
非効率という名の生(#6 第六章 睡眠という名の空白)
第六章 睡眠という名の空白
仕事の効率は、一時的に落ちた。
どうしたものか。
葉月との時間が増えた分、コードを書く時間が減り、1つのプロジェクトの納期が1日遅延した。
クライアントは怒らなかったが、僕の中に存在する「合理化エンジン」が激しく反応した。
歯車が噛み合わなくなっていくような気持ちの悪さに対して、どうにかしようとしていた。
僕はその週から、睡眠を削り始めた。
ポリフェージック・スリープ(多相睡眠)の実験を再開した。15分の仮眠を一日に数回。
葉月との時間も、仕事の生産性も、両方確保するために。
しかし、4日目の夜、画面の前でうとうとし、コードに意味不明な文字列を打ち込んでいた。
目を覚ましたとき、エラーログが何十行も連なっていた。
5日目の朝、葉月が花屋からメッセージを送ってきた。
『声、聞いてもいい?』
葉月からのメッセージを確認後、僕は電話をかけた。
「顔色悪そうな声がする」
葉月は開口一番そう言った。
「声に色はありません。」
僕は葉月の言う意味が分からず、ついそう答えた。
「あなたの声を知ってるから分かるの。何かあった?」
「睡眠を最適化しています。45分単位だったけれど15分単位での仮眠に変えました。慣れれば問題ありません」
しばらく沈黙があった。
「ねえ…優樹くん」
あの時の沈黙よりもきついものだったけれど、それを破るように葉月は僕の名前を読んだ。
「何ですか?」
沈黙が続かないようにと、僕も続けようとするが返答しか今はできない。
「また、逃げてる?」
反射的に「逃げているわけではない」と言おうとして、止まった。
「多分ね、人と一緒にいると、うまくいかないことが出てくると思うの。その度に優樹くんは、自分の効率が落ちた、最適化を見直さないといけないと思って、どこかに潜り込んでいってる気がする。そうやって、関係性を処理の問題に変換してる気がするの。」
「それは合理的な対処です」
「でも、私はシステムじゃないよ」
葉月の声は、静かだった。
怒ってもいなかった。
しかし、その静かさの中に、深い川の底のような何かがあった。
「私のこと、大事だと思ってる?」
急な葉月の質問の内容に少し驚いた部分がある。
「思っています。」
「じゃあ、それを感じることを怖がらないでほしい。大切なものがあると、失うのが怖いのはわかる。でも、それを避けるために大切にしないのは、本末転倒だよ」
黙っていた。黙ることしかできなかった。
電話を切ったあと、鏡を見た。
かつての若々しさは消え、肌は土気色になり、目は充血している。
「…では、何のために働いている?」
鏡に映る僕に聞いた。
”金を稼ぐため”
「何のために金を稼ぐ?」
”より効率的な生活を手に入れるため”
「何のためにそれを?」
”より多く働くため”
ループしている。
”効率化すること”自体が目的化した、終わりのないアルゴリズム。
そしてそのループの中に葉月を引き入れようとして、葉月はそれに抵抗している。
「私はシステムじゃないよ」
どこかが痛かった。しかし、その痛みの場所を特定できなかった。