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AIの返答をコピペする人が、現場で静かに「信頼」を失っていく理由|「AIの答えじゃなく、あなたがどう思うか。

先日公開した「AIAI叫ばれるのに、疲れませんか?」という記事に、予想を超える本当にたくさんの方から反響をいただきました。

「まさに今、自分が感じていた徒労感が言語化された」
「AI疲れの正体が分かって少し心が軽くなった」

そんな温かい感想をいただきながら、私自身も「この技術の波の陰で静かな息切れを感じている人もいたのだな」と改めて実感しています。

そして前回の記事を出した直後、定期的にコーチング(セッション)をしているあるIT企業のリーダーから、まさにこの「AI疲れ」の延長線上にある、象徴的な出来事を聞かせていただきました。

「大塚さん…。この前、人生で一番レベルで『冷めた』出来事があったんですよね」

仕事で理不尽なトラブルが重なり、かなりメンタルが参っていたとき、彼は信頼していた知人に「ちょっと話を聞いてほしい」と相談したのだそうです。

すると、返ってきたのはこんなメッセージでした。

「暦的にも陰の時期に入ったから、チャッピー(ChatGPT)に聞いてみた!『今は停滞期だから無理に動かなくていい』んだって。自己集中して、整える期間にしよう!👍✨」

スマホの画面に送られてきた、AI特有のツルツルした正論と絵文字。

「それを見た瞬間、スーッと身体の温度が下がったんですよね」と彼は遠い目をして言いました。

「だって、ChatGPTの回答が欲しいなら、最初から自分でAIに言葉を入力して直接聞いてますよ。わざわざ時間を使ってその人に相談したのは、その人自身の意見とか、泥臭い実体験とか、生身の反応を期待したからなんです。それをAIの回答で横流しされたら……だったら最初から自分だけでAIに頼めばよかったじゃん、ってなって。完全に萎えました」

聞いていた私も、思わず深く頷いてしまいました。

「だったら自分で直接頼むわ」

この一言に、いま私たちが直面している「AIを巡るコミュニケーションの寂しさ」のすべてが詰まっている気がしたのです。



噛み合わないメッセージと、消えてしまった体温

彼が感じた猛烈な冷めの正体は、「自分が抱えた泥臭い悩み」と「相手から返ってきた言葉」の根本的な噛み合わなさではないでしょうか。

仕事でトラブルがあって本気で落ち込んでいるのに、返ってきたのは「チャッピーに聞いてみた!『今は停滞期だから無理に動かなくていい』んだって」という言葉。

「いや、なんで急にAI?」「なんでそこで停滞期?」という唐突さと、あまりの噛み合わなさに、脳が一瞬フリーズしてしまう。

相手は深く考えることもなく、AIが出してきた「無理に動かず整える期間です」という誰の足も踏まない綺麗な正解を、そのまま貼り付けて送ってきたわけです。

真剣に悩みを打ち明けた側からすれば、「自分の悩みに対して、相手自身の頭や言葉で向き合ってもらえなかった」という寂しさだけが残ります。

自分の悩みと向き合う手間も、生の言葉で対話するリスクも省かれて、AIのコピペで済まされた。

その姿勢と、どこか噛み合わないツルツルした言葉に触れた瞬間に、人間同士のコミュニケーションにあったはずの体温が、綺麗さっぱり消え去ってしまうのだと思います。


回答した側の真意は?

ただ、ここで立ち止まって考えてみたいのです。

メッセージを送ってきた知人は、悪意を持って相手を傷つけようとしたのでしょうか?

きっと違いますよね。

「落ち込んでいる相手に、早く何か良いアドバイスを届けてあげたい」
「最新のAIを使って、客観的で前向きになれる言葉を探してあげたい」

そこにあったのは、攻撃ではなく、むしろ「親切心」だったはずです。

前回の記事でも書いた通り、いま社会全体が「最新AIを使いこなすのがスマートだ」「効率的に解を出すのが優秀だ」というプレッシャーに晒されています。

だからこそ悪気なく、「自分の生の言葉」よりも「AIが作った100点満点の綺麗な正解」を渡す方が、相手のためになると思い込んでしまう。

ツールが便利になりすぎた結果、私たちは「傷つくかもしれないけれど、自分の不完全な言葉で向き合う」という泥臭い優しさの出し方を、少しだけ忘れてしまっているのかもしれません。

だとしたら、私たちはこういう「AIの回答をそのまま返してくる人」に、どう向き合えばいいのでしょうか?

