
伊南房州通往還2 茂原宿→大原宿 ※付録 街道暑さ対策
伊南房州通往還(いなんぼうしゅうつうおうかん)は、房総半島の太平洋沿岸部を通る道。伊南とは今回歩く道沿いの江戸時代の庄園名です。
伊南房州通往還という街道名は、史料などに一切出てきません。現在の道路標識では、北から茂原街道・房州横断道路・外房黒潮ライン、と変化していきます。
今回は房州往還の八幡宿(千葉県市原市)から館山宿(千葉県館山市)まで約130kmを5日間で歩きます。
2026.08.26
1.茂原宿


▽街道暑さ対策 装備

装備品は登山と同じで最低限に絞ります。毎日洗濯する事を前提にすれば2日分の服装があれば何日でも歩けます。
水分は道中に商店や自販機があるかを確認して準備、10kmを超える県境などの峠越えは要注意です。



ガスタンクに、"天然ガスと七夕のまち"と大きく記されてます。
調べてみると、茂原市の地下には、日本最大の水溶性天然ガス田の南関東ガス田がありました。
また茂原の七夕祭りは、「湘南ひらつか七夕まつり」(神奈川県平塚市)、「入間川七夕まつり」(埼玉県狭山市)と共に、関東三大七夕祭りと呼ばれています。

▽街道暑さ対策 出発時間

宿から出発する日は「日の出と共に」、自宅から出発する日は「始発電車で」が鉄則。1番気温が低い時間から歩き始めると、気温上昇に身体が順応します。気温が上がる8時頃までは、速いペースで歩くと後が楽になります。

ジャパンディスプレイ 茂原工場。
街道歩きで見た建物の中で1番の大きさです。前身は日立ディスプレイズ茂原工場で、工場前には日立通りの名が残っています。
液晶ディスプレイの需要が減り今年の3月に生産が終了し売却先を探している様子、どうなるのでしょうね。








中華そば天龍。
昨夜居酒屋でお客さんが、天龍が昔っぽくて最高だと噂をしてました。



2.千葉県最後の村

千葉県で唯一の村に入りました。
全国の都道府県別で村の数はどうなっているのか全国町村会ホームページで調べてみると、全国の村の数は183ありました。多いか少ないのかわかりませんでしたので、村の数が1と0の都道府県をまとめてみました。
村の数が1の都道府県
宮城県、埼玉県、千葉県、神奈川県、茨城県、新潟県、富山県、京都府、大阪府、和歌山県、鳥取県、徳島県、島根県、大分県
村の数が0の都道府県
栃木県、石川県、福井県、静岡県、三重県、滋賀県、兵庫県、広島県、山口県、香川県、愛媛県、佐賀県、長崎県

合同資源 千葉工場。
茂原周辺の南関東ガス田を掘り、天然ガスやヨウ素の生産・供給をする会社。かなり大きな工場です。



▽街道暑さ対策 塩分補給

水分補給と並行して塩分補給も欠かせません。飴を鞄に入れたままにしていると、暑くて朦朧としてくると鞄を開けるのが面倒くさくなり、ついつい後回しになりがちになります。そんな事を防ぐためにパンツのポケットに3粒くらい入れておくと、思った時にすぐ口に入れる事ができます。




茂原市内では、梅一輪のロゴ入り看板をよく目にします。
梅一輪は、九十九里浜の真ん中、茂原市の北側にある山武市の梅一輪酒造の代表銘柄。コンビニエンスストアではカップ酒も購入できます。

鵜沼堰(うぬませき)。
伊南房州通往還沿いには、"○○堰"と呼ばれる溜池が沢山あります。
堰とは川の水をせき止めるダムの様な構造物、その高さが15mを超えるとダムと呼びます。




▽街道暑さ対策 冷凍保存

冷凍ペットボトルを購入した後の保存方法は、シャツで密封して鞄に入れると真夏日でも2時間経っても霜が残るくらい冷えています。外の空気が入らないように、ぐるぐる巻きにしてください。






真新しい社殿、建て替えられたものと思われます。



▽街道暑さ対策 足裏冷却

足も熱を持ちますので、休憩した時に靴を脱いで冷たい地面を踏んで冷まします。リラックス効果も相まって疲れが抜けます。
草むらなどで休むと、高い確率で虫に刺されますので、避けるようにしてください。


3.一宮町


一宮町は、TOKYO 2020のサーフィン会場で、競技会場となった釣ヶ崎海岸は国内有数のサーフスポットでした。
サーフィンはオリンピックの初競技で、日本代表男女がそれぞれメダルを獲得した他に一宮町出身の選手も活躍しています。

昨年仕事で一宮町に来た際に、駅のベンチがサーフボード型なのを確認しましたので紹介します。



街道を歩き始めて、1番街道らしい風景に出会えました。




4.玉前神社


二の鳥居の額束(がくつか)は銅製。
いままで街道を歩いてきた記憶の中で、銅製の額束を見たのは2度目です。
最初に見たのは昨年の春、日光千人同心街道の天明宿(栃木県佐野市)の星宮神社でした。

