
新古今異聞2
梅の花にほひをうつす袖の上に軒もる月の影ぞあらそふ
藤原定家朝臣
夜になると袖の上へ月が落ちてきた。
梅の匂いは何日も消えなかった。
朝になるころには月が二つに増えていた。
どちらも自分が本物だと言い張っていた。

君が世に遭ふべき春の多ければ散るとも桜あくまでも見む
土御門右大臣
今年になってから四度目の春だった。
桜は散っていたが、翌週にはまた満開になった。
花の下にはいつも君がいた。
地面には春が何枚も積もっていた。

立ち寄れば涼しかりけり水鳥の青葉の山の松の夕風
式部大輔光範
水鳥が近づいてくる。
湖は少しずつ冷えていった。
夕風は松葉に触れると羽に変わった。
湖には羽だけが浮かんでいた。

知らざりし八十瀬の波を分け過ぎて片敷く物は伊勢の浜荻
宜秋門院丹後
地図には載っていない川だった。
舟は流れながら少しずつ増えていった。
波が来るたび袖だけが川の片側へ流れていった。
人びとはそのうえを静かに歩いていた。

夜もすがら昔のことを見つるかな語るやうつゝありし世や夢
大江匡衡朝臣
夢の中で一晩じゅう語り合っていた。
僕たちは鱒だった。
目が覚めると向こう側の世界は西瓜のかたちをしていた。
まだ誰も割ったことがなかった。

朝霧に濡れにし衣ほさずしてひとりや君が山路越ゆらん
読人不知
霧の中を歩くと袖が池になっていた。
山を越える頃には池は渦を巻いた。
日が差しても少しも乾かなかった。
朝になると栗鼠は袖へ水を飲みに来た。

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