「AIのコピペなんて送ってくるなよ」と怒ったり、論破して切り捨てたりしても、お互いに虚しさが残るだけです。


「あなたの言葉」を聞きたかったんだという、最大のリスペクト

もし、次に誰かから「ChatGPTに聞いたらこう言ってたよ」と返されたら、ガッカリして画面を閉じる前に、こう返してみてはどうでしょうか。

「教えてくれてありがとう。でもね、私はAIの意見じゃなくて、◯◯さんがどう思うかを聞きたかったんだよ。」

この一言を添えることです。

AIが提示したツルツルした正論を一度脇に置いて、「私が時間を割いて連絡したのは、AIじゃなくて、他でもない『あなた』という人間の言葉を聞きたかったからなんだ」と伝える。

これって、相手に対する最大級の信頼であり、リスペクト(愛)だと思うのです。

「AIの答えは正解かもしれないけれど、私はあなたの不完全で泥臭い本音や体験が聞きたい」

そうやって言葉を返すことで、相手が知らず知らずのうちに被ってしまっていた「AIという安全なお面」がそっと外れます。

「そっか、自分の言葉で話していいんだ」と相手が気づいた瞬間、そこにはAIには絶対に立ち入れない、人間同士の温かい対話が戻ってきます。


現場で、私自身も試していること

この話は、私が向き合っているITやエンジニアリングの現場でもまったく同じです。

AIが書いた見事なコードを持ってきて「一瞬でできました!」と言う若手がいます。

昔の私なら、「設計の検証は?セキュリティのリスクは?」と正論で詰めていたかもしれません。

でもそれだと、相手はAIという盾の裏でただ縮こまり、「AIがこう言ったので」と思考を止めてしまうんですよね。

だから最近は、ふっと息を吐いて、こう聞くようにしています。

「AIの回答はよく分かった。それに対して、あなた自身はこの設計のどこが好きで、どこがちょっと心配?」

AIに作業を任せるのはいくらでもやっていい。

でも、「その仕事に自分の意思を乗せること」まで手放してはいけないんです。

「私は、AIの正解が見たいんじゃない。君がどう考えて、どこに責任を持とうとしているのかが知りたいんだよ」というメッセージを届けること。

「自分はどう考えるか」という手触りを残してはじめて、仕事にもプロダクトにも、人間らしい本当の信頼が宿るのだと日々実感しています。


「便利さ」の先にある、泥臭い体温を守るために

前回の記事で、私は「AI狂騒曲という振り子が落ち着くまで、少し離れて眺めていよう」とお話ししました。

でも、振り子が落ち着くのを待つ間、私たちは日々の仕事やコミュニケーションで、完璧すぎるAIの正解に少しだけ押し潰されそうになります。

そんな時こそ、「ツールをどう使うか」の前に、ほんの少しだけ自分の手元に目を向けてみてください。

AIがどれだけ賢くなろうと、何に心を動かされ、何に違和感を抱き、目の前の相手にどんな言葉を届けたいかを決められるのは、世界で人間自身しかいません。

誰かがAIの綺麗な言葉の陰に隠れてしまったら、突き放すのではなく、そっと伝えてみる。

「AIの答えじゃなくて、あなたがどう思うかを聞きたいんだ」と。

そして自分自身も、不器用で、まとまっていなくて、100点満点じゃなくてもいいから、自分自身の生の言葉で誰かと向き合ってみる。

AIという完璧な鏡を手に入れた今だからこそ、私たちが守るべきなのは、そんな「泥臭くて温かい手触り」なのだと信じています。

編集後記

前回の記事にたくさんのスキやシェアをいただき、本当にありがとうございました。

皆様からのコメントを読みながら、「AIという便利な道具に振り回されず、人間らしい手触りを大切にしたい」と考えている方がこんなにもたくさんいるのだと、とても勇気づけられました。

今回の「ChatGPTの回答を横流しされた話」は、単なる笑い話や愚痴ではなく、私たちが知らず知らずのうちに陥ってしまう「思考のお面」の怖さを教えてくれた出来事でした。

もし今日の記事を読んで、「自分も身に覚えがあるな」「今度同じことがあったら、このセリフを使ってみよう」と思っていただけたら、ぜひ下のリアクションで教えていただけると嬉しいです。

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これからも、現場の泥臭いリアルや言葉にならない違和感に寄り添う記事をお届けしていきますので、ぜひフォローしてお待ちください。

それでは、今日も自分自身から出た言葉を大切にする一日を。


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大塚麻織|SEEDGenesis株式会社 代表取締役社長CEO 「現場の夜明け」を創る、持続可能な活動のために。 いただいた支援は、SEED Genesisの公式プラットフォーム運営費や、知見を体系化するための研究費として大切に活用しております。