日光千人同心街道 天明宿 栃木県佐野市
天明宿は、天明(てんみょう)鋳物の産地として有名でした。平安時代から続いているとの説があり、江戸時代初期に最盛期を迎えました。
中でも「茶の湯釜」は千利休・豊臣秀吉・徳川家康などが愛したものと言われています。


独特の迫力がある鳥居でした。

日光千人同心街道を歩いた時の記録はこちら↓
伊南房州通往還に戻ります。




昨年冬に玉前神社に来た際は、おみくじ結び所が蛇の形になっていました。



御神木の周りの玉砂利の上を裸足で三周回る、はだしの道と呼ばれる修験道があります。

歩く男としては挑戦しないという道はありません。昨年の2月に来た時は冷たい玉砂利の上を歩き、痛みと冷たさが辛さを麻痺させていましたが、今回は冷たさがなかった分キツく感じました。

2周目あたりから、痛くて歩けなくなったり、うめき声をあげたりしてましたがなんとか3周歩き終えました。

歩き終えてから気付きましたが、本来は左回りのところを、右回りで歩いてました。この先が心配になりました。



今日2店目の二毛作店。
房総で流行っているのでしょうか。


伊南房州通往還を歩き始めて、初めて街道らしい風景に出会えました。





コミュニティバスの停留所は沢山目にしてきましたが、無料と銘打っている停留所は初めてみました。
交通弱者にとってのコミュニティバスを、道路の一部と考えたら、無料は今後スタンダードになる気がしてきました。
5.房総横断道路








▽街道暑さ対策 日焼け対策

日焼けは着実に体力を奪い、肌にダメージを与えます。よって肌の露出は最低限にして、夏でも手首から先と顔くらいしか露出しません。
夏の街道歩きでの峠道では、藪の中を掻き分けて歩く場合が多々あり、擦り傷防止にも役立ちます。



祠の外に出征土偶と看板が出ていました。
なんとも言えない存在感です。
出征と土偶、関係性が理解できません。




6.椎木宿

いすみ市。
名前の由来はこの付近は元々夷隅(いすみ)郡で、夷隅川の河口付近に位置しているからです。



梨園が沢山あります。
千葉県は梨の生産量日本一、県内の木下(きおろし)街道や、鮮魚(なま)街道沿いにも多くの梨園がありました。



商店街の共通スタンプの事務局の建物だと思われます。
子どもの頃、親が集めていた商店街のスタンプ帳を思い出しました。



グランドメニュー以外に、主張が強すぎる本日の一押しメニューが置いてあります。
醤油ラーメンが無かったので、肉にしようと思っていたのですが悩んだ結果、勝浦のかつお刺身定食にしました。

量が凄すぎて食べるの大変でしたが、暑さに勝てるエネルギーが補給できました。
ちなみに隣の席に座った兄さんは、オムライスをオーダー。寿司桶いっぱいのオムライスが出てきて、途中からマヨネーズかけたりして暫く頑張ってましたが、1/3くらい残して帰っていきました。




夷隅(いすみ)川。
地図で源流を辿ると面白い流れをしていることが判明しました。

太平洋ギリギリの山中を水源として、一旦内陸に入り込んでから、海に注がれています。








10枚以上の小銭での支払いは、両替手数料が発生するのでやめて欲しいと書かれています。小銭がリスクになっていく時代が来るかもしれません。


▽街道暑さ対策 全身冷却

外気温が30℃を超えている場合は、公共施設やショッピングセンターなどがあった時は、到着時間が遅くなりそうでも迷わず入ります。短時間でも良いので、コツコツとした冷却の繰り返しが体温を下げます。
7.長者






街道の宿場町特有の、短冊型の区割りが残っています。

▽街道暑さ対策 深部体温冷却

臓器の温度である深部体温が上がりすぎると熱中症にかかりやすくなります。
下げるために冷凍ペットボトルを静脈に当てます。体内を循環する血液の温度が下がり深部体温の上昇を防ぎます。
冷凍ペットボトルは、コンビニエンスストアで購入できます。












征清 征露 記念碑。
忠魂碑(ちゅうこんひ)と呼ばれる、地域の戦没者の慰霊碑は時々目にしますが、戦勝の記念碑は初めて見ました。いまだに残っているとは、正直心が痛みます。




この付近の道沿いは、防風林を兼ねたと思われる生垣が見事に残っています。


8.大原宿







国吉駅~上総中川駅間の脱線事故の影響で全線運転見合わせ中。復旧見込みは2027年秋頃のようです。



本日の夕食は、大原港の近くにぽつんと一軒佇む寿司屋。

大将から地元のはだか祭りの話をたくさん聴かせていただきました。
祭りにかけている熱い想いを聞いていると、見に来たくなります。きっといつの日か見に来るのでしょう。