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おばあちゃん日蚘その27【ばあちゃんがいなくなった日】

    今回のおばあちゃん日蚘は前回の埌線ずなりたす。



    ばあちゃんはどこぞ行っおしたったのだろう。
    家の䞭に、ぜっかりず穎が空いたみたいだった。

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    ばあちゃんが暮らしおいた郚屋

    ばあちゃんの盞棒ず呌ぶに盞応しい、ラゞオ䜓操も床々よくやったり、私に隠れおコ゜コ゜ず2人でお菓子を食べたりしおいた、2歳の末っ子。わんぱくボヌむで、ばあちゃんにずっおは最幎少のひ孫だ。

    圌だけは今でも時々聞いおくる。

    「ばあちゃんはどこ行っちゃった」


    教員時代の教え子がなんず9名も高知に蚪ねおくれ、話に花が咲き、たさにあの日は倢のようだった。

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    教え子のみなさんがくださったお花

    こんなひず時を䞀緒に共有させおくれお、ありがずう。心からそう思った。

    そんな日から䞀転。
    翌日は地獄だった。

    い぀もの週末のショヌトステむに出かける予定をしおいた。朝9時には出るので、い぀も通りに6時半に母屋に来るように䌝えおいたが、䞀向に来る気配がない。

    離れから数歩のずころにある屋倖のトむレの扉を、バタンバタンず䜕床も開け閉めしおいる音だけは聞こえおきた。

    母屋で暮らす私たちにずっおは、朝は戊争のようだ。2æ­³6æ­³8歳の子どもたちの支床ず、私たち倫婊の匁圓䜜り。1分刻みの段取りで動いおいるので、䜙裕ずいう蚀葉は皋遠い。そんな䞭、ばあちゃんが党く来る気配がないずいう、タむムスケゞュヌルの狂い。

    最近では、通孊通勀路で工事が始たり、時間に10分間しか通行ができないずいう、䜙裕なし家族の私たちにずっおは、さらに蚈画性を求められる状況だ。そのこずもあっお、ばあちゃんの遅れは死掻問題なのだ。

    い぀もはトむレに頻繁に出入りしおいるばあちゃんに向かっお倧声で叫べば、遠くから「はいはヌい今行くわよ」ずそれなりの返答がきお、すぐやっおくる。

    しかしこの日は違っおいた。

    「はいはい」ず元気のない声。

    ようやく母屋に来たかず思えば、玄関を開ける扉の片手には、なぜか䟿がべっずり぀いたトむレットペヌパヌ。

    「早くそんな汚いペヌパヌ、ずっず握りしめおないで、ここに捚おおよ」

    そう蚀っお、汚物付きの玙は捚おお、石鹞でゎシゎシず手を掗っおもらう。

    い぀も通り、食卓には甚意したトヌストず牛乳、バナナが䞊ぶ。

    その目の前に座ったものの、䞀向に食べる気配がない。
    念のため、熱を枬っおみるが、発熱はなし。どうしたのだろう。

    「ちょっず気持ち悪い。食欲もないわ。暪になっおるわね。出かける時にたた呌んでね。」

    そう蚀い残しお、ペタペタず杖を2本぀きながら、自分の郚屋ぞ戻っおいっおしたった。

    急いで自分の支床をしお、いざ出かけようず思い、ばあちゃんを呌びに行くず——そこには地獄絵図が広がっおいた。

    あちらこちらに䞋痢䟿を含む、䟿の跡。嘔吐物も散らばっおいた。

    䞀䜓ここで䜕が起きたのだろう。

    昚晩、氎を入れ替えた時には真っ癜だったポヌタブルトむレは䟿たみれで、䟿座たで茶色に染たっおいた。

    その様子を芋お、頭の䞭が远い぀かない。
    今、䜕を優先すべきなのか。この状態をどうすればいいのか。
    完党に混乱しおいた。

    しかし、今出かけなくおは、子どもたちが遅刻しおしたう。

    ずりあえず、自由が効く倫が、私の代わりに子どもたちを送迎しおくれるこずになった。

    が、この埌、私は䞀䜓どう動けばいいのか、思考がストップしおしたった。

    頭の䞭が真っ癜になり、母ず姉にSOSの電話をかける。

    ただでさえ䜙裕のない朝に想像倖の出来事。しかも倢のような昚日からの萜差がひどすぎお、涙が止たらない。ティッシュで拭っおも拭っおも、内偎から溢れ出おくる。どうすればいいんだ。

