
学歴という"レール"を外れたら、人生は終わるのか?
「大学、辞めてきたよ。」と母に告げた日。
あの時の悲しそうな母の顔は、20年経った今でも、私の脳裏から離れません。
『この子の人生は、一体どうなってしまうんだろう』言葉にはしませんでしたが、その背中からはっきりとそんな心の声が聞こえてきた気がしました。日本社会で生きていく中で、"レール"から外れることは、母にとっては、それほどまでに重いことだったのです。自身が大卒ではなく、家庭が経済的に裕福でない環境で必死に私を含めた子供3人を育ててきたならば、それは当然でしょう。
内田樹さんが、日本の大学受験制度について下記に書いています。
同学齢集団内部で相対的な優劣を競わせて、高いスコアをとった者に報奨を与え、スコアの低い者には罰や屈辱感を与えるという仕組みにいったい何の意味があるのか。そもそも教育というは「そんなつまらないもの」なのか、だんだんわからなくなってきます。
じゃあ、いったいどうしたらいいのかと改めて言われても、よくわかりません。大学というのは「勉強したい人が行くところ」で、別に勉強したくない人は行かなくてもいいんじゃないかと思います。
また、鉄緑会指定校に通い、その後の大学進学までの過程をつづった下記noteも読みごたえがありました。
1. 受験制度の構造的限界
内田氏は、受験制度を
「相対的優劣を競わせ、スコアで報奨と罰を与える仕組み」
と述べています。これは確かにその通りと思いますし、教育の本質である「思考」「探究」「社会への関与」を測るものとして、今の日本の教育システムが完全に機能しているとはいえないのも、そう思います。
客観的なデータを見ても、受験レースは年々加熱しています。
大学進学率は約58%(2024年度 文科省)
高度経済成長期の約25〜30%と比べ、大学進学は“当たり前”に。私立中学受験率は東京で約25%(四人に一人)
1980年代の約7〜10%から急増。
大学受験はもはや“エリート選抜”ではなく、
「普通であるために必要な通過儀礼」になりつつあります。
2. 多くの家庭が「とりあえず受験」を選ぶ理由
現代の親も、生徒も、内田氏が指摘する違和感には気づいているはずです。
それでも受験レースから降りないのは、その方が合理性があるし、他に有望な選択肢がない、という理由もあるように思います。
日本の10代のうち 「強い興味関心を持つ分野がある」と答えた割合は約35%(OECD調査)
10代の約半数は「進学以外の具体的選択肢を持っていない」
結果として、
「好きなことが明確でなくても、とりあえず大学へ」
「中学受験をしておけば選択肢が広がる」
という合理的(?)判断が多数派になる。
受験制度が批判されつつも揺るがない背景には、
「不確実な時代におけるより安全な選択肢」としての機能が強いことがあるのでしょう。
3. 私自身の“レールから外れた経験”と、その後
私は山形県の公立高校から神奈川の国立大学に入りましたが、
大学で学ぶ意味を見出せず、休学・海外語学留学・海外インターン経験(1年)を経て最終的には中退しました。
当時、母の落胆を見たときの胸のざわつきは、今でも鮮明に覚えていますが、当時は私にはそれが最適な選択肢だと思えたのです。
大学中退自体は、数は多くはありませんが、まあ、ない事もないなという程度の数です。
日本の大学中退率は 約2.68%(文科省・令和5年度)
“中退者の約7割” がその後就職し、5〜10年後の平均年収は最終学歴に大きく依存しない(厚労省追跡調査)
中退は珍しい出来事ではなく、キャリア形成上の“変曲点”のひとつにすぎない、というのが実態に近いのかもしれません。
4. 社会人になって出会った“名もなき成功者”
零細輸入商社に就職し、また現在独立して約20年働く中で、数多くの「名もなき成功者」に出会いました。彼らは、自分の性格・特徴を知り、自分が「強み」を発揮できる場所で活躍の場を見つけているように思います。
学歴は確かに、特に日本のようなシルバー社会では、その人を(最初に)判断するうえで参考になるものだが、年齢を重ねるにつれて、その重要度は減っていくように思います。出身大学なんてそもそも聞かれないし、それよりも日々重ねてきた生き様が、顔の表情雰囲気・風貌・発言に現れてくるように思います。
なかには、いつまでも学歴や過去の栄光にしがみついている人もいますが、学歴はないけれども自ら事業を起こして有意義な人生を送っている人も世の中には多くいるのです。そして、そのような人はあまり表には出てきません。
人との比較をしなくなるまでは、時間がかかります。
でも、いつかこれで良かったと思える時がくるかもしれません。
5. 日本社会の同調圧力と、“距離感”の作り方
日本社会では「レールを外れる」ことに対する恐怖が強く、
進路の問題は、しばしば家族の心情とも密接に結びつきます。
しかし、社会に出てみると、
レールに乗り続けた人
レールから外れた人
レール自体を自分で作った人
など、多様な軌跡が存在することに気づきます。
重要なのは、
自分と社会・他人との距離感をどのように調整するか
という点です。
私自身、大学中退という選択を経て、
結果として自分に合った働き方や学び方を手探りで見つけてきました。
今振り返れば、あのときの“脱線”こそが、現在の仕事の重要な土台・自分を形作ってきた外郭になっているようなきもするのです。
6. まとめ:自分で選択を正解にするしかない
受験制度は確かに整備された仕組みであり、
安全な選択肢であり続けるでしょう。
しかし、学歴はあくまで人生の出発点のひとつにすぎません。
そして多くのデータが示すとおり、
学歴は長期的な幸福・職業満足度・対人関係と必ずしも直結しない
という現実があります。
レールを外れても、人は想像以上に前に進んでいけるし、外れるという行動を取れた時点で、自分には何かしらかの他人にはない内在的な動機付けが存在していると言えるのかもしれません。
月並みな結論ですが、どのような選択をするにしろ、その後の人生は長く続くので、一度自分で決めたら、行動し続ける事で、その選択を正解にするしかないんだろうなと思います。