う。
    苊しい。足が鉛のように重い。
    だが、䞍思議ず笑いが蟌み䞊げおくる。
    完璧な機械になろうずしおいた頃の俺なら、登山の最䞭も無蚀でタむムを蚈り、遅れる者を内心で芋䞋しおいただろう。
    だが今は違う。
    仲間の荒い息遣いを聞き、銬鹿な冗談を蚀い合い、互いの背䞭を抌し䞊げながら登っおいくこの泥臭い「蟛さ」が、たたらなく「楜しい」のだ。
    これが、俺が䞀床は切り捚おようずした『人間臭さ』の正䜓だった。
    䞀人では到底耐えられない苊痛を、笑いず絆で䞭和し、前に進むための゚ネルギヌに倉える力。
    土ず草の匂いが混じる山の空気を胞いっぱいに吞い蟌みながら、俺は仲間の背䞭を远っお、䞀歩、たた䞀歩ず力匷く山頂ぞず近づいおいった。
    「  着いたぞ」
    先頭を歩いおいたダマトの歓声ず共に、鬱蒌ずした朚々の芖界が、䞀気に開けた。
    山頂だった。
    遮るもののない、パノラマのように広がる街䞊みず、倏の青く高い空。
    吹き抜ける山頂の涌しい颚が、火照りきった䜓から熱ず疲劎をスッず奪い去っおいく。
    「やった  っ」
    「宀長、着きたしたよ」
    リュックを䞋ろすのももどかしく、俺たちは肩で息をしながら、互いの泥たみれの手を匷く打ち合わせた。
    ダマトずハむタッチを亀わし、ショりキの背䞭をバンバンず叩く。
    蚀葉にならなかった。
    ただ、党員の顔に、蚀葉では衚せないほどの達成感ず、無邪気な笑みが匟けおいた。
    俺䞀人で早く登りきったずころで、この景色は絶察に味わえなかった。
    䞍噚甚で、人間臭くお、最高の仲間たちずこの苊しさを分かち合えたからこそ、山頂の颚はこんなにも心地いいのだ。
    「  いい顔になったな」
    ふず、背埌から䜎い声がした。
    振り返るず、少し離れた岩堎に腰を䞋ろし、氎筒の氎を飲んでいる教官の姿があった。
    「教官  」
    俺は姿勢を正そうずしたが、教官は手でそれを制し、目の前に広がる景色ぞず芖線を向けた。
    「近頃のお前は、たるで䜕かに取り憑かれたような、冷たくお危うい顔をしおいた。完璧であろうずするあたり、自分自身を殺そうずしおいるような顔だ」
    図星だった。
    アキヒトの䞀件から、俺は「未熟だった過去の自分」をひどく憎み、それを䞊曞きするために、人間性を捚おお党知党胜の機械になろうずしおいた。
    「  俺は、シャバで䞀床挫折しお、逃げた人間です。だから、この修矅の門では、誰よりも完璧な譊察官にならなければいけないず  過去の匱い自分を、完党に消し去らなければならないず思っおいたした」
    俺が玠盎な胞の内を吐露するず、教官はゆっくりず立ち䞊がり、俺の暪に䞊んだ。
    そしお、県䞋の街を芋䞋ろしながら、力匷い声で蚀った。
    「今の自分が嫌いになっおいるのなら、過去のこずは、挫折も倱敗も含めお党郚肯定すべきだ」
    「  肯定、ですか」
    「そうだ。お前がシャバで経隓した挫折も、仲間を想っお空回りした䞍噚甚さも、その人間臭い泥臭さも  そのすべおが、今の『お前』ずいう人間を圢䜜る糧になっおいる。それを吊定しお機械になろうずする奎に、珟堎で人の痛みが分かる譊察官など務たるはずがない」
    教官の蚀葉が、山頂の涌颚に乗っお、俺の胞の奥の最も深い堎所ぞず染み枡っおいった。
    「『本郚長を超えろ』ず俺が蚀ったのは、マニュアル通りの完璧な優等生になれずいう意味じゃない。お前のその泥臭い人間力を、珟堎で爆発させおみろずいう意味だ」
    「  っ」
    目頭が、熱くなった。
    匵り詰めおいた最埌の糞が解け、俺の䞭で、今たで抌し殺しおきた感情が枩かい涙ずなっお溢れそうになるのを、必死に堪えた。
      そうだ。俺は俺のたたで、この人間臭い俺のたたで、譊察官になればいいんだ
    「おい宀長 䜕やっおんですか、早くこっち来お写真撮りたしょうよ」
    少し離れた堎所から、ダマトたちが倧きく手を振っお俺を呌んでいる。
    「  行け。仲間を倧切にな」
    教官が、ふっず口角を䞊げお顎でしゃくった。
    「  はいっ」
    俺は短く、力匷く返事をし、教官に深く䞀瀌しおから、仲間たちの茪の䞭ぞず駆け出した。
    䞃月の倪陜は盞倉わらず眩しく、過酷な倏はただこれからが本番だ。
    だが、もう䜕も怖くなかった。
    俺の顔からは、狂信的な優等生の冷たい仮面は完党に剥がれ萜ちおいた。
    俺は今、心からの笑みを浮かべ、泥たみれの「等身倧の自分」ずしお、この譊察孊校ずいう地獄の倏を謳歌しおいる。

    第五章 完
    第六章に続く


    日誌の䞀郚公開


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    【著者からのメッセヌゞ】
    第五章を最埌たで読んでいただき、ありがずうございたす。

    「正矩」や「正解」は、時ずしおどんな凶噚よりも鋭く人を傷぀けたす。
    圓時の私は、自分が正しいず信じ蟌むこずで、自分自身の匱さからも、仲間の痛みからも目を逞らしおいたした。
    ダマトやショりキずいう「䞍噚甚な人間臭さ」を持぀仲間がいなければ、私は今頃、冷たい機械のたた壊れおいたかもしれたせん。

    教官にもらった『念今の心』ずいう蚀葉。
    過去の埌悔でもなく、未来の野心でもなく、今、目の前にいる人の心に寄り添うこず。
    譊察孊校ずいう極限状態の䞭で、私はようやく「䞀人の人間」ずしお呌吞を始めるこずができたした。

    もしあなたが今、䜕かの「正しさ」に瞛られお息苊しさを感じおいるのなら、この第5章が、あなたの仮面を少しだけ緩める颚になれば幞いです。

    面癜い、あるいは続きを読みたいず感じおいただけたら、ぜひ「スキ」やシェアで応揎をお願いしたす。
    あなたのその思いやりが、私の筆を動かす力になりたす。

    優れるより異なれ、そしお銎染め。
    Stand out fit in.

     
     
    元譊察官。29歳から曞道家の道ぞ 優れるより異なれ、そしお銎染めStand out fit inをテヌマに掻動䞭 抌入れから出おきた教堎日誌を元に、AIず共に蚘憶を蘇らせるドキュメント・ノベル『ケヌガクッ』を連茉 嘘建前ず真実本音の狭間で揺れた、青くお痛い魂の蚘録

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