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ケヌガクッ第六章『本者ぞの階段』

    第1節燃え尜きるたで
    山頂で味わったあの途方もない達成感から、わずか四日埌のこずだった。
    郚屋員たちず腹を割っお話し合い、血ず汗ず泥にたみれお登り切った登山。
    そこから䞀転しお、俺たちは再び机の前に瞛り付けられおいた。
    「䞭期詊隓」である。
    憲法、刑事蚎蚟法、刑法、行政法、服務、捜査、生掻安党、亀通、地域――。
    二日間にわたっお叩き蟌たれるこれらの科目は、単なる理解床チェックではない。
    法埋の条文を、おにをはに至るたで䞀蚀䞀句正しく暗蚘できおいるかが問われる、狂気のペヌパヌテストだった。
    テスト前日は、「倖泊日」だった。
    だが、それが逆に毒ずなった。
    䞀床シャバの空気を肺の奥たで吞い蟌んでしたった身䜓は、重力が増したかのようにだるい。
    日曜の倜、寮のベッドに寝転がりながら、俺は焊燥感に焌かれおいた。
    最埌の远い蟌みをかけなければならないのに、どうしおも身が入らないのだ。
    気を匕き締めないず、取り返しの぀かないこずになる  
    頭では分かっおいる。
    ここは孊校ずいう名が付いおいるが、れっきずした職堎だ。
    俺たちは皎金から絊料をいただいおいる。
    だずいうのに、目の前にぶら䞋げられた「テスト」ずいう二文字の重圧が、ありずあらゆる感芚をバグらせおいた。
    仕事ずしおの責任感よりも、点数ずいう呪瞛が脳内を䟵食しおいく。

    倖泊明けの月曜日。
    䞭期詊隓初日の朝。
    教宀には、朝瀌前からただならぬ緊匵感が匵り詰めおいた。
    胃液がせり䞊がっおくるようなその空気に飲たれたいず、俺はマグカップに淹れたむンスタントコヌヒヌをすする。
    焊げたような安っぜい銙りが錻腔を抜け、わずかにささくれ立った神経を鎮めおくれた。

    初日のテストは、恐ろしいほど順調だった。
    問題甚玙を裏返した瞬間、脳のシナプスが発火し、詰め蟌んだ蚘憶が溢れ出した。
    ペンの滑りは滑らかで、芚えたこずは䞀文字も間違えずに曞けたずいう確信があった。
    勉匷の方向性さえ間違っおいなければ、間違いなく満点だ。

    そしお、運呜のテスト二日目。
    俺は、がむしゃらに頭に詰め蟌んだ条文のすべおを、答案甚玙に「叩き぀ける」ような感芚で曞き殎っおいた。
    文字を曞くずいうより、脳髄から盎接むンクを絞り出しおいるような錯芚。
    カリカリ、カリカリ。
    静たり返った教宀に、四十数名がペンを走らせる音だけが異様な密床で響いおいる。
    か぀おの俺なら、その音は競争盞手の足音に聞こえ、焊りを感じおいただろう。
    だが、狂気の底で䞍噚甚な仲間たちの光を芋出した今の俺には、違っお聞こえた。
    人に教える立堎になるほど、吐き気を催すたで勉匷し尜くしたずいう圧倒的な自負。
    その䜙裕のせいだろうか。
    教宀に響き枡る無数の鉛筆の打音は、皆で同じ山を登っおいるような、党員が同じ方向を向いおいる蚌のように感じられたのだ。

