
おばあちゃん日記その26【その日、ばあちゃんは先生に戻った】
夢のような日の次の日から、ばあちゃんはまるで幻だったかのようにいなくなってしまった。
3月18日。
これまで日々を淡々と過ごしてきたばあちゃんにとって、特別な日がやってきた。
50年近く前、高校で英語を教えていた頃の教え子たちが、ばあちゃんに会うために関東から高知まで来てくれるという。しかもなんと9名も!
そのきっかけになったのは、なんとこの「おばあちゃん日記」だった。
まさか当時の教え子の方が読んでくださっているなんて思いもせず、連絡をいただいたときは、心臓がバクバクした。変なことを書いていなかったかと、不安になって過去の記事を読み返した。
日が近づくにつれて、ばあちゃんは目に見えて弱っていった。排泄の失敗も増え、「本当にこの日を迎えられるのか」と不安になる。

それでも無事にこの日を迎えることができた。
せっかくだからと、ささやかな贈り物を用意することにした。
私たちが製茶業を営んでいることもあり、定番商品である「クロモジ茶」とそのパウダーを使った、地元のおせんべい屋さんが1枚1枚丁寧に手焼きされている「クロモジせんべい」をセットにした。そこにばあちゃんの手紙を添える。
文章を書くのが難しくなったばあちゃんは、名簿を見ながら一人ひとりの名前を読み上げ、思い出を口にし、その都度手を止めながら、少しずつ言葉を綴っていった。

全員分の手紙を書き終えると「明日は楽しみだね」と話して、眠りについた。
翌朝、ばあちゃんは今日が何の日か忘れていた。
「今日はみんなが会いにきてくれる日だよ」
というと、ハッとした顔をして、
「まあ、遠くから……涙が出ちゃうわ」と言っていた。
午前中はいつも通り、デイサービスを利用。ちょうど入浴の日だった。
きれいな状態で会わせてあげられる。それだけで、ほっとした。
母が用意してくれていた晴れ着に着替えると、久しぶりに見る、少しよそゆきのばあちゃんになった。
ドタバタとばあちゃんを車に乗せて、待ち合わせ場所へ向かう。
本来ならば、こちらが高知市など街の方へ出向きたかった。でも今のばあちゃんには長時間の移動が難しい。無理を言って、私たちが暮らす山のまちに来ていただくことになった。
おすすめのイタリア料理店で待ち合わせをしていた。
私たちが着くやいなや、お店の中から9名の生徒さんたちが温かく迎えてくださった。
ばあちゃんは、顔を見た瞬間に泣き出した。
「よく来てくれたね」
その言葉に、あの頃の時間がそのまま流れ込んできたような気がした。
楽しい時間は、一瞬にして過ぎていく。
2時間半ほどの会食の中で、ばあちゃんは何度も同じ思い出を繰り返す。
ばあちゃんはずっと嬉しそうに笑っていた。料理よりも目の前にいる生徒さんたちの方をずっと見ていた。
言葉にしきれない思いが、時々涙になってこぼれる。
「嬉し涙よ」
そう言いながら、また同じ話を繰り返す。そんなばあちゃんに、誰ひとり嫌な顔をせず、「そうだったよね」「覚えているよ」と応えてくれる。
立派な花束や贈り物をいただき、さらには食事までご馳走になってしまった。本当は、こちらがおもてなしをする側のはずなのに。
ばあちゃんも、食事をしっかり完食した。
その前にあんぱんをひとつ食べていたとは思えない食べっぷり。さすが大食いのばあちゃん、恐るべし。
この日は嬉しくて、ばあちゃんは久しぶりに少しだけお酒も飲んだ。そのあと立ち寄った家づくりの現場では、ばあちゃんはずっと下を向いて、半分眠っていた。
そして、あっという間に別れの時間がきた。
帰り道、胸がいっぱいだった。
「ああ、ばあちゃんはいい人生を送ってきたんだな」
そう思うと、その夜は満たされた気持ちで眠りについた。
まだ、一緒に暮らしていけるのかもしれない。
この時はそう思っていた。
(つづく)