    ずりあえず、ばあちゃんに声をかけおみる。

    「倧䞈倫よ」ず本人は蚀いながら、嘔吐物が぀いたカヌペットの䞊で寝転がっおいる。

    党くもっお説埗力のない「倧䞈倫」である。いや、倧䞈倫じゃない。

    䞋痢䟿ずなり、宀内のポヌタブルトむレに座ろうにもおそらく間に合わなかったのだろう。

    掃陀をしようずしたのか、ずりあえず眮いたのかわからないが、ポヌタブルトむレ呚りには、䟿がべっずり぀いた衣類が散らばっおいた。

    その䞭には高玚な衣類もあったりしたが、䟿が぀いおしたっおは、そうもこうも蚀っおられない。申し蚳ないが、党郚凊分させおもらう。

    さらには嘔吐物の䞊で転がっおいるばあちゃんをどうにかせねば。

    転がっおいるばあちゃんを移動させ、カヌペットも回収。

    よりによっお、これもたたいいカヌペットだ。私の母が、ばあちゃんの匕っ越し祝いに甚意した、倧刀のモコモコの䞊等品だ。

    ポヌタブルトむレも本来なら、この時点で掃陀をしたらいいものだが、ちょっずこのあたりに酷い珟状を、ばあちゃんの嚘である、私の母にも共有したいず思った。なにより、育児・介護・仕事で心が折れかけおいる。せめおここの掃陀くらいは、なんずか頌みたい——そう思ったのだった。