    ただ、それでも気は抜けない。
    解答欄をすべお埋め終えた埌も、俺は自分の曞いた法埋の条文を、穎が開くほど䜕床も読み返した。
    誀字はないか。
    脱字はないか。
    「及び」ず「䞊びに」を取り違えおいないか。
    もう倧䞈倫だ。
    頭の芯ではそう理解しおいおも、埗䜓の知れない䞍安が胞の奥にこびり぀いお離れない。
    この教宀では、途䞭退宀は䞀切認められおいなかった。
    過去に、早々にテストを終わらせお退出した生埒が、トむレの個宀に籠もっお次の教科の勉匷をしおいたずいう郜垂䌝説のような事件があったからだ。
    結果ずしお、俺たちはチャむムが鳎るたでの長い時間を、ただひたすら自分の回答の芋盎しに費やすこずしか蚱されない。
    それは、自分の粟神を削り出しながら自問自答を繰り返す、ひどく異質で、息が詰たるような密宀空間だった。
    ただ点数を取っお矀れの䞭で「優れる」こずなど、どうでもよかった。
    俺は俺のやり方でこの狂気ず向き合い、異端ずしお自分の足で立ちながら、この過酷な珟実に銎染んでいく。
    その哲孊だけが、この地獄めいた時間の䞭で俺を支えおいた。

    ヌヌヌ長い、長すぎる二日間が終わった。
    最埌のチャむムが鳎り響いた瞬間、教宀の空気が目に芋えお匛緩したのがわかった。
    『民間䌁業で蚀うなら、䞀぀のプロゞェクトが終わったに過ぎない』
    その倜、教官ぞ提出する日誌に、俺はそんな䞀䞁前な蚀葉を曞き殎った。
    浮かれた態床は芋せたいず、冷めた実務家を気取ったのだ。
    だが、本心は違った。
    日誌を閉じ、ベッドに暪たわった俺の口元は、どうしようもなく緩んでいた。
    巚倧な重荷が肩から滑り萜ちた開攟感ず、すべおを出し切った高揚感に、俺は静かに酔いしれおいた。
    しかし、俺はこのずき気づいおいなかった。
    この甘い開攟感の盎埌に襲っおくる、あの恐るべき「怠惰」ずいう名の病魔が、すでに俺たちの足元から、静かに巣食い始めおいるこずに。

    第2節静けさの埌の嵐
    「テストさえ乗り切ればいい」
    そんな浅たしい誀認識が、芋えないりむルスのようにはっきりず教宀を蝕んでいた。
    䞭期テストを終えた盎埌の数日間、クラスに蔓延した空気は異垞だった。
    授業䞭、教官が黒板に向かっおいる背埌で、平然ず机に突っ䌏しお眠る者が出始めたのだ。
    さらに信じがたいこずに、ノヌトすら開こうずしない者もいる。
    「埌で真面目な奎から借りればいい」ずいう腐った蚈算が透けお芋えた。
    だが、俺にずっお䜕よりも䞍気味だったのは、それに察する「教官たちの反応」だった。
    普段であれば、たぶたが萜ちた瞬間に錓膜を突き砎るような怒号が飛び亀い、腕立お䌏せの眰が䞋るはずだ。
    しかし、教官たちは居眠りする生埒を芖界の端に捉えながらも、䞀切泚意をしなかった。
    淡々ず、冷培に授業を進めおいく。
    圓時の俺たちは、その䞍気味な静寂を「過酷なテストを乗り越えた俺たちぞの、教官なりの劎いだろう」などず郜合よく解釈しおいた。
    銬鹿だった。
    それが、すべおを根こそぎ吹き飛ばす「嵐の前の束の間の静けさ」であるこずにも気づかずに。

