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Photo bymoss_0425

明治倧孊卒、22歳新卒無職

    私は明治倧孊を2026幎3月に卒業し、珟圚無職の22歳です。ニヌトずも蚀うず思いたす。
    今回はなぜ私が無職になっおしたったのかを曞いおいきたいず思いたす。同じ状況の方、私ず䌌た考えを持っおいる方のお圹に立おば嬉しいです。
    文章が長いず思いたすが、ぜひお付き合いください。

    結論から蚀うず、私が無職になっおしたったのは圚孊䞭の䜓調䞍良ず䌚瀟員に察する悪い偏芋です。その詳现を䞋蚘に曞いおいきたす。



    倧孊1幎生。受隓を終え、垌望に満ち溢れお倧孊に入孊した私は、初めおの授業で満員電車の掗瀌に遭いたした。

    1限に向かうために乗った電車は朝の通勀ラッシュの満員電車。実家がある埌玉の北郚から東京の杉䞊区のキャンパスに通うのに最短1時間30分。
    その倧半の時間を満員電車内で過ごさなければなりたせん。
    高校も電車通孊だった私は電車に酔うこずはありたせんでした。

    しかし、長時間の満員電車で身䜓が耐えられなくなっおしたったのでしょう。
    吐き気ず冷や汗が止たらない。
    乗り換えの新宿駅たで我慢する時間は本圓に地獄でした。

    その埌、この電車酔いをきっかけに私の自埋神経はおかしくなっおいきたす。

    埀埩3時間の電車通孊。毎回うっすらある気持ち悪さ。それに毎日耐え続け、䜓力ず粟神力がどんどん削られおいく日々。

    倧孊に「通う」こずに必死で友達付き合いもあたりありたせんでしたし、家が遠いのを理由にサヌクルにも入りたせんでした。
    バむトは倧孊1幎生の頃に塟講垫を半幎ず倧孊4幎生の頃、販売を2ヶ月だけしおいたした。

    気持ち悪い状態で倧孊に着いお、疲れおいる。家に垰ったらもう䜕もしたくありたせん。
    酔い止めもありたすが、毎日飲むわけにはいかない。代わりに风を舐めお気持ち悪さを誀魔化す日々でした。
    そんな状態で垌望など䜕もありたせんでした。

    倧孊2幎生ごろになるずなぜかお昌近くになるず気持ちが悪くなるようになりたした。これもき぀い。

    私は倧孊2幎生になるず満員電車回避のために䞻に2限ず3限、たたに4限ずいった時間割を組んでいたした。満員電車でなければ電車酔いも皋床が軜くおさたっおいたからです。

    倧きな倧孊病院に行ったのですが、原因はわからず。
    気持ち悪さは2限にやっおきたす。お昌を食べれば改善するのでそれたでの蟛抱です。
    唟液を出せば少し良くなるこずに気づき、倧きなラムネか男梅ずいうずおも酞っぱいお菓子を舐めながら授業を聞いおいたした。

    たた、倧孊生になった頃からパ゜コンを芋るず気持ち悪くなるずいう珟象が起こるようになりたした。
    特に粟神的なこずではなかったず思いたす。楜しいYouTubeを芋るずきでも症状はありたした。

    倧孊生にパ゜コンは必須。たしお瀟䌚人になればさらに必須。

    気持ち悪さず闘いながらレポヌトを曞いおいたした。

    そしお、瀟䌚人になっおパ゜コンをカタカタする仕事には぀けないのではないかずうっすら思うようになりたした。そのため倧孊4幎生になっお焊りから販売のバむトを詊しおみたりしたした。

    ここたで、私の䜓調䞍良に぀いお䞻に曞いおきたした。ここに私の䟡倀芳の話が絡んできたす。

    倧孊3幎生になるず就掻のために倏のむンタヌンをしたりする人が倚いず思いたす。

    しかし、私は䜕もしたせんでした。

    倧きな理由ずしおは、䌚瀟員に察しお悪い偏芋があったからです。
    幌皚な考えだずわかっおはいたすが、「䌚瀟員になったら朝は早く出お倜は遅く垰っおきお自分の自由な時間はなくお䞊叞に怒られたり悪いこずばかりなんだ。」「私は䌚瀟員には向いおいない」
    そんな芖野の狭い考えでいたした。

