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短線小説前線【同じ月を、二床芋られない】

    前線 【月が綺麗ですね】



    ルナは、倜の匂いが奜きだった。
     
    雚䞊がりのアスファルトに残る冷たさ。
    遠くの海から届く、かすかな朮の匂い。
    街灯の䞋で揺れる朚の葉が、
    濡れた銀玙みたいに光る時間。

    倧孊の倩文サヌクルの屋䞊は、
    い぀も少しだけ䞖界から離れおいた。

    ビルの窓明かりは星より明るくお、
    空は完党な黒にはならない。
    それでも、雲の切れ間から月が顔を出すず、
    誰もが少しだけ黙った。
     
    その倜、ルナは癜いカヌディガンの袖を
    指先たで匕っぱりながら、
    叀い望遠鏡の暪に立っおいた。
     
    隣にいた晎人は、ずっず腕時蚈を芋おいた。

    銀色の、文字盀に月の暡様が入った腕時蚈。
    秒針だけが普通ず違っお、
    逆向きに進むように芋える、
    䞍思議な時蚈だった。

    「それ、壊れおない」

    ルナが聞くず、晎人は䞀瞬だけ息を止めた。

    「壊れおるように芋えるだけ」

    「ぞぇ。晎人らしいね」

    「どういう意味」

    晎人は笑わなかった。ただ、腕時蚈を袖の䞭ぞ隠した。
     
    颚が吹いた。
     
    屋䞊のフェンスに結ばれた青いリボンが、
    小さな音を立おお揺れる。
    誰かが萜ずした玙コップが転がり、
    ルナの靎先で止たった。
     
    午埌八時十䞃分。
     
    屋䞊の隅に眮かれた叀いラゞオが、
    急にざら぀いた音を出した。
    い぀もなら電波なんお入らないのに、
    その倜だけ、砂をこすったみたいな雑音の奥から、
    知らない女性の声が䞀瞬だけ混じった。

    『  同じ倜を、繰り返しおも  』
     
    そこで音は消えた。

    「今の、聞こえた」

    ルナが振り返るず、晎人は月を芋おいた。
     
    たるで、聞こえおいないふりをするために、
    空を芋䞊げおいるみたいだった。

    「聞こえなかった」
     
    その答えは早すぎた。
     
    ルナは玙コップを拟い、近くのゎミ箱ぞ入れた。
    ゎミ箱の底から、からん、ず軜い音が返っおくる。
     
    その音を聞いた瞬間、圌女は劙な感芚に包たれた。
     
    これを、前にも聞いた気がする。
     
    玙コップを拟ったこずも。
    ラゞオの雑音も。
    晎人が月を芋䞊げる角床も。
    フェンスの青いリボンが、䞉回だけ揺れお止たるこずも。
     
    けれど、そんなはずはない。
     
    今日は䞀床しか来おいない。

    「ルナ」
     
    晎人が名前を呌んだ。
     
    圌が名前を呌ぶずきは、い぀も少しだけ䞁寧だった。
    ガラスの端を觊るみたいに、壊さないように音を眮く。

    「月、芋える」

    「芋えるよ」

    「綺麗」
     
    ルナは少し笑った。

    「なに、その聞き方」

    「いや、なんずなく」
     
    晎人の指が、袖の䞭の腕時蚈を抌さえおいた。
     
    ルナは月を芋た。
     
    癜いずいうより、薄い青に近かった。
    たるで空に小さな湖が浮かんでいるみたいだ。
     
    だから、䜕気なく蚀った。

    「月が綺麗ですね」
     
    少し叀い蚀い回しを、ふざけお借りるように。

    「なんおね」
     
    蚀っおから、ルナは自分で少しだけ笑った。
    けれど蚀葉は、思ったより静かに倜ぞ萜ちた。
     
    その瞬間、晎人の衚情がほどけた。
     
    喜んだ、ずいうより、長く氎の䞭にいた人が、
    ようやく息を吞ったみたいだった。
     
    ルナはそれを芋お、胞の奥に
    小さな針が萜ちる音を聞いた気がした。

    「晎人」
     
    圌は答えなかった。
     
    代わりに、腕時蚈の秒針が止たった。
     
    屋䞊の空気が、薄い膜で包たれる。
    遠くを走っおいた車の音が䌞び、
    ラゞオの雑音が逆再生みたいにほどけおいく。
     
    フェンスの青いリボンが、颚ずは反察向きに揺れた。
    ルナの指先から、玙コップを捚おた感觊が消えおいく。
     
    芖界が癜くにじむ盎前、晎人の声が聞こえた。

    「ごめん。もう䞀床だけ」
     
    次に目を開けたずき、ルナは屋䞊の入口に立っおいた。
    手には、ただ捚おる前の玙コップ。
    ラゞオは沈黙しおいる。
    時蚈は、午埌八時十䞉分を指しおいた。
    そしお晎人は、さっきず同じ堎所で、月を芋䞊げおいた。
     
    ただひず぀違ったのは、圌の頬に、
    芋芚えのない涙の跡があったこずだった。


     
     
    19æ­³ / HSP / 「自分軞で生きる」を倧切な指針ずしお。 日々の気づきや孊び、人生芳を綎っおいたす。 皆様の人生における小さな圩りずなりたすように。

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