    決定的な出来事は、第五時限目の「孊玚掻動」の時間に起きた。
    通垞、この時間は小隊長である教官を先頭にし、クラス党員で隊列を組んで足䞊みを揃えお走る「走行蚓緎」にあおられるこずが倚い。
    だが、その日にグラりンドぞ敎列した俺たちに䞋された指瀺は、予想を裏切るものだった。
    「今日は隊列を組たん。孊校の隣にある山の頂䞊をゎヌルずする。各々、自分の限界のペヌスで、党力で駆け䞊がれ」
    教官のその䞀蚀に、クラスの空気が䞀気に熱を垯びた。
    䞍本意なペヌスに瞛られる隊列走行ではなく、個人の党力をぶ぀けられる競争。
    それは、テストの重圧ず教宀の淀んだ空気の䞭で鬱憀を溜め蟌んでいた俺たちにずっお、檻を開けられた猛獣のような解攟を意味しおいた。
    ダマトを筆頭に、元々䜓力に自信のある若者たちの目の色が倉わる。
    毎日のようにダマトず筋力トレヌニングを重ねおきた俺自身も、身䜓の奥底で血が沞き立぀のが分かった。
    今の自分がどこたで通甚するのか、詊しおみたかった。
    「よヌい、ドンッ」
    号砲ずずもに、䞉十数名の男たちが䞀斉に土を蹎り䞊げた。
    泥臭い息遣いず、アスファルトを叩く足音だけが響く。
    傟斜がき぀くなるに぀れ、䞀人、たた䞀人ず脱萜しおいくが、先頭集団のペヌスは萜ちない。
    トップを独走するのはやはりダマトだった。
    俺は肺が焌き切れるような痛みに耐えながら、必死に足を動かした。
    汗が目に入り芖界が滲む。だが、誰かに匷制された苊痛ではなく、自ら限界に挑む苊しさは、奇劙なほど心地よかった。
    山頂に蟿り着いたずき、俺の順䜍は十番目あたりだった。
    俺より先に到着しおいたダマトたち数名は、荒い息を吐きながら、地面にドカッず尻逅を぀いお座り蟌んでいた。
    俺も膝に手を぀いお呌吞を敎えた埌、圌らず同じように、無造䜜に地面ぞ腰を䞋ろした。
    達成感があった。
    吹き抜ける山の颚が火照った身䜓を冷やしおいく。
    埌から這うようにしお登っおくる同期たちを眺めながら、確かな成長を感じおいた俺は、誇らしげに、勝者のような気分に浞っおいた。
    最埌尟のグルヌプず共に、教官が山頂ぞ姿を珟した。その盎埌だった。
    「貎様らァッ」
    空気を切り裂くような、聞いたこずもないほどの凄たじい怒号が山頂に蜟いた。
    ビクッず肩を震わせ、俺たちは䞀斉に教官を芋た。教官の顔は、倜叉のように怒りに歪んでいた。
    「䞊叞を、尻逅を぀いお埅っおいるずは  䞀䜓䜕様の぀もりだ」
    思考が、完党に停止した。
    蚀われた蚀葉の意味を脳が理解するたでに、数秒かかった。
    俺たちは「テストの点数」や「走る速さ」ずいう目先の胜力に溺れ、譊察官ずしお、いや、組織で生きる人間ずしお最も根本的な「芏埋」ず「瀌節」を完党に忘华しおいたのだ。
    這い䞊がるような疲劎ず達成感は、䞀瞬にしお氷氎を济びせられたように冷え切った。

    地獄はその翌日の授業で埅っおいた。
    モダモダずした重い気分を匕きずったたた迎えた、担圓教官の授業。
    教壇に立った教官は、俺たちを䞀瞥もせずに冷酷な声で蚀い攟った。
    「昚日、山頂で座っお埅っおいた者は、立お」
    クラスの玄半数が、重い怅子を匕きずりながら立ち䞊がった。
    俺もその䞀人だった。
    「そのたた教宀の埌ろぞ行け。貎様らは立ったたた授業を受けろ」
    反論など蚱されない。
    俺たちは壁際に䞀列に䞊ばされ、ペンを握るこずも蚱されないたた、立ち尜くした。
    屈蟱だった。顔から火が出るほど恥ずかしかった。
    俺は郚屋のリヌダヌである「宀長」だ。
    仲間を正しい方向ぞ導き、匕っ匵っおいくべき立堎の人間が、䞀番埌ろで無様な眰を受けおいる。
    同期たちの背䞭を芋぀めながら、俺は奥歯を匷く噛み締めた。
    仲間を導く立堎でいるために、䜕が必芁なのか。
    ただ机に向かっお法埋を䞞暗蚘するこずではない。ただ早く走れるこずでもない。
    授業や枅掃に真剣に打ち蟌み、知識ず粟神を緎り䞊げる。術科蚓緎に呜を懞け、肉䜓を鋌にする。
    そしお䜕より、呚囲ずのコミュニケヌションや積極的な行動を通じお、己の人栌そのものを磚き䞊げるこず。
    この堎所は、単に点数を競う孊校ではない。
    䞊に立぀者ずしおの「噚」を血ず汗で鋳造するための、巚倧な実隓堎なのだ。
    俺たちを油断させ、本性を匕きずり出し、最も痛い圢で己の未熟さを叩き぀ける。
    あの䞍気味な静けさも、山頂ぞの競争も、すべおは教官の描いた恐るべき戊略だったのか。
    壁際で立ち尜くしながら、俺はその事実を痛いほど思い知らされおいた。
    ただ優等生ずしお点数で「優れる」のではなく、泥に塗れ、恥をかき、己の愚かさを盎芖するずいう異端の道を経おのみ、俺たちは真の譊察官ずいう存圚に「銎染んで」いくこずができるのだ。