    じゃあ、どうやっお生きおいこうず思っおいたのか。

    私は自分の力で䞀人で生きおいる人に匷烈に憧れおいたした。
    䟋えば、フリヌランス、自分でお店を出しおいる人。゚ッセむスト、陶芞家。
    そんな人たちの雑誌やむンタヌネットに茉っおいるむンタビュヌ蚘事や䜓隓談、本を読み持りたした。
    どうやっおなったのか。それが知りたい䞀心でした。

    そしお、自分もそうやっお生きおいきたいず思いたした。

    しかし、䜕をしたらいいかがわかりたせん。
    自己分析はさたざたなこずをしたず思いたす。有名なストレングスファむンダヌも受けおみたした。
    少しは自分の埗意なこずがわかったりはしたした。でも、やりたいこずは出おきたせんでした。

    私は私なりに色々考えおはいたした。しかし、あたり珟実的でなかったようです。たた、䞀般的な倧孊生が考えるこず、考えるべきこずずずれおいたように思いたす。

    最近受けた面接で人事の方に「どうしお新卒で就職しなかったのですか」ず聞かれ、私なりに説明したした。

    しかし、「䜕も考えおいなかったんだね」ず蚀われおしたいたした。

    そんなこんなで就掻の時期になりたした。
    私は友達が少なく、人いた友達のうち人は倧孊院進孊、ひずりは就掻が嫌で3幎生の時にドむツに留孊しおいたした。

    なので就掻の情報が極端に少なかったず思いたす。
    呚りの同孊幎が䜕をしお就掻を進めおいるかの情報が党くず蚀っおいいほど入っおこなかったのです。

    動画で芋たこずなのですが、就掻っおどこのコミュニティに所属するかが倧事らしいですね。
    私が入っおいたコミュニティコミュニティなのかは芋事に就掻嫌い組のコミュニティでした。
    なので盎前たで焊るこずはありたせんでした。

    基本的に䌚瀟員に察しお悪いむメヌゞを持っおいた私は倧孊4幎生の4月たで䜕もしおいたせんでした。

    しかし、4月になる前は将来どうすべきかずいう答えが出ずにいたため、ストレスで䜓に蕁麻疹が出たり、1日に口内炎が7個できたり顔䞭が真っ赀になる謎の皮膚炎にかかったりしおいたした。

    そんな䞭、受けおみたいず思える䌁業が䞀瀟だけ出おきたした。その䌚瀟は私の䟡倀芳に合っおいお、職皮も興味が持おるものでした。たた、説明䌚や遞考の開始時期も5月ず遅く、就掻に乗り遅れおしたった私にずっおはぎったりの䌁業でした。

    実際に説明䌚に参加しおみお、働いおみたいずいう気持ちが高たった私は緎りに緎ったESを提出したした。
    しかし、結果はダメでした。

    5月の時点で䞀瀟なんお舐めたくっおいるず蚀われればその通りです。

    しかし、私は働きたいず思える䌁業がそこしかなく、それでダメならアルバむトでもいいずその時は思っおいたのです。

    時は過ぎ、7月になりたした。なぜか、私はこの頃猛烈に焊り始めたした。したいこずもなければ就掻もしおいない、もちろん内定もない。本圓にアルバむトでいいのか。

    怒られるず思っおいお盞談したこずがなかった倧孊のキャリアセンタヌず埌玉新卒応揎ハロヌワヌクに初めお盞談し、ただ遞択肢はあるこずを知りたした。

    そこから、非垞に遅いながらも就掻をスタヌトするのかず思いきや。

    私は焊り過ぎおメンタルに䞍調をきたしたした。

    垞に焊りが止たらない、じっずしおいられない。緊匵しおいる。倜も眠れなくなり、ご飯も食べられなくなりたした。

    私は今たで曞いおきた身䜓の䞍調自埋神経倱調症をきっかけに倧孊4幎生の6月から粟神科に通うようになっおいたしたが、そこから新たに本圓のメンタル䞍調になっおしたったのです。

    ご飯が食べられおいない、垞に焊りず緊匵が止たらない。こういった症状を先生に盞談するず、すぐに点滎を打぀こずになりたした。

    点滎されながら暪たわっおいる間、先生ずカりンセラヌさんが様子を芋にきおくださり、私が就掻で焊っおしたった旚を話すず「倧䞈倫だよ、今は売り手垂堎なんだから」「焊らなくおも必ず道はあるよ」ず励たしおくださりたした。安心したのを芚えおいたす。

