
◤このままで終わりたくないよなぁ◢ ◯◯になった移住の理由(ワケ)!
こんにちは。
玄関あけたら──さとうのごはん!
※サトウ食品『さとうのごはん』CMの“声”
担当した者です(実話)
⇅ あのですね…
2026年が明けたら、
はい、移住! 決定事項でした。
しかし、
(数ヶ月後には移住完了ミッション!)
……のはずが、
さらに、まさかの急展開。
⇅
え、延期…?
いや違う。
保留。ですって⚡️
________人生って、台本ないなあ。。。

ふるさと・島根県への移住のきっかけは、
実は、とても現実的なものでした。
1️⃣理由は、介護です。
遠方介護は2023年から始まりました。
糖尿病(DM)は、私にとって“ある意味、がんより怖い”と感じた病気でした。
進行すると足の切断にまでつながる現実を前に、何とかそれだけは避けたい一心で動きました。だって切断って その後、どうなると思いますか?
切断の後の成功率は50%と。
ガーゼを当てたまま毎日処置しながら直らない足はどうなると思いますか?
そんなわけで、島根の大病院をいくつも回り、飛行機で何度も往復。
先生方に、別の術式はないか、他の方法はないか、
必死に提案し交渉しました。
正直、吐きそうになるほどしんどかった。
介護は、体力だけでなく、判断力も心も削られる現実でした。
◤遠方介護◢
ゲロ吐きそうな介護と現実の日々。
その中で迫られる数々の決断に、私はどう向き合ったのか。 🔻🔻
https://note.com/shiro_voice/n/n1a5b113cf17c
この年代、更年期の症状で
普通の生活ができにくくなる中
介護も一緒に・・これは晩婚化の日本の課題らしいです。
介護連絡、手術連絡の合間にも、
自分のカウンセリングセッションやレッスンの仕事は通常運転。
そこへ看護師さん、介護士さん、
ケアマネさんからの電話が、容赦なく鳴り続ける日々。
基本、介護や医療関係はLINEでは済まない。
電話、電話、また電話。
その内容を今度は、私から、東京家族へ共有するため、
私の📲録音データは果てしない量になっていきました。
何がつらいって——
こちらはヒリヒリする緊急事態なのに、遠方だから“今すぐ行けない”。
そして夫や妹へ状況共有。
私がまとめ役になり、またケアマネさんや看護師さんへ伝達。
しんど〜。
まずは、カウンセリングセッションのご予約が絶えない点を
信頼できるカウンセラーを養成して一部をお任せすることしました。
まずは、10年以上経営しているスクールの方を
レッスン実務だけでなく、
これまで私が担ってきた営業管理事務においても
ほぼ全権を?、信頼できるスタッフにお任せすることにしてみました。
たとえサードオピニオンで手術を免れたとしても
週7の訪問看護・ヘルパーに加え、結局は家族の手も必要になる。
つまり、私たちの生活はいつしか——
病院の結果次第、になっていました。
もし切っても治らないパターンだったら?
その先、どうなると思いますか。
排尿、床ずれ、誰が担当する??毎日介護ヘルパーさん来ても間に合いません、行き届きません。老老介護の父だけには任せられませんよね・・。
看護付き老人ホームに入ってもらう??
チェーンスモーカーの人にそれは無理なんです..
少し想像してみてください。
これが、あなたの親に起きたことだとしたら。
そろそろかな____?と、おもいつつも
移住したくない気持ちもあり、葛藤して、保留をしていた2025年。
でもそうはいかないぐらい、
親の足の切断の話が出てきて、
これは本当に背中を押されているのだと認識した。
だからこそ——
この移住は、やっぱり避けては通れない流れなんだと思いました。
しかし立ちはだかるいくつもの壁。
賃貸の無いエリアに困ったり、
超高い、プロパンガス!
2026年初頭・・◤わずか、 2ヶ月◢ ダッシュ準備したこと!

地方移住 賃貸が全くない街 こうやって探した!
まず、東京を出る準備を急足で、進めていくなかで…
家探しという
大きな壁が立ちはだかりました___。
賃貸がない!
私の移住希望エリア、出雲市多伎町はそもそも
“借りられる、物件そのもの”がない。
少ない、ではなく、ない!らしいです。
不動産大小いくつか掛け合い、
地元の先輩にも連絡しましたが全員これ。
『ないものは、ない』と叱られました。
しかし、もしも、
家を建てる、購入する、
としたら・・やはり先祖の家の地学がベスト。
日本海の沿岸沿い。
多伎町のウリは<海>なのですが_____。
ですが、島根県の沿岸は 調べてみると、
家が建てられないエリアも多いことがわかりました____。
立地よし、状態よし、価格よし・・・
なんてそんな物件は一瞬で消えます。
これだ!! と
唯一
ゆ
い
い
つ、
空いていた土地建物を、現地で、見つけ、目をつけました!
どどん!