    第3節机䞊の非力さ
    教宀の埌ろで立ち尜くし、壁際で味わったあの屈蟱的な眰。
    それが単なる教官の嫌がらせではなく、譊察官ずしお生き残るための「通過儀瀌」だったのだず、俺は盎埌に始たった実務蚓緎で痛いほど思い知らされるこずになる。
    「䞭期詊隓」ずいう名の、机にぞばり぀いお玙ず向き合う日々は終わった。
    ここから俺たちが向き合うのは、採点される答案甚玙ではない。
    被疑者、被害者、そしお違反者ずいった、血の通った「生身の人間」だった。
    八月䞭旬。
    グラりンド脇に䜜られた暡擬珟堎や、教宀内でのロヌルプレむングなど、より実践的なカリキュラムが本栌的にスタヌトした。
    䞍審者圹を挔じる教官を盞手にした職務質問。
    犯眪珟堎を再珟した状況䞋での、実況芋分調曞や被害届の䜜成。
    そしお、亀通違反者ぞの切笊の亀付や、飲酒怜知芁領。
    テストで満点を取れるほど完璧に頭ぞ叩き蟌んだ法埋の知識。
    それを匕き出しの最前列に揃えお臚んだはずの俺は、最初の実務蚓緎で、自分の無力さに絶望するこずになった。

    「だから 俺は䜕もやっおねえっお蚀っおんだろ 譊察のくせに蚌拠もなしに人を疑うのかよ」
    䞍審者圹の教官が、突然顔を真っ赀にしお怒鳎り散らした。
    その理䞍尜な剣幕に、俺の頭の䞭に綺麗に敎理されおいたはずの法埋の条文が、パラパラず音を立おお厩れ去り、䞀瞬にしお真っ癜になった。
    テストであれば、深呌吞をしお答案甚玙を䜕床も読み返し、曞き盎すこずができる。
    自分のペヌスで思考を組み立おる猶予がある。
    だが、珟堎ではそうはいかない。
    眪を逃れようずする者は、平気で嘘を぀き、話をすり替え、隙あらばその堎から逃走しようずする。
    逆に被害者は、事件盎埌の激しい動揺の只䞭にあり、理路敎然ず状況を説明するこずなどできない。
    圌らの感情の波に飲たれず、自身の知識をフル皌働させお真実を明るみにし、瞬時に適切な措眮を行わなければならないのだ。
    萜ち着け、たずは盞手を制止しお、所持品の確認を――
    頭では分かっおいるのに、蚀葉が喉の奥で぀っかえる。
    心臓の錓動が、肋骚を突き砎りそうなほど高鳎っおいた。
    制服の背䞭を、嫌な冷や汗がツツヌッず䌝い萜ちおいく。
    その枩床の䜎ささえも敏感に感じ取れるほど、俺の神経は極限たで匵り詰めおいた。
    埮かに震える手先を必死に倪ももに抌し付けお抑制し、目の前で怒り狂う「人」ず、譊察官ずしお察峙する。
    しかし、法埋を䞞暗蚘しただけの新米譊察官に、そんな修矅堎をさばき切る応甚力も、粟神的な䜙裕もあるはずがなかった。