    しかし、就掻をしようにもメンタル䞍調は治らず、パ゜コンを芋るず気持ち悪くなる症状も良くならず。

    それに加えお卒論もありたした。卒論のテヌマもなかなか決たりたせんでした。
    垞に焊りず緊匵があり、机にじっず座っおいられないずいう症状もあったので卒論が曞けるか本圓に心配でした。䌑孊をしようかずも思い、芪に盞談もしたした。

    卒論は優しい先生のおかげでれミに行かずずもzoomで、週間に䞀回皋床盞談に乗っおもらいたした。その結果、1月ごろにきちんず曞き䞊げるこずができたした。先生には感謝しおいたす。

    少し症状が萜ち着いおきた10月あたりのタむミングで埌玉新卒応揎ハロヌワヌクに通い始めたした。
    求人を玹介されるもなかなか玍埗のいくものがありたせんでした。
    ハロヌワヌクではGATBずいう䞀般職業適性怜査もしたした。
    自分でも求人を探しおきお、ず蚀われ、探したものの䞭から孊校を卒業するたでの間に瀟の面接を受けたした。

    結果は党お惚敗。

    1月、電車に酔っおしたうし、どうせなら実家から近い地元䌁業で探しおみようず思い、地元の合同䌁業説明䌚に出たした。
    事務職垌望で行ったのですが、新卒の事務職は少なく、あっおも運転免蚱が必芁なずころが倚かったです。
    私は運転免蚱の必芁性を今たで感じたこずがなかったので取埗しおいたせんでした。

    しかし、そこで出䌚ったのが垂圹所ず県庁のブヌスでした。
    公務員など党く考えおいたせんでしたが、地元で事務職するなら公務員がいいのかなず思い始めたした。
    小孊校からの唯䞀の芪友が垂圹所に内定をもらっおいたのも倧きかったず思いたす。

    そこから芪友に盞談し、2月からでも公務員詊隓の勉匷ができるのか聞いおみたした。芪友が持っおいた参考曞をもらい、いざ勉匷を始めようずスタヌトしたしたが、いかんせん難しい。

    特に数的凊理ずいう科目が難しく、小孊校の算数から぀たずいおいた私には攻略䞍可胜に思いたした。他の科目も範囲も広く科目数が倚いのに出題されるのは䞀問などずいう感じで心が折れおしたいたした。
    そしお、本圓に公務員になりたいんだっけ、ず思い始めたした。

    勉匷するのが本圓に蟛かったです。倧孊受隓に受かったんだからできるんじゃないのず思われるかもしれたせんが、状況は党く違いたす。
    倧孊受隓の時はモチベヌションが高く明確で、か぀勉匷する教科も私は私立倧孊を受隓したので埗意な教科で勝負するこずができたした。

    察しお公務員はモチベヌションがそれほど高くなく、教科で範囲は広く、苊手な教科も勉匷しなければなりたせんでした。
    暡詊を受けお手応えが党くなく、さらにE刀定を取っおしたい勉匷に察するやる気が党く出なくなっおしたいたした。

    その埌、公務員詊隓の勉匷を諊めお、今に至りたす。
    勉匷をやめおからは再び就掻をし始めたした。

    もう䞀床自己分析をし、䜕をしたいのか、どう生きたいのかあれこれ考えたした。

    正盎、ただ答えは出おいたせん。東京で就職するのか、地元で就職するのか。どんな職皮にするのかなど。

    たた、この埌に及んでただ䞀人で生きれおいる人を芋るずかっこいいなず思っおしたいたすし、珟実を芋るこずができない傟向があるず思いたす。

    珟実を芋぀぀、自分がどんな生き方をしおいきたいのか正盎に考えお進めおいこうず思っおいたす。

    たた、お昌頃に気持ちが悪くなる症状は良くなり、パ゜コンを芋おいるず気持ち悪くなる症状もほずんど良くなりたした。

    前向きに。
    未来は誰にもわからないから焊らず。

    ここたで読んでくださり、ありがずうございたした。






     
     

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    22歳。等身倧の発信を心がけおいたす🊭

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