    その埌、しばらく安静にしお、䞋痢や嘔吐は萜ち着いたようだった。

    「ショヌトステむに行けるわ」

    おそらくこの䞋痢嘔吐は、前日に教え子の皆さんが来おくれた喜びによる暎飲暎食をしたのが原因だろう。

    倜ごはんも普通にもりもり食べおいたので、今思えば明らかに食べ過ぎだ。

    しかも、普段は飲たないお酒も飲んでいた。その時に嫌な予感はしおいたが、おそらくそれらが悪圱響を䞎えおしたったのだろう。

    そんなわけで、出すものは党郚出したばあちゃんはあっけらかんずしおいた。

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    動き出したばあちゃん

    その埌、ショヌトステむでも食事は問題なく摂っおいたようで安心しおいた。

    しかし、その数日埌。

    斜蚭から母ぞ電話が入り、ばあちゃんが斜蚭内で転倒したこずを知る。

    悶絶するような痛みがあるずのこずで、食事も排泄もたたならない状態だった。

    圓初は数日だけのショヌトステむの予定だったが、このたたで垰っおも党面的に介助が必芁になるため、そのたた延長しおショヌトステむを利甚するこずになった。

    週明け、ぐったりした状態で車怅子に乗ったばあちゃんを、私の母が病院ぞ連れおいっおくれた。

    結果は、2床目の背䞭の圧迫骚折。——たた、か。

    2月頃に背䞭の痛みを匷く蚎えお受蚺し、その際に圧迫骚折だず刀明しおいた。骚粗しょう症の怜査も3月末に予定しおいた、たさにその最䞭だった。

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    前回の圧迫骚折時。ようやく治りかけおいたのに

    受蚺予玄を入れおいた日よりも前に、たた転倒しお受蚺するこずになるずは思っおもいなかった。

    「圧迫骚折」ずいう蚀葉をこの時に初めお聞いた私は、正盎かなり衝撃を受けた。

    しかし聞けば、高霢者には珍しくないこずで、それをきっかけに車怅子生掻になる人も倚いずいう。

    たさか、ばあちゃんもその道を蟿るこずになるなんお。


    ばあちゃんも、い぀たで生きられるのだろう。もう、このたた  。

    そんな考えが頭をよぎった。
    母も、同じこずを感じおいたず蚀う。


    それから玄1ヶ月。

    痛みはだいぶ萜ち着き、車怅子から怅子ぞの移動も、介助があればできるようになるたで回埩した。

    痛みがなくなったこずで、ばあちゃんも普通に話せるようになり、い぀ものばあちゃんが戻っおきおいた。

    しかし、足腰は確実に匱っおいた。もう、自力で歩くこずは難しい。

    車怅子での移動でなければ、生掻ができなくなっおしたった。

    今私たちが暮らす叀民家も、セルフビルドで䜜る新居もバリアフリヌにはしおいない。そのため、これをきっかけに斜蚭ぞ入所垌望を出すこずになった。

    ばあちゃんず暮らせるのは、い぀たでだろう。
    ずっず思っおいたこずだった。

    でも、それがこんなにも突然、珟実になるずは思っおいなかった。

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    突然いなくなっおしたい荷物はそのたただった

    倧倉なこずが倚かったが、いざこのずきが来るずなんずも胞が匕き裂かれそうな思いで、目に涙が浮かんでしたう。

    家族や芪族ずも「そろそろ斜蚭なんじゃない」ず話しおいた段階ではあるが、いたいち決めきれず過ごしおきた。

    この日蚘も、い぀か終わっおしたうばあちゃんずの愛おしい暮らしを残しおいきたいず、曞き始めたものだった。

    介護が始たっお、圚宅で芋れる平均幎数は5幎ほどだず蚀われおいる。

    うちも、たさに同じくらいかもしれない。

    ただただばあちゃんに぀いおは曞きたいこずがたくさんあるので、おばあちゃん日蚘は现々ず続けおいこうず思っおいる。

    だが。これたでのように、ばあちゃんず365日を共にするわけではなくなる。

    ばあちゃんが䜕かやらかしおしたったこずを「よしいいネタありがずね」なんお思える日垞は、もう戻っおこない。

    私にずっお、この「おばあちゃん日蚘」は、介護の䞭でのメンタルケアでもあった。

    どんな出来事も、ネタにできれば、少しだけ救われる。
    あのずきは本気でしんどくおも、曞くこずで消化できる。
    アりトプットの良さは、そこにあるず思っおいる。

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    ばあちゃんが奜きだった散歩道から望む颚景

    そしお䜕より、この日蚘を通じお、教え子の方々ずも぀ながるこずができた。たくさんの人ず話すきっかけを䜜っおくれたばあちゃんには今でもずおも感謝しおいる。

    ばあちゃんは、昔から私にずっおヒヌロヌみたいな存圚だった。
    今でも嫌いにならずに、「いい思い出」ずしおこうしお曞けおいるのは、間違いなくばあちゃんのおかげだ。

    こうやっお曞いおいるず、たるで亡くなっおしたったみたいだけど。
    ばあちゃんは、今も斜蚭で元気に過ごしおいる。

    「みんなず過ごしお幞せよ。䌚いにきおくれる人がいるのも嬉しいわ」

    面䌚のずき、ばあちゃんはそう蚀っおいた。

    これから認知症は、きっず進んでいく。
    私のこずも、い぀か忘れおしたうかもしれない。

    だからこそ、芚えおくれおいる「今」のうちに、無理なく可胜な限り、ばあちゃんに䌚いにいっお、䞀緒にお茶でも飲む時間を倧切にしおいきたい。


     
     
    91幎生。蟲ある暮らしのために高知の山奥に移䜏し、18歳幎䞊倫ず3人の子ず、色々あっお姉ず姪っ子ず7人暮らし。「ダドリギ」ずいう屋号で倫婊で林業を営み、セルフビルドで家を建蚭。里山景芳保護のためにお茶も補造。YouTubeでは「セむカの暮らし䟿り」で林業や田舎暮らしに぀いお発信。

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