
承認欲求を考える ― しょーもない承認と誇れる承認
私はGRAVITYというSNSを利用していて、そこでは度々「顔写真を投稿している人を否定する内容の投稿」がバズっているのを見かける。
「承認欲求が強すぎる」だとか、「本当の美人はSNSに顔を載せない」だとか、言いたい放題だ。
しかし、私はそれらの投稿もまた、承認欲求によって行われていると感じるし、その承認の満たし方は「しょーもない」と思う。
今日はそれについて話していきたい。
■承認欲求ってどんな欲求?
まず悪く語られやすい承認欲求について、どんな欲求なのかを掘り下げていきたい。
マズローの欲求五段階説では、人間の欲求を「生理的欲求 → 安全の欲求 → 社会的欲求 → 承認欲求 → 自己実現欲求」と段階的に分けて説明している。

このうち、承認欲求までの欲求は欠乏欲求と呼ばれる。お腹が空いたら食べ物を求めるように、足りなくなったら繰り返し欲しくなる性質を持つ。
そして、これらの欲求は一定水準満たされることによって、人は次の欲求の段階へと移行できる。
つまり、自己実現に向かうためには承認欲求が満たされている必要があるということだ。
承認欲求を否定するということは、人としての成長のプロセスまで否定することに繋がる。
■否定で得る承認も、同じ「承認欲求」
承認欲求は誰にでもある。
けれど、SNSを見ていると、まるで承認欲求を持つこと自体が“恥”かのように叩かれている光景を目にする。
その代表格といえるのが、「顔写真を投稿する人を批判する投稿」だ。
「承認欲求が強すぎる」「本当の美人は顔を載せない」など、否定的な言葉が並ぶが、それも承認欲求に基づいた投稿であることに、彼らは気付いていない。
「共感を得たい」「いいねを稼ぎたい」「誰かを否定することで自分が上に立ちたい」――これらの感情は承認欲求と何ら変わりない。
自分が同じ欲求に動かされていることに気付いていない、もしくは気付いているけれど認めたくないだけだ。
■なぜその承認は“しょーもない”のか
否定で得る承認は、簡単だ。
なぜならそれには努力もいらなければ、ユーモアもセンスも新しい視点も何も必要ない。
ただ漫然と、みんなが嫌っていそうなことを否定すればいいだけだ。
そんな作業のような否定で得られる承認は、安っぽい。
「わかる」「それな」といった共感の言葉で消費され、明日には忘れられる。
そこから何か新しい価値が生まれるわけでも、誰かの考えを深めるわけでもない。
承認欲求そのものを悪く言うくせに、その承認欲求の満たし方は誰よりもしょーもない。
■「美人は顔を載せない論」のしょーもなさ
顔写真を載せることの否定とセットで語られやすいのが、この「本当の美人はSNSに顔を載せない論」。
これもまたしょーもない。
よく考えてみてほしい。
あなたがもし自他ともに認めるような美貌を持っていて、それが武器であると認識していたとしたら――SNSという“ビジュアルが力になる場”でそれを使わない理由があるだろうか。
私には思い当たらない。
美貌とは、生まれ持ったものも多少はあれど、それを保つためには相当な努力が必要である。
それで満たす承認は“しょーもない承認”とは対極の存在であると思う。
結局のところ、自力で質の高い承認を得ている人が眩しいからこそ、このような否定で溜飲を下げているに過ぎないのだ。
■承認の“質”を考える
承認欲求そのものは悪いものではない。
問題は、どんな承認でそれを満たすかである。
マズローは承認欲求をさらに2つに分けている。
「他者からの承認」と、「自己承認」である。
前者は他人から認められることや称賛されること。
褒められたり評価されたり、SNSでいいねをもらうこともこれに含まれる。
後者は自分で自分を認めること。
達成感を得ることや、自尊心を守ることなど、内面的な満足感がこれにあたる。
否定で得られる承認は、ほとんどが「他者からの承認」に依存している。
しかも、他人の共感に頼るため、すぐに消費されてしまう。
一方で、時間や労力をかけてスキルを磨き、何かを作り上げることで得られる承認は、「他者からの承認」と「自己承認」の両方を兼ね備えている。
この違いこそ、承認の質を語る上で外せないポイントだと思う。
■承認欲求をどう使うか
承認欲求は誰しもが持つ、自然な欲求である。
それを否定することは、人間の成長のプロセスを否定することに繋がる。
大事なのは、どんな承認で自分を満たすか。
否定やマウントで得られる承認は、一瞬で消費され、後には何も残らない。
それよりも、努力や創意工夫によって生まれる承認は、自分の中に確かな達成感を残す。
そして次の承認にもそれを活かすことだってできる。
承認欲求は使い方によって、自分を空虚にすることもあるし、自己実現へ進むための動力として働くこともある。
私はこれからも自己実現へ向けての欲求として、しょーもない承認には流されず、誇れる形で承認を得ていきたい。
2026.07.04 追記
この記事について、根拠を訂正した新しい記事を書いた。
マズローの引用については留保が必要だったため、こちらの記事もぜひ確認していただきたい。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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