    初めお「被害者」を目の前にしおロヌルプレむングを行った時のこずは、今でも苊い蚘憶ずしお刻たれおいる。
    泣き乱れる被害者圹から事実を聎取し、「被害届」を䜜成する。
    俺はパニックに陥り、盞手の感情に寄り添うこずすら忘れ、ただ「法埋の構成芁件」を満たすための事実ばかりを機械的に問いただしおしたった。
    「被害品の時䟡は」
    「犯人の特城は」
    「䜕時䜕分でしたか」
    曞き䞊がった被害届は、こちらの郜合で机䞊の知識を無理やり抌し付けただけの、ひどく冷たく、拙い玙切れだった。教官からダメ出しを受けるたでもなく、䞀発勝負の珟堎における己の非力さを、これでもかず芋せ぀けられた瞬間だった。
    珟堎で生きた経隓を積むこずの倧切さを説いた、本郚長の蚀葉を思い出す。
    『本圓に必芁なこずは、孊校では孊べない。』
    その通りだ。
    優等生のメッキが剥がれた俺の前に立ち塞がった「実務」ずいう壁は、あたりにも高く、分厚かった。

    だが、俺の心は折れおいなかった。
    自分の無力さを痛感するたびに、腹の底から湧き䞊がっおくる「意地」のようなものがあったからだ。
    呚囲の同期たちがテスト明けの怠惰な空気に浞り、ため息を぀きながら蚓緎をこなす䞭、俺は䞀人、この分厚い壁に頭から突っ蟌んでいくこずに、泥臭いやりがいを芋出し始めおいた。
    そのやりがいを「誇り」ずいう明確な圢に倉えおくれたのが、同じ時期に始たった「救急法」の講習だった。
    意識䞍明者が目の前に珟れた時の通報芁領、AEDの操䜜方法、そしお刃物で切り぀けられた怪我人に察する止血方法や、䞉角巟の扱い方。
    これたでの実務蚓緎では、生身の人間に察する己の無力さず、絶望ばかりを味わっおきた。
    しかし、ダミヌ人圢の胞骚を力匷く圧迫し、血に芋立おた赀い染料を垃で瞛り䞊げおいる時、俺の胞の䞭にあったのは「焊り」や「無力感」ではなかった。
    この技術があれば  俺は、人の呜を救えるかもしれない
    それは、譊察官ずしおの根源的な存圚意矩に觊れた瞬間だった。
    誰かを眰するための知識ではなく、目の前の呜を繋ぎ止めるための技術。
    これらを完党に身に぀けるこずで、本圓に守れる呜がある。
    その事実が、俺の背筋を力匷く䌞ばしおくれた。
    呚囲の生ぬるい空気に同調するこずなく、異端ずしお泥臭く実務に食らい぀く。
    狂気じみた八月の猛暑は、い぀の間にか俺にずっお「物足りない」ものに倉わり぀぀あった。

    第4節日垞ずいう名の答え
    譊察孊校がいかに理䞍尜が眷り通る監獄のような堎所であろうずも、俺たちの身分は皎金から絊料を貰っおいる地方公務員だ。
    劎働基準法ずいう厳栌なルヌルの䞋、土日や祝日ずいう「カレンダヌの赀い日」には、明確な䌑日が䞎えられおいた。
    八月も䞭盀に差し掛かるず、孊校内にはある皮の゜ワ゜ワずした空気が挂い始めた。
    お盆䌑み。
    五日間にわたる、異䟋の長期連䌑である。
    過酷な実務蚓緎に揉たれ、毎日泥氎をすするような日々を送っおいた俺たちにずっお、五連䌑ずいう響きは麻薬のように甘かった。
    俺も内心ではどうしおもりキりキしおしたう自分を自芚しおいたが、宀長ずいう立堎䞊、浮かれた気分を必死に分厚い皮で芆い隠し、授業に支障が出ないよう平静を装っおいた。
    だが、埅ちに埅った五連䌑の初日。
    重い鉄の門をくぐり抜け、私服に着替えお倖界シャバの空気を吞い蟌んだ瞬間、俺の胞の䞭に広がったのは、期埅しおいたような爆発的な解攟感ではなかった。
    むしろ、ひどく奇劙な『虚しさ』だった。
    あたりにもゆっくりず流れるシャバでの時間。
    行き亀う人々の、孊校内ではあり埗ないほどの遅い歩調。
    誰䞀人ずしお走っおいない。
    怒鳎り声もチャむムも聞こえない。
    入校から五ヶ月。
    秒刻みで動き、垞にプレッシャヌに晒される孊校内での圚り方が骚の髄たで板に぀いおしたった俺の䜓は、この平和で怠惰なシャバの空気を、どういうわけか本胜的に「拒絶」しおいた。
      今の俺が、ここでやるべきこずは䜕なんだ
    実務蚓緎で味わった己の無力さが、チクリず胞を刺す。
    俺はただ䜕もできない新米だ。
    こんなずころで五日間もダラダラず過ごしおいおいいのか。
    珟堎で戊うための知識ず技術を、䞀秒でも早く身に぀けなければならないのではないか。
    六月の頃の「狂信的な焊燥感」ずは違う。
    玔粋に譊察官ずしおの未熟さを自芚したからこその、真面目で泥臭い悩みが、俺の足取りを重くさせおいた。

    そんな匷匵った俺の心ず䜓を、ゆっくりず解きほぐしおくれたのは、シャバで俺の垰りをずっず埅っおいおくれた存圚――マコだった。
    ゎヌルデンりィヌクの頃から、俺の髪はマコが切っおくれおいる。
    譊察孊校の芏定に合わせた、色気も䜕もない、わかりやすいほどの短髪。
    そんな髪型を維持するためだけに、わざわざシャバの貎重な時間を割いおプロの矎容宀ぞ行く必芁などないず感じ、圌女にハサミずバリカンを委ねたのだ。
    八月の猛暑日。
    クヌラヌの冷気も届きにくい掗面所で、マコは新聞玙を敷き、額から汗をダラダラず流しながら、俺の頭に真剣な顔でバリカンを這わせおいた。
    「  ここ、もう少し短い方がいいよね 教官に怒られないようにしないず」
    ゞョリ、ゞョリ、ずいう芏則的な音ずずもに、圌女の優しく真剣な声が耳元に響く。
    俺がダラダラず床に座っお過ごしおいおも、圌女は嫌な顔䞀぀せず、ハサミの角床を现かく調敎しながら、䞀所懞呜に俺の髪を敎えおくれた。
    銖筋に萜ちたチクチクする髪の毛を払い萜ずす、圌女の柔らかい手の感觊。
      ああ
    鏡越しに、汗だくになりながら俺のために笑っおくれる圌女の顔を芋た瞬間、匵り詰めおいた俺の心の糞が、音を立おおふっず緩んだ。
    六月、䌑日のカフェで虚空を芋぀め、圌女ぞの思いやりを完党に遮断し、「恋人でいる時間など䞀秒もない」ず冷酷に切り捚おおいたあの愚かな自分の姿がフラッシュバックする。
    あの頃の俺は、完璧な機械になろうずするあたり、目の前にある䞀番倧切なものを取りこがしおいた。
    だが今は違う。俺の䜓枩は、確かな「人間」のものずしお脈打っおいた。

    シャワヌを济びお、さっぱりずした頭でリビングのカヌペットにゎロゎロず転がる。
    するず、冷たい麊茶を持っおきたマコが、俺の隣にちょこんず座り、ごく自然な動䜜で俺の頭を膝の䞊に乗せた。
    圌女の膝枕の枩もりず、少しだけ開けた窓から入っおくる倏の終わりの颚。
    遠くで聞こえるセミの声。
    「お疲れ様。毎日、頑匵っおるみたいだね」
    頭を撫でる圌女の手のひらから䌝わっおくる、無条件の愛ず優しさ。
    その瞬間、俺の䞭でずっず燻っおいた「今の自分がやるべきこずは䜕なのか」ずいう焊燥感が、嘘のように綺麗に消え去っおいくのを感じた。
    俺はこの連䌑䞭、圌女の底なしの優しさに培底的に甘えた。
    実務の䞍安も、法埋の暗蚘もすべお忘れ、たくさん笑い、たくさん食べ、たくさん飲んだ。
    結果ずしお、たった五日間で䜓重が䞉キロも増えおしたったが、それすらも「人間らしい」ず笑い合えた。
    ただただシャバの時間を楜しみ、楜しみ尜くしお、俺はようやく䞀぀の確信にたどり着いた。
    俺たちは、䜕か「特別なこず」を必死に探し求める必芁なんおないのだ。
    本郚長を超えようずしたり、テストで䞀番になっお党知党胜の英雄䜕者かになろうずする必芁もない。
    ただ、目の前にあるこず。
    目の前にいる倧切な人。
    この䜕気ない日垞を、䞀分䞀秒、本気で生きおいくだけでいい。
    教官が教えおくれた『念今の心』ずは、たさにこのこずだった。
    孊校では泥に塗れお実務に食らい぀き、シャバでは愛する人ず共に笑い、飯を食う。
    その䞍噚甚で泥臭い『日垞』の積み重ねの先にしか、真の成長は存圚しない。
    膝枕の䞊で目を閉じながら、俺はもう悩むのを完党にやめた。
    心身ずもに゚ネルギヌを満タンに充填した俺の䜓は、早くあの修矅の門ぞ戻り、再び仲間たちず泥たみれの実務に挑みたくおりズりズしおいた。

    狂気ず絶望から始たった俺たちの熱い倏が、ゆっくりず終わりを告げようずしおいた。
    九月になれば、共に孊んだ倧卒の短期生たちずの別れがやっおくる。
    そしお十月には、いよいよ蚀い蚳の通甚しない「本物の珟堎亀番実務研修」が口を開けお埅っおいる。
    だが、今の俺ならやれる。
    増えた䞉キロの䜓重ず、䞞くなった頭を撫でながら、俺は秋の気配が混じる高い空を芋䞊げた。


    第六章 完
    第䞃章に続く


    日誌の䞀郚公開


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    【著者からのメッセヌゞ】
    第6章をお読みいただき、ありがずうございたす。
    譊察孊校ずいう特殊な閉鎖空間を描いおきた本䜜ですが、この章で䌝えたかったのは、法埋の暗蚘でも、過酷な蚓緎に耐える䜓力でもありたせん。
    「人は、䜕気ない日垞の積み重ねでしか本圓に匷く成るこずはできない」ずいう、ずおもシンプルで泥臭い事実です。

    テストの点数で完璧な機械になろうずしおいた䞻人公が、実務蚓緎で「生身の人間」の感情に翻匄され、己の非力さを痛感する。
    そしお、シャバでの䌑日に倧切な人から髪を切っおもらい、ただ笑い合っおご飯を食べる。
    29歳で譊察組織を離れた今振り返っおも、あの時、掗面所のバリカンの音や膝枕で感じた「日垞の手觊り」こそが、修矅堎ぞ向かうための本圓の゚ネルギヌ源だったず確信しおいたす。

    次章はいよいよ、共に孊んだ短期生ずの別れ、そしお「より実践的な研修」ぞず突入したす。
    知識だけでは通甚しない状況で圌らがどう削られ、どう足掻くのか。
    匕き続き『ケヌガクッ』を芋守っおいただければ幞いです。

     
     
    元譊察官。29歳から曞道家の道ぞ 優れるより異なれ、そしお銎染めStand out fit inをテヌマに掻動䞭 抌入れから出おきた教堎日誌を元に、AIず共に蚘憶を蘇らせるドキュメント・ノベル『ケヌガクッ』を連茉 嘘建前ず真実本音の狭間で揺れた、青くお痛い魂の